第三十九話 保冷庫は一瞬で出来ました~光の天蓋で快適職場~
動力をこれ以上ない位に上等な『雷嵐の魔石』で確保した、10台の魔石コンロの前に立つ。
広場は日当たりが良く、少し汗ばむくらいの柔らかな日差しが、ダッシャーの魔法だとは誰も気づいていないのかも知れない。
その中で魔石コンロのある噴水前だけは、『雷嵐の魔石』から伸びた『光の天蓋』が涼しい空間を作り出していた。
「この天蓋は雨も防げるのかな?」
「あらゆる厄災は弾き飛ばすだろうよ」
「何から何まで完璧だね」
ダッシャーが鼻高々な気がする。
噴水前に共同炊事場を設置したから、そこは市民の水仕事の場でもあった。
そこが『光の天蓋』で包まれたと言うことは、コンロを使う時も、水場を使う時も、太陽にさらされることも無く、雨に打たれることも無い。
『あらゆる厄災』を弾き飛ばすなんて言っちゃってるし、嵐の時は家にいるよりもこの中に避難した方が良いかも知れない。
「まるでシェルターだな」
「それは美味いのか?」
「あぁっと……。今度お礼にシェル型のお菓子を作ってあげるよ」
(でも神獣様が知らない言葉なんて無いんじゃない? まんまと引っかかっちゃった? まぁ僕も食べたいし、その内に作ろうか)
「この魔石コンロはどうやったら安全確認が出来るんだろ?」
「我が繋げたのだ。そんなものは必要ない。そもそも商人ギルドのやつらの仕事にどれほどの不備があろうとも、一瞬で整えてみせたわ」
「そう言うこと?」
確認の仕方が『使ってみる』以外、思いつかない僕は、黙って引き下がることにした。
コンロの準備は出来たから、次は粉ひき水車を何とかしたいけど、先にキッチン周りの整備をした方がいいな。
コンロで作る料理は火力調節が必要な、弱火やとろ火を使った料理がいい。この街の名物になる様な、この世界では目新しい、誰にでもは真似の出来ない料理。やっぱり先ずは『ガレット』だろうな。
粉は水車を見てから考えよう。当面は【スーパーサンタ】で買っても良いし、ご飯を炊くのもありだしね。
そば粉が手に入ったら、他にもイメージの沸いているレシピがあるから試してみよう。ライ麦粉の他にも何かあるか後で聞いてみよう。
さて、最初の名物はガレットとしても、卵はともかくチーズとミルクは冷蔵保存したい。
「ねぇダッシャー、水魔法で簡単に冷気を生み出すことって出来るのかな?」
「風魔法と組み合わせれば可能と思うぞ」
「僕の魔力じゃ出来ないかな?」
「時間は掛かるが、出来るのではないか? だが、子らは手伝いたいと言っておるぞ」
なるほど、でも……。子供たちにあまり負担は掛けたくないんだよな。
うぅん……。心配するより本人の意思を確認してみますか。
「ねぇ君たち、お手伝いしてくれるかな? ちょっと疲れちゃうかもしれないんだけど」
「「いいよぉ~」」
チリンチリン、キュキュゥイ♪
とっても楽しそうだ。これはお願いしても良いってことだよね。
「保冷庫って言って、中に入れた物を冷やす箱を作りたいんだよ」
「何を入れるのだ?」
「卵や牛乳や、バターなんかは冷やしておいた方が品質が保たれるんだ」
「ほぉ、食い物か」
「ベースになる箱があった方が良いよね?」
「そこいらの木箱でも立派な魔道具になるぞ。壊れかけでもな」
「それ、面白いね」
マルタさんにお願いして、後は薪になるだけの壊れかけたジャガイモの木箱を貰った。
「手順はこうだ。先ずはベルが水魔法でこの箱を磨く。出来るか? ベルの体の様に滑らかに、木の奥までは要らぬ、表面だけでいい」
チリリィィィィィン――。
ベルちゃんの澄んだ音色が響き渡る。ダッシャーがそれに合わせる様に魔法を唱える。
「ベル、『清流の研磨』だ」
ベルちゃんの体から大きな波が生まれ、木箱を包む。それはシャボン玉の様に虹色に輝き、やがて静かに吸い込まれて行った。
