第四十七話 湿地を爆走しました~らんちゃんの通訳再び~
「コ、コホン。それでこの小川の源流はどこって言いましたっけ?」
「恐らくは『ゆりかごの山フェリス』からの恵みでしょうね」
セオドア王が笑いながら答えてくれる。
「以前に魔石コンロのお話しを伺ったときに『この国は鉱石が流れ出る川がある』とおっしゃってましたよね?」
「その一つが、ここの上流の川のことですよ。今は結界の外にある、粉挽き水車を動かす川です」
「でもそこも同じ様に噴火の被害があって、同じ様に堆積物があったってことですよね?」
「見た方が早いな。乗れ! テオも来るのだ」
ダッシャーが、うっそうとした湿地帯の奥を睨む。
「ダッシャーよ。我らの馬ではこの先は無理だ」
セオドア王たちの馬は、湿地帯を走ることは出来ないらしい。
少し考えて、ポンッ!と手を打つ。
「ダッシャーは走れるんだよね?」
「我に出来ぬことはない」
「それって蹄に何か魔法を掛けてるってこと?」
「我は何もしておらぬぞ。意識せずとも出来るものは出来るのだ」
無意識ってことね。まっダッシャーだもんね。
「じゃあ、そんなダッシャーにお願い。ダッシャーが走った後の足跡に『硬化か浮遊の魔法』は掛けられる?」
「簡単なことだ。だがテオたちの馬が付いて来られたら――。だがな」
そうなんだよね。ダッシャーの足に付いて来られるか。そもそも見た目は『ぬかるんでいる』場所に入りたがらないかも知れないしね。
「キュキュイ」
「らんちゃん、どうしたの?」
「お馬さんに聞くの」
「えっ? あっ!」
らんちゃんがスリングから飛び出して、セオドア王の馬の前に立つと、何やら会話を始めた。
「キュ?」
「ヒン」
「キュウキュキュ」
「ンヒィン」
「パパ、お馬さん恐いんだって」
「そうか、仕方がない。やって見せるぞ」
ダッシャーは川の際まで歩いていくと、そのままぬかるみに入って行った。
一歩踏み出すごとに足跡が「ピキィン!」と眩い光を放ち、石畳のような輝く床へと変化していく。
その石畳の上にらんちゃんが飛び降りた。
「トトトトトンッ!!」足を踏み鳴らして強度を確かめている様だ。
「大丈夫だよ。らんちゃんこわくないもん」
「ヒン!」「ヒヒン!」
「行くって言ってるよ」
「では愛馬たちの気が変わらぬ内に、ダッシャーよ、先導を頼む」
「行くぞ。乗れ」
慌ててらんちゃんを抱き上げ、スリングに入れたらダッシャーに飛び乗る。
「らんちゃん、ありがとうね」
「いい子だ、らん」
◇◇
ダッシャーはぬかるんだ川を、行く手を阻む木々を魔法で蹴散らしながら登っていく。その足跡はすぐさま眩い光を放ち、石畳へと変わっていく。
石畳が消えない内に、そこを通り抜けなければならない。後ろをぴたりと付けて走る馬たちも、セオドア王たちも必死だ。
しばらく駆けるとぬかるんでいた川底から、少しずつ水が減っているのが分かる。
そのままダッシャーの張った結界の手前まで走ると、そこにはもう水は無かった。
一旦止まり、周りを見渡す。
ここはかつての噴火の火山灰や火山油が、土壌に染み込んでいるためか、立ち枯れの古木が多い。
水が消えた水路に、棘のある蔓草がまるで蛇のように、びっしりと絡みついている。心地よい木陰を作ってくれる『緑の葉』は一切なく、水路は干上がっていた。
セオドア王の馬たちに水を与えて休憩をさせる。
「まだ川までは少し距離があるが、見に行くか?」
「うん。だって見た方が早いんだよね」
「テオよ。ここでしばし待て」
セオドア王もシアンさんも、馬たちですら疲労困憊だ。これ以上は付いては来られないだろう。
ダッシャーの個別結界が僕たちを包むと、街の結界を抜けて空へと飛び立った。
未だ噴火が続いている様で、火山灰や噴石が二重に張られた結界の外側に当たっては、飛び散っている。
「こ、恐っ。ダッシャーの結界の有難みを身をもって実感したよ」
子供たちを入れてしっかりとファスナーを閉めたスリングを、さらに「ぎゅっ」っと抱きかかえる。
その先には川が流れ、川の手前に泥や堆積物に覆われ、草木がうっそうと茂り、ツルが巻き付き赤黒く変色した『何か』が現れた。
「着いたぞ」
川辺に降り立つ。
「これは何?」
「あいつらが作った水門だ」
それは、商人ギルドがかつて水路のために作った鉄製の水門だった。噴火の熱が運んできた粘り気のある火山油と火山灰が泥と混ざり合い、コンクリートのように硬化した「ギトギトの油泥」となって水門の隙間という隙間を完全に埋め尽くしていた。
その水門を超えて、水が水路へと流れ込んでいる。
「水がこちら側に大量に流れないのは、この水門が原因ってこと?」
「そうだな。水を引き込まねば川は蘇らぬ。これを生き返らせ、川底から堆積物を取り除けば水車は動くだろうよ」
「でも先に川底だよね? 水門を開けちゃったら何が起こるか分かんないし……」
「ま、まぁそれは言えるな。お主の心配性もたまには役立つのだな」
これは何も考えずに水門を開けるつもりだったな? 干上がってた川を急に水が流れたら洪水になっちゃうかもしれない。
そもそも川の先にセオドア王達が居るでしょ?
とりあえずはどうやったら洗剤が効率よく散布できるか?
「ダッシャー、空から行くのはどう? 小川に沿って洗剤を撒く方が早くないかな?」
「我も水門を開く前に川底をさらった方が良いと思っておったのだ。行くぞ」
(はいはい、そうですね)
低空で川に沿って飛ぶ。両手で洗剤のボトルを抱え、少しずつ川に撒いていく。そこだけ個別結界が外れ、薄く広がって落ちて行く。
でも、この洗剤は水分を含まないと威力を発揮しない。
水門から近い場所は水があるから問題はない様に思えたが、勢いが有りすぎると何が起こるか分からない。その先の沼地までの間は、どうやって水を用意するか。
水門を開けて流れが戻った時にその勢いをどう打ち消すか……。ある程度の水量がなければいけない、でも多すぎると水路の先がどうなるか分からない。
水門から結界までの水路に洗剤を撒き終え、結界の中に戻ると個別結界は消えた。
「水よりお湯の方が良いってなってるから、お湯を撒くからまた後で外に連れてってね」
汚れはこれで落ちるとして、後は川の行きつく先――か。
顎に手を当て、今見た空からの景色を思い出す。
「ねぇダッシャー。ギルドの周辺は湿地帯だったよね。街道からも外れていて、普段は誰も立ち入らない場所だと思うんだ。どうだろう?」
「湿地帯か? いや、池か?」
「そう。池を作れば川の勢いも止められるし、もしもの時用の貯水も出来るんじゃないかな?」
「そ、それは良い考えですね」
ゼーゼー言いながらセオドア王とシアンさんが馬に乗って現れた。干上がった水路をダッシャーの先導なしに駆けて来たため、道が悪く乗り心地が最悪だった様だ。




