第三十三話 女王蜂が進化しました~僕は元気です~
ご飯の用意が出来たのを見計らった様に、ベルちゃんらんちゃんが起き出した。
「「「ママァ、お腹空いたぁ」」」
「はいはい、ちょっと待ってね」
『エメラルド・キングサーモンの煮つけ』はしっかり『鑑定』して、二人が食べても大丈夫なことは確認済みだ。
二人をスリングから出そうとして異変に気が付いた。
「ちょっちょっ何かおかしなことになってるんだけどっ!」
ダッシャーがやる気なさそうに寄ってくる。
スリングの中には商人ギルドから出た時に、らんちゃんが保護した『女王蜂』を入れた王籠が入っている。
昔ながらの木製で10cm × 3.5cmの大きさで、厚さは2cmだ。
女王といえどもそれは余裕があるサイズ……のはずだった。
でもスリングの中でジタバタしている『王籠』の中身はパンパンで、とても窮屈そうだ。
「ど、ど、どうしよう。苦しそうだけど」
「慌てるでないわ。ベル、出来るか?」
「出来るよぉ」
「な、何を?」
「箱だけを溶かすのだ」
「えぇっ! 女王蜂まで溶けたりしない?」
でも王籠を壊すとしても、女王蜂を傷付けてしまいそうだ。
「ベルちゃん、ホントに出来る?」
「出来るの」
「じゃあ、少しずつお願いね」
「シュワシュワシュワ……! プププ……!」
『少しずつ』の意味は伝わらなかった様だが、何とか上手く籠だけ溶かすことには成功した。
「――ぷはぁっ! あー、狭かった! 死んじゃうかと思ったわ!」
「っ! 君は誰?」
王籠から飛び出て来たのは、美しく虹色に輝く翅を広げて、伸びをしている『可愛い女の子』だった。
「ツルの呪縛から救い出してくれてありがとう」
らんちゃんに近づき、優しく頭を撫でた。
「箱の呪縛から解き放ってくれてありがとう」
ベルちゃんに近づき、その体を優しく包む。
「美味しいご飯と進化をありがとう」
僕に向き直ると、恭しく頭を下げた。
「ってことは、君のその進化は僕のローヤルゼリーのせいなの?」
「それだけではなかろうが、女王蜂が育つパワーを持つ、しかも異世界の食べ物だからな。侮れぬな」
「ふふふ、ねぇ見て見て。この美しい翅。こんな素敵なことが起こるなんて。本当にありがとう」
「ねぇダッシャー。まさかこれって、ベルちゃんやらんちゃんに『ローヤルゼリー』を食べさせてたら、とんでもないことが起こってたかもってこと?」
「思うにだな、『ローヤルゼリー』だけでは、ここまでのことは起きぬだろうな。我の結界に触れたこと、そしてこやつが『女王蜂』だったからこそ、特異な進化が起きたのだろうな」
「でも、異世界の何を食べたらどんなことが起こるか、分からないってことだけは分かったよね」
「それはややこしいな」
「ところであるじ様、お腹が空きました」
「え? その体で満足する量のローヤルゼリーは残ってないよ」
「困りましたわ。卵を産んで働き蜂が育つまでは、何も食べられないのかしら……」
「うぅぅぅん……。【スーパーサンタ】に売ってないんだよ。もうこれは僕だけの力じゃどうにもならない」
ダッシャーを見ると、呆れ顔で「好きにしろ」と言ってくれた。
またしても【金の身分証】で、マナ・レクス様におねだりだ。でも、今度こそ出来ない相談かも知れない。
「マナ・レクス様、相変わらず夜分にすみません。またご相談したいことがあります」
「ホーホー、ちょびっと想像はつくが、何かの?」
「――僕のおじいちゃんおばあちゃんが蜂屋さんなんです。そこから『ローヤルゼリー』を取り寄せることは出来ないでしょうか?」
「ホーホー、内緒じゃぞ」
誰に内緒か分からないけど、「ありがとうございますっ!」
目の前にオーロラの様な揺らぎが起きた。
次第にそれは鮮明な映像となり、見慣れた懐かしい景色を映し出す。
「――も、もしもし? おじいちゃん? おばあちゃん?」
茶の間の掘りごたつに座る二人に話し掛ける。
「っ!? この声は、蓮か?」
おじいちゃんが答える。
「蓮ちゃん? 本当に蓮ちゃんなのかい? やっぱり生きていてくれたのね……っ」
おばあちゃんにも聞こえた様だ。
「うん、僕だよ。蓮。二人とも元気?」
「まぁまぁこの子は、お前は元気でやってるのかい?」
「わしらの心配よりもお前のことだよ。今までどうしてたんだ?」
「まぁまぁ良いじゃありませんか、おじいさん。こうしてまた声が聞けたんですから……」
泣き出しそうなおばあちゃんの声が響く。
「それはそうだが、わしらがどれだけ心配したか。どれだけ悲しんだか」
「心配かけてごめんなさい」
「でも私は生きてくれていると信じていましたよ。そう言いましたよね? おじいさん」
「そうだな。だが信じられんじゃないか」
「僕、今はそことは違う世界に居て、でもコッチで楽しく幸せに暮らしているよ。みんなとっても優しいんだ」
