第三十話 認識阻害の結界張ります~サーモ・クッカーで魚の煮つけ~
魚を煮付けるのは深型のフライパンで出来るけど、ゆで卵を作るのが手間なんだよね。温冷の調律器をフル稼働させないと間に合いそうにないし……。
でもこの温冷の調律器もちょっと人前で使うのは恐い。
「ねぇダッシャー、このコンロって僕以外の人が使おうとすると拒むんだよね?」
「『涙のしずく』と『権限の付与』から二重に拒まれるだろうな」
「それって何が起こるか想像もしたくない感じだよね?」
「マナ・レクス様が『死んでも生き返らせる』と言っていたからな」
「だよね……」
「さっき商人ギルドで見た様な、隠ぺいって言うの? あやかしって言うの? あんなの掛けられないかな?」
「我に出来ぬことは無いが、お主にも弱いがスキル『隠ぺい』が付与されておるぞ」
「えっ?」
「商人ギルドの隠ぺいを破ったからだろうな」
「あれは僕じゃなくて、ダッシャーが破ってくれたのに僕に付いちゃうんだ」
「その『隠蔽』とやらは、どんな感じが良いのだ?」
「こう、ここに何かある様で探せなくて、でも誰か居るのは何となく分かって、でも何をしているのかは分からない。そんな感じかな」
温冷の調律器を人に触らせない。僕のスキルが人に知られない。でも僕はここに居て何か作業をしていて、声を掛けることは出来る。
そんな感じが違和感なくスキルを発揮出来るだろうと考えた。
「『意識共鳴』!」
ダッシャーに教えて貰った魔法を唱えると、共鳴したかの様にダッシャーが静かに、短く嘶いた。
次の瞬間、僕たちの周囲数メートルに、ぼんやりとした歪みが発生する。
物理的な壁ではなく、通りかかる人たちの視線が僕たちに向けられても、誰もが首を傾げ、そのまま興味を失ったように視線を外していく。
そこに『僕がいる』ことは認識できても、何をしているかまでは見えず、認識しようとすれば意識の隅へと追いやられてしまう――完璧な認識阻害の結界だ。
「これで安心して調理が出来るよ」
テーブルの上にマナ・レクス様から貰った【温冷の調律器】を置いて、大量の卵と大きな鍋と大きなザルを用意した。
~【魚とゆで卵の煮つけ】~
■材料(2人分)
・魚の切り身:2切れ
・長ねぎ:1本
・ゆで卵:2個
◆煮汁
・醤油・みりん・砂糖:各大さじ3
・酒:大さじ1
・水:50ml
■下準備
1.切り身に軽く塩(分量外)を振り10分置く。出てきた余分な水分をキッチンペーパーで完全に拭き取る。
2.長ねぎは3〜4cmのぶつ切りにする。
3.卵は茹でて殻をむいておく。
■作り方
1.切り身を2切れ並べられる大きさの鍋に、◆煮汁の材料を入れて中火にかけ、砂糖を溶かしながらよく混ぜていく。
2.強火にし煮立ったところへ魚の切り身と長ねぎを入れたら、火加減を中火に変える。
3.アルミホイルなどで落とし蓋をし、鍋の蓋もして4分煮る。
※強火にしたり、蓋を開けっ放しにしたりしないこと。吹きこぼれそうになったら蓋を少しずらしてね。
4.約4分後、ゆで卵を投入し卵を転がしながら、タレが琥珀色の「照り」に変わるまでさらに2〜3分弱火で煮詰めたら、すぐに火を止める。
5.器に盛り付け、煮汁をかけたら完成。
「アンセルさん、どこ行ったんだい? 聞きたいことがあるんだよ」
「ここに居ますよ」
上手く僕たちの姿は見えなくなっている様だ。
「またアンセル様が凄い事を平然とやってらっしゃる」
遅れて現れたルシアンさんが「ヒュウッ」と口笛を吹いて現れた。
この人には見えている様だけど、問題は無い。
むしろ事情を知っているだけに好都合だ。
「遅かったですね」
「おぅ、エビ? のなんとかってヤツも美味かったぜ」
