第四十六話 あの洗剤を使ってみます~商人ギルド再訪~
薄っすらと現れた建物の輪郭に、セオドア王とシアンさんが驚いている。
「こんなところに建物が隠れていたとは」
「幾度となく通っているのに、全く気配もなかったですね」
「いやはや、呆れると言うか、見事と言うか……」
「それ、僕も同感です。ここまでやってまで、自分がやりたいことだけに集中する執念、むしろその情熱が他に向いた時は、物凄い力を発揮するんじゃないかと期待しています」
「それでアンセル様は、あいつらにご執心って訳か」
「ちょっと違いますよ。ベルちゃんに向けたあの執着、敵意を許してませんしね。『働け!』それだけです」
いつのまにか現れた冒険者ギルドのギルマス、ルシアンさんに答える。
「ワハハハ、違いねぇ」
ダッシャーの背中に乗っていたベルちゃんとらんちゃんを、しっかりとスリングに入れて「ぎゅっ」と抱きかかえると、薄っすらと見える建物の看板に触る。
すると建物に張られていた隠ぺい魔法が消え、商人ギルドとその周りの景色がハッキリと現れた。
前回はゆらゆらとした感じだったのが、今回は違う。一度、魔法を破ったからか? 僕の魔力が上がったからか? とにかくこんなことは早いとこ止めさせないといけない。
ルシアンさんがドアノッカーを叩く。
「ガンガンガン」
……返事は無い。
(まぁとりあえずは居ても居なくても良いから、同席して貰わなくても良いか)
それでも一声だけ掛けて行こう。
「レイノスさん、アンセルです。建物の周りを調べさせて貰いますね。出て来なくても良いですよ」
ガタガタガタッ……。
何やら慌てているような音が聞こえたけど、何かマズいことでもあるのかな?
◇◇
ハッキリとその姿を現した商人ギルドの建物周辺は、巨大な木々や緑がうっそうと茂る広大な湿地帯だった。
その木々の間を、流れているのかいないのか、わからない位の水がチョロチョロと見える、火山灰の厚い層に埋もれた川があった。
上流からかすかに届いた水は、すり鉢状に低くなったギルドの裏手へと流れ込んでは、泥の奥へとじわじわ吸い込まれて散っているようだった。
建物のすぐ横には小川をまたぐように、小さな水車がひっそりと佇んでいたが、積もり重なった火山灰や泥が重石となり、川の流れをせき止めているせいで、今はピクリとも動いていない。
「これは上流の水源がそもそも乏しいってことかな?」
「地上に見えている部分は乏しいが、地下には豊かな水源が見えるぞ。それが木々を茂らせている」
良く見ると、川底には分厚い火山灰や軽石、細かく砕けた溶岩などの堆積物が泥と混ざり合い、底なしの「沼地」のようになっていた。
「川に集まらずに散ってしまうってことかな?」
「そうだな。上流から届く水はこのぬかるみに遮られ、地下へ広がってしまうのだろうな」
どうやらこの分厚く広がる堆積物を取り除かないと、川の水量が確保できないみたいだ。流れが無ければ水車は動かない。
「川に水が流れる様にするにはどうすれば良い?」
「我なら一瞬で堆積物を取り除くことが出来るが、それではお主の言う『遊んでいる奴らを働かせる』ことは出来ぬだろう?」
「そうなんだよね。窓からコッソリと様子を伺っている、ギルドの人たちが興味を持つ方法が良い。そうなるとやっぱり『洗剤』かな」
前にテレビで紹介されていた洗剤が、あちらの世界の『カー用品コーナー』に置いてあったのを思い出す。
「ダッシャー、『意識共鳴』をお願い」
【ホームサンタ】を開くために魔法を発動して貰う。ギルドの連中に見られるのはマズい。
【ホームサンタ】の中を進み、『カー用品コーナー』を見渡すとポップが目に入った。
『世界の一流ホテルでも採用!プロが認めた圧倒的な洗浄力』
『植物由来&弱アルカリ性。驚くほど汚れが落ちるのに、手肌と地球を傷つけないエコ洗剤』
「これこれ、確かこの商品だ」
植物由来で環境に優しい洗剤を、とりあえず5本ポチる。
取扱説明書によると「60度以上の熱水や激しい攪拌・水圧を加えることで、洗浄力が向上する。原液1に対し水5〜100倍が目安」とある。
「まずは取説通りにちょっとやってみようかな。一番濃い5倍希釈で良いか」
原液を水で5倍に薄め、スプレーボトルに入れて、川底の堆積物めがけてシュッシュと吹きかけた。サラサラと浸透する。
しばらく見つめていると、黒い火山泥が、ジュワジュワと少しだけ溶け始めた。
だが、奥までは効果が無い様だ。
(やっぱりこれだけ頑固な汚れに希釈は難しいか。原液でやってみようか)
茶しぶ汚れも洗剤原液で時短している僕は、ここでも待てずに原液を掛けてみることにした。
ドボドボドボ――。
「お主は何をしておるのだ?」
「何って、この固まった堆積物を溶かすんだよ」
「ここでか? と聞いておる」
「どう言うこと? 何か間違ってる?」
「お花畑の頭をシャキッとさせて良く聞け。水車はどこにある?」
「そこ。見えない?」
「水車はどうやって動くのだ?」
「水の勢いで――、だよね?」
「そうだな。では、ここはどこだ?」
「水車の前……。あっ! 上流からやらないと意味ないってこと?」
「だな」
「はっはっは! ダッシャーに一本取られたな、アンセル殿」
後ろで様子を見ていたセオドア王が、たまらず愉快そうに声をあげて笑った。シアンさんも口元を震わせて笑いを堪えている。
ちょっと恥ずかしい。