「そうかいそうかい、お前は昔からみんなに可愛がられていたものね」
「それで、蓮、何か困ったことがあって連絡して来たんじゃないのか? こんなこと普通には考えられないことだものな」
「夢ならまだ覚めないで欲しいね」
「おじいちゃん、おばあちゃん、実はお願いがあって、神様に無理を言って連絡させて貰ったんだ」
「神様かい!? 凄いことになってるもんだねぇ」
「僕も色々と驚くことも多いけど、実は女王蜂を保護したんだよ。弱ってたから僕のローヤルゼリーをあげたら王籠いっぱいに大きくなっちゃってね」
「そんなことがあるのか。それは見てみたいな」
「うん。僕もこんな不思議なことがあるんだよって見せてあげたいよ。大きくなっただけじゃなくて『可愛い女の子』になったんだ」
「それはどういうことだい?」
「おじいちゃん達が僕にくれたローヤルゼリーあるでしょ?」
「お前は小さなころからすぐに口内炎が出来て泣いていたからね」
「毎日食べる様になってから、すっかり出来なくなって驚いたよね」
「うんうん、懐かしいねぇ」
「お腹が空いてるって言うから、僕のローヤルゼリーを食べさせたんだよ。どうしてなのか分かんないけど、多分原因の一つはそれ」
「不思議なこともあるもんだね」
「おばあちゃん、僕の言うこと信じてくれるの? こんなおかしな話し、自分でも信じられないんだよ?」
「おじいさんもおばあちゃんも、蓮ちゃんの言うことならなんだって信じますよ。ねぇ? おじいさん」
「当たり前だ。お前はわしらの可愛い孫じゃ。何が起きようともわしらだけはお前を信じるぞ」
「うん。ありがとう」
「それでどうしたんだい?」
「この子、まだ交尾をしたばかりで卵を産んでいないから、ローヤルゼリーを運んでくれる働き蜂が居ないんだよ。体も大きくなったから食べる量も多くて、無くなっちゃったんだ」
「それで連絡して来たってことだね?」
「去年の春のローヤルゼリーで良いかい? どれ位欲しいんだい?」
「100gの大びんが1本あれば足りると思うんだけど」
「30gで良いんじゃないかい?」
「うぅん、ギリギリかなぁ」
「だって足りなかったらまた連絡をくれるってことだろ?」
「……おばあちゃん。そんなこと言われたら、僕、泣いちゃうよ」
「あぁぁ、ごめんねごめんね。ただこんな嬉しいことが次いつ起こるか分かんないだろ?」
「『次は12月の24日だぞ』」
ダッシャーが予定を知っているみたいに教えてくれた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、12月24日にまた連絡出来るみたいだよ」
「『その日は【会いに】行けるぞ』」
「「「え?」」」
三人で声をそろえて驚いた。
どう言う事だ?
「我らは何だ?」
「っ! サンタさんとトナカイだ!」
「おじいちゃん、おばあちゃん、クリスマスイヴにはソッチに行けるみたいだから、楽しみにしててね」
「そうかい、そうかい、とにかく元気そうで安心したよ」
おじいちゃんが冷蔵庫から100gの『ローヤルゼリー』を持って来てくれた。
「それでどうやって届けるんだい?」
「はっ! マナ・レクス様ぁ、どうしましょう?」
グズグズした鼻で尋ねる。
「任せるのじゃ。ホイホイ」
指先をくるくるさせると、チョイっと画面の中に向かって指を振った。
画面の向こう側では、おじいちゃんが名残惜しそうに『ローヤルゼリー』を抱いている。
おばあちゃんが段ボールを大事そうに抱えている。
おじいちゃんが手に持った瓶を高く掲げた。
すると目の前から音もたてずに、スッと消えた。
同時に、おばあちゃんが持っていた段ボールも消えた。
「ポンッ」と音がして、目の前に見慣れた『ローヤルゼリー』の瓶詰めが現れた。
一緒に現れた段ボールには、はちみつの大びんとプロポリスに花粉、蜜蝋まで詰められていた。
「逆も出来ますか?」
「やってみるがえぇぞ」
アイテムボックスから、少し前に作って脱酸素剤を入れてバリア袋で圧着した『カステラ』を取り出した。
おじいちゃんとおばあちゃんが、丹精込めて育てたミツバチのはちみつ入りの『カステラ』だ。
『カステラ』を両手で持って画面に近づけると、スイっと引っ張られて消えた。
「ポンッ」
「何だいこれは?」
「おじいさん、これは蓮ちゃんの作った『カステラ』だよ。あぁ、やっぱりそこに居るんだね」
「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう。これで女王様の国が作れるよ」
「蓮ちゃんこそ、私の好物のカステラをありがとうよ」
「またいつでも遊びに来るんだぞ」
「うん、本当にありがとう。またね」




