第三十五話 大きな住処を作ります~女王蜂の名前はクイーン・リリー~
マナ・レクス様のじぃじ心に『くう』が拗ねているけど、今は気にしてあげる余裕がない。何しろ騒がしい『女王様』が目の前をパタパタ飛び回っている。
「早く『お花畑』に入らせて」
【アイテムボックス】に『お花畑』が追加されたけど、一人で行かせるのは心配だよね。お手伝いの働き蜂が誰も居ないのに、一人で住処を完成させられるのか、一人で子育てが出来るのか?
リアルな蜂の世界では、女王蜂は自分の身の回りのことですら、自分で行わない。当然子育ても、専用の『保育士』さんが居る。
「やっぱり僕も一緒に行くよっ!」
「どちらへ行くのですか?」
くうに向き直ってお願いする。
「ねぇ『くう』、お願い。僕も『お花畑』に一緒に行って、あの子を手伝ってあげたいんだ」
「ほぉ、では今度こそ、私にお任せください。お嬢様の御心のままに」
「――開け、常春の箱庭!」
『くう』が魔法を唱えると、白銀の光と共に空間に桜の花びらが舞う。光と花びらが収まると、そこには見事な『バラのアーチ』が現れた。
白やピンク、赤色のバラに彩られたアーチに囲まれた、純白の扉が音を立てずにゆっくりと開く。
その扉の先には、赤、白、黄、紫――。見たこともない色とりどりの花が、まるで絨毯のように大地を埋め尽くしていた。
遠くには緑豊かな森が静かにたたずみ、小川のせせらぎが聞こえる。
その中心には、青々とした生命力あふれる葉をたたえた、一本の大きな霊樹が根を張っていた。
それは、この箱庭の守り神のような佇まいだった。
その幹に広がる大きな室が、女王蜂をいざなう。
「女王様、君の名前を考えたよ」
一歩、お花畑に入って言った。
「君の名前は『クイーン・リリー』だよ」
「可愛い名前だわ。あるじ様、ありがとう」
「さぁ、急いで巣を作ろう」
くうに跨って、霊樹へと急ぐ。
「おばあちゃんが送ってくれた、『プロポリス』と『蜜蝋』と『はちみつ』だよ。どれが必要?」
「最初はプロポリスね。この穴の中を清潔にしないといけないわ」
「ここはマナ・レクス様の亜空間だよね? 体に害がある病原菌や物質が存在するのかな?」
「念には念を、よ。それに隙間を埋めるのは必要だわ」
「リリーの言う通りですね。いくら神の空間といえど、微細なひび割れや隙間があります。そこからリリーの魔力が漏れたり、風が入り込んで巣が崩れては一大事ですからね」
「でもこの『プロポリス』は飲みやすい様に抽出済みのだから、ヤニは出るけどサラサラなんだよね。これで上手く塗り固められるか分からないんだ」
「それについては心配はいりませんよ。私にも出来ますが、この子達が何やら騒いでいますので、ここはお譲りしましょうか」
「「あたちもお手伝いするのぉ」」
「これはベタベタしちゃうから、ダメだよ。もう少し待っててね。」
「お手伝いするの」「するのぉ」
困ったな。ベルちゃんはともかく、らんちゃんのふわふわの体に付いたら大変なことになっちゃうよ。
「くう、この子達に何か手伝えることがあるの? 危なくなくて簡単なのが良いんだけど」
「アルミラージは風の操作が得意ですから、塗った瞬間に魔素を含んだ風を送ることで、薄かった『プロポリス』が粘性を帯びて強固になりますよ」
「じゃあこれを塗った後でお願いするから、もう少し待っててね」
「はぁ~い」
「でも、それだとらんちゃんは僕に付きっ切りになるから、リリーの方はくうにお願いできるかな?」
「お任せください」
「ママぁ、ベルちゃんもお手伝いするの」「するの」
「でもベルちゃんはあんなことが有ったばかりだから、ママは何もやらせたくないんだよ」
「では貴女のお傍でお掃除係はどうですか? 木切れや固まってしまったプロポリスのカスなどを、吸い取ることなら大丈夫ではないですか?」
「ベルちゃん出来る?」
「できるの」
プロポリスを器に移して巣を作ろうとしている室の中、外までも塗っていく。
僕の手じゃ内側には入らないから中はリリーに任せる。でも……。
「リリー、人間の手で触るとプロポリスってとってもベタベタするんだよ。ヤニだから洗っても中々落ちないしね。リリーの手は大丈夫?」