(ちゃっかりパスタも食べて来たんだ)
「後でちょっと相談があるので待っていて貰えますか?」
「そりゃ当然待つさ。あの白い米も美味そうだからな」
「食べすぎじゃないですか? お腹壊しますよ」
「我の食べる分が無くなるのではないか!?」
「それは大丈夫だよ。全部無くなっても材料買って作れるから!」
「お待たせしました。マルタさんどうしました?」
「国王様の側近のシアンさんがお見えだよ」
「シアンさん、何かありましたか?」
「陛下が王宮に戻らないアンセル様達を心配なさってますので、ご様子を伺いに来ました」
「あぁ、申し訳ありません。すっかりこんな時間ですが、この広場で炊き出しが始まってしまいまして、戻っている暇がなかったのですよ」
「炊き出しですか」
「お城でもやっていたことを、市民の皆さんに協力して貰ってここで始めたんです」
「そうですか。それはとても助かります。わたしくどもがやらなければいけないことを、お任せしてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、元々そういうお約束でしたので、気になさらないでください」
「そういう訳にも参りません。何かお困りのことはございますか?」
「実は……」
シアンさんに昼間、セオドア王が広場でブランチに『ガレット』を食べた後、母様たちに手伝って貰って焼いた『ガレット』が皆さんにも好評だったこと。長蛇の列になったが材料が切れてしまったこと。
パン屋にライ麦粉なら多少はあるが、ライ麦のレシピを僕が知らないこと。
そばを挽きたいが粉ひき水車が郊外の水車小屋にしかなく、今は難しいこと。
ガレットの評判が広まり、集まった人への晩ご飯に困ってしまったこと。
そんな中、僕が入手しやすい『お米』を提供しているが、これはこの国では貴重過ぎて先に繋がる物ではないこと。
等、ひとしきり話した。
「それで、国庫に蕎麦やライ麦の粒の備蓄があると聞いたのですが、それを提供して頂きつつ、粉にする方法があれば、それが一番助かります」
「遠い記憶の片隅に、街外れに小さな水車があったのを覚えています」
「それな。今でもあるぜ」
ルシアンさんが思わぬ言葉を口にする。
「そうなんですか? でも皆さんご存知ない様でしたけど?」
「そんな場所に心当たりは無いか?」
「あ! 商人ギルドですか?」
「正解だ」
「ただ、動いているかと言えば今は止まっているな」
「え? そうなんですか……。理由は分かりますか?」
「まぁ、アンセル様なら何とか出来るかも知れねえな」
「ん?」
「そうだな。我もあの力があれば可能と思うぞ」
ダッシャーまでまた僕を持ち上げて、そんなこと出来る訳無いじゃない。
「あのギルドのオタク共が興味を持った『あれ』だ」
「あっ! 『あれ』か」
「でも今からだと真っ暗で危ないよ。明日の朝、魔石コンロを持ってレイノスさんたちが来てくれるから、その時に相談してみようよ」
「アンセル様、わたくし一人だけ取り残された様です。その水車はどこにあるのでしょう?」
側近のシアンさんが申し訳なさそうに口にする。
「この街の『隠された商人ギルド』ですよ」
「『隠された商人ギルド』ですか? わたくしの記憶では『商人ギルド』は今ではすっかり廃れて、建物はもはや姿かたちもなく朽ち果てたかと」
「この国が『魔道具』や、そもそも商人ギルドを必要としなくなった為に、わざとそう見せかけて好きな研究に没頭していたみたいですよ」
「何と――。その様な勝手が許されるはず。いや、そもそも国の管轄ではないのだ。だが、だからと言ってそんな自由が通るものか?」
あぁ、この人は真面目なんだなと思った。