ザラザラだった木の表面が、魔力水を浴びて一瞬にして磨き上げられた。吸い込まれた魔力水は凝縮され、冷気を逃さない断熱材となった。
「これで、魔力が通るなめらかな道が出来たぞ。次はこの道に我の魔力を流す」
ダッシャーの鬣が静かに逆立つと、黄金の雷光が天に向けて走る。収束されたそれは天から降り注ぎ、絡み合っては細い糸状の幾何学模様となり、木箱を包む。まるで精密な魔導回路のような、美しい模様となって明滅した。
木箱を縁取るように魔導が微かにキラキラと光ると、ラインが繋がったのが見て取れた。これで『雷嵐の魔石』からの電力が確保された。
「仕上げだ、らん。『風の守護結界』」
らんちゃんが「きゅぃ!」と鳴いて、木箱に風のカーテンを展開すると、箱のフチがオーロラのようにゆらゆらと揺らめき始める。
「よし!」
「え? もう完成したの? 光っているから何かが起きているのは分かるけど、もうこの中は冷えてるってこと?」
あまりに簡単に出来上がってしまった【保冷庫】に、首をかしげながら聞く。
「手を中に入れてみろ」
恐々、そっと手を入れてみる。
開口部には柔らかな風が渦巻いているのが分かる。手の周りに優しい風が当たり、すり抜けていく。
その奥は、ひんやりとした空気が満ちていた。
「本当に冷えてるよ。凄いな」
改めてみんなの凄さを実感した。
フト、その先のことを欲張って思う。
「これって魔力の調整次第で冷凍にも出来るの?」
「出来はするが、一瞬で凍るぞ。そんな危険な物が必要か?」
「はい、要りません」
◇◇
「ちょ、ちょっといいかい? アンセルさん」
おずおずと遠慮がちに、何か言いたそうにマルタさんが近づいて来た。
「今のは何をやったんだい?」
(しまった、隠蔽せずに魔法を使っちゃった)
「あ、あぁ、これですか? 先ほどマルタさんから頂いた『木箱』をベースに、『保冷庫』に仕立てたんですよ」
「その、『ほれい? こ』ってのは何だい?」
そうか、そもそも冷蔵庫が無いんだから分かんないか。
「冷気で中に入れた物を冷やす魔道具ですよ。チーズとかミルクとか、外に長く置いておくと変質してしまう物を入れるんです。特にバターはすぐに溶けてしまうので、これが必要だと思ったんですよ」
「でもそんな食材はあたしたちじゃ手に入れられないし、アンセルさんが居てくれればいいんじゃないかね?」
「僕もいつも皆さんのお傍に居られるとは限らないので、自分達で出来る事はやって貰いたいな、と。当面の食材は僕が用意しますので、心配はしなくても大丈夫ですよ」
(そろそろ、リリーが気がかりだ)
「そ、そうかい? 何から何まで悪いね」
「良いんですよ。セオドア王とダッシャーとは友達なんです。友達が困って居たら助けるのが友達です。僕はダッシャーの友達なんですよ」
「我も美味い物が食べたいしな」
「それは有難い話しだね。ところで、今さっきは何をやったんだい?」
「今さっき?」
「大きな音と光が、アンセルさん達が居る場所から天に昇ってったじゃないか」
「アンセル様よ、あの『シュルシュルドカン』だよ」
――みんなの視線が僕たちに集まってた『あれ』ね。
「あぁ、『あれ』ですか。気にしないで居て貰えると助かります」
「見ちまった者にはそりゃ無理だって。だが、そうだな。アンセル様とダッシャー様に『竜怖の卵』の子たちだもんな。俺は何も見てない、何も聞こえてない。これで良いか?」
「はい、それでお願いします。マルタさんもそれで良いですか?」
「良く分かんないけど、まぁアンセルさんがそう言うのなら、そう言うことだね」
「何はともあれ、無事に『魔石コンロ』10台と、『保冷庫』は稼働しましたよ」
噴水の周りをぐるっと取り巻く3つのテーブルに、3台ずつ魔石コンロが置かれている。
新品のIH風コンロはそのテーブル下に保冷庫を設えた。
まだフライパンしか無いけど、その内には色んな道具が出来ると良いな。その為にも後でセオドア王のところに相談に行こう。