「ふふ、らんちゃんが言っていた通りの心配性ね。見てて」
リリーがその小さな手をプロポリスにかざすと、その指先から淡い光の粒が溢れる。両手に入るほどのプロポリスをふんわりと包むと、そのまま木の壁をなぞっていく。
「へぇ、直接手には触れずにそんなことが出来るんだ」
「えへへ、あるじ様のお陰で進化したから、こんなことが出来るようになったのよ」
「じゃあ内側は安心して任せるとして、僕はこの『新品の歯ブラシ』で外側を塗るね」
僕が塗る傍から、らんちゃんが起こした優しい風が余分な水分を巻き上げていく。
ベルちゃんは僕の肩の上から手を伸ばし、削り落ちた木の皮や木くず、垂れて固まった『プロポリス』のカスをペトペトと吸い込んでいく。
リリーが内側で壁にプロポリスを塗り、くうが魔素を帯びた風を送ることで、何物にも侵食されない強固な内壁が出来上がる。
僕とらんちゃんの共同作業で、隙間なく塗り固められた外壁の凹凸を、ベルちゃんが整える。それはまるでダイヤモンドの様に強く、まばゆい輝きを放つ城壁となった。
外壁が終わると、ベルちゃんはくうの頭に乗って内側もキレイに均してくれた。
大きな木の室は、内と外から徹底的に抗菌・結界化された。
次は巣の本体だ。
「あるじ様、次は『蜜蝋』で本体を作るのだけど、こんなに大きいと手が出せないわ」
おばあちゃんがくれた蜜蝋は大きな塊で、以前に僕が使った時もノミと金づちで割ったんだ。
「蜜蝋はこのままじゃ固くて使えないから、少し温めた方が良いよね?」
「そうね。とろっと形が無くなる位にならないと巣に戻せないわ」
温冷の調律器を取り出して、鍋に水を入れようとしたら『くう』に止められた。
「水で何をするのです?」
「だって生成された蜜蝋を溶かす時は湯煎でしょ?」
「温冷の調律器ならそのままでも大丈夫ではないですか?」
「そうなの?」
温冷の調律器に鍋を置き、中に直接『蜜蝋』を入れる。
赤のツマミを1つ回す。「ポンッ」と黄色の花が咲く。
「1つ回すとトロ火だからちょっと弱い。2つで中火だからちょっと強い。半分のところで止まるかな?」
もう1つ回すとオレンジ色の花が咲く。少し戻して……。濃厚なハチミツのような『山吹色の花』に変わった。
数秒も経たない内に、「じゅわぁ……」と蜜蝋の表面が溶ける音がする。「ぷつぷつ」と気泡が浮いては消え、綺麗な黄金色のとろりとした液体になった。
綺麗に溶けた蜜蝋を木の室に薄く塗ってあげると、リリーが器用に指先で糸を織り上げる様に形にして行く。
それは六角形の大きな部屋となり次々と繋がれ、やがて45個の蜂の巣が出来上がった。
ひとまずこれで卵が産める。
「私が少し補強してもよろしいでしょうか? このままですと、自然の力には対抗出来ても、クイーン・リリーの魔力に耐えられない可能性があります」
「そうね。私も少し心配だからお願いするわ」
リリーも自分の力がどの程度なのか、まだ把握できていないみたいだ。
くうが魔法を唱えると、樹全体を包み込むように金色の花びらが吹雪となって降り注ぐ。
「わぁ、綺麗」
「ふふ、これでどの様な嵐が吹き荒れようと、問題は起こりませんよ」
「あら、さっき自然の力には対抗できるって言ったわよね? それってあたしが暴れん坊ってことかしら。ふふふ」
「アハハ、そうかもね。だってここはマナ・レクス様の亜空間だから外からの力は無いよね」
(…………)
「そろそろ準備に入るわ。あるじ様」
「えっと、……?)
「では、私どもはお部屋に戻りましょう。リリーも一人になりたいと思いますよ」
ソワソワし始めたリリーの様子を見て、くうが気を回す。
「じゃあまた様子を見に来るけど、何か有ったら僕たちを頼ってね」
でもどうやって連絡を取れば良いか分からない。
「くう、リリーと連絡を取る方法が無いよ。僕からはお花畑に来られるけど、リリーはここを離れられない」
「私ならリリーの波長を感じとることが出来ますよ。お呼びいただければ、すぐに参ります」
「じゃあ僕たちは部屋に戻るけど、何か有ったらすぐに騒ぐんだよ」
「ええ、みなさんありがとう」




