第二十六話 マナ・レクス様の仲介~ちょっと遅いクリスマスプレゼント~
なだめるようにおせっかいな口を挟んだのはルシアンだった。
「おい、アンセル。魔石コンロは良いのか?」
「はい、もう大丈夫です。他の方法を考えますよ」
「それは……この子を物扱いしたからでしょうか?」
「そうですね。長居して実験道具にでもされたらたまったモンじゃないですから、早々にお暇しますよ」
「我も同じ意見だ。これ以上長居をすると、この家が吹き飛ぶことになり兼ねぬわ」
(…………)
「それに、汚れを手早く落とす方法なら、僕がいくつか持っていることも分かりましたしね」
「レジティム・クリーン!!!」
眩い光が部屋全体を覆うほどに広がり、収束してからくりを包む。光が触れた瞬間、パチパチと淡い光の粒子となり跡形もなく汚れを消滅させた。
さっきコッソリとダッシャーに教えて貰った呪文は、自分でも驚くとんでもない威力だった。
「っっ!!!」
レイノスは驚いて言葉も出ない。
「ほぉ、流石は『使徒様』だな」
「え!?」
「だから、それはやめてくださいって言ってるじゃありませんか」
「アンセルさんの素性は一体……?」
「神から【金の身分証】を賜った使徒様だ」
「ホーホーホー、アンセルよ。それ位で許してやらぬか。泣いてしまうぞい?」
【金の身分証】からマナ・レクス様のホログラムが現れる。
「マナ・レクス様! だけど、大切なベルちゃんを泣かせたんです」
「それは儂とて同じ思いじゃ。ホーホー。可愛い孫を泣かす輩は許さぬわい!」
(孫!?……っ)
「も、申し訳ありません。そんなつもりでは……、つい」
「レイノスよ。研究熱心もよいが度を超えすぎるのは悪い癖じゃぞ。ホーホーホー」
「は、はい」
「ベルよ。落ち着いたかえ? ホー」
「うん、じぃじ」
「許してくれるかの?」
「うん、じぃじ」
「良い子じゃ。ホー。アンセルも良いの?」
「ベルちゃんが許すって言うのなら僕も許します」
「そうかそうか、いい子じゃの。ホーホー」
「それで魔石コンロはどうするのじゃ? ッホー」
「汚れを落とすことは僕でも出来ますが、整備は出来ません」
「そうじゃの」
「レイノスさんにお願いしたいところですが、道具屋のバルナスさんにも無理を言って作業をして貰っているところです。しかも無料で良いと言ってくださいました」
「ホーホー。シールドに阻まれて何も見えなくなっておるアヤツか」
指先をくるくると回すと、――パシッと階段上のシールドが外れた。
「うわっっ!!」
目の前に急に階段が現れ、バルナスさんが慌てて大声を出した。
「儂が居ては不都合じゃろうて、後は任せたぞ。ルシアンよ」
「お任せください」
「そうじゃ、アンセルよ。『クレープ』美味かったぞい。ホッホ。馳走になった」
「それは良かったです。また来てくださいね」
「これは『お礼の品』じゃ。受け取れぃ。ホー」
【スーパーサンタ】のロゴ入りの段ボールがドドンと現れると共に、ホログラムは消えた。
(後で開けてみよう)
「バルナスさん、下りて来て貰えますか?」
「あ、あぁ」
「バルナスさんよ。ここが『商人ギルド』だ。外観はもとより、たとえ内部に入れたとしても、そこかしこに人の目を欺く術が掛かっている」
「……いやはや、俺はちょっとやそっとのことじゃ驚かねぇと思ってたが、こいつはたまげたぜ」
テーブルの上に広げられた分解された魔道具やからくり、フラスコや淡い光を放つ魔石の結晶、複雑に絡み合う歯車、そして何かの術式がびっしりと書き込まれた設計図らしき物……。
高価そうな魔石や見たこともない素材が無造作に置かれていた。
その隣には砕け散った木片が転がっていた。ダッシャーに粉々にされたテーブルの残骸だ。
「単刀直入に聞こう。お前さん、この商人ギルドと繋がりを持ちたいと思うか?」
「俺はこの国一番の目利き腕利きと自負してきたが、こんな現場を見せられたら、俺なんかまだまだ木っ端と思う他ないわ」
「なら止めておくか。今ならまだ間に合う。忘れるだけだ」
「逆だな。俺はもっともっと魔道を追求したい気持ちが大きくなった。願わくば、この研究室の末席に置いて貰いたい」
「ってこった、どうする? レイノス」
「他の研究員と同じ扱いをする訳にはいかんが、まぁ良いだろう」
「本当か? それは嬉しい限りだ。よろしくお願いする」
「でもバルナスさん、街の道具屋はどうするんですか? ここに入り浸っちゃったら街の人たちは困りますよね?」
「そうだな、あっちはあっちで俺の生き甲斐でもある」
「なら店が休みの時だけここに来たらどうだ? 休みはつぶれちまうがな」
「レイノスさんがそれで良いと言ってくれるんなら俺としては助かるが」
「だってよ、ギルマス」
「ではバルナスには街の動向と、住民が必要とする商品の調査報告を頼む。その代わりにここでは知識と経験を与える。どうだ?」
「それなら普段やっていることと変わらん。問題無しだ」
「ではまずは、またダッシャー様とアンセル様が爆発しない内に、魔石コンロの整備を始めてくれるか?」
「その古い魔石コンロはどこにあるんだ?」
「それならバルナスさんのお店だと思いますけど」
当たり前にそうだろうと思って口に出した。
するとバルナスさんに「にやり」と笑われた。
「俺もな、小さいながらもこのラルーギア国の王都一と言われた道具屋だ。こんな物位は持ってるんだぜ」
背中に担いでいた工具鞄をテーブルにドスンと置く。
油が染み込み、あちこち補修された跡の有る、頑丈な分厚い革製のドクターズバッグだ。
「俺のひいひい爺さんが使ってた魔道具だ。見た目はこんなだが、まだまだ拡張機能は健在だぜ」
中から整備を依頼した魔石コンロが出て来た。整備途中の解体されたコンロが1袋に突っ込まれた物と、まだ手付かずの物だ。
「ここの連中は個人作業が得意なんですよ。一人1基ずつ、分散して整備をすれば早いと思いますが、アンセルさんそれでどうです?」
「えっと、僕としては使える様になればそれで良いので、手順はお任せします」
レイノスさんが遠慮がちに聞いてくれる。少し気まずいが話しを進めるしかない。
「では、この分解済みの物はそのままバルナスにやって貰おう。残った物は各自それぞれ自席で作業開始だ」
「あ、あの。先ほどの魔法で、一気にキレイにはして頂けないでしょう、か?」
職員の一人が恐る恐る声に出す。
まぁそりゃそう思うよね。でも無理なんだ。
「こやつの魔力は低くてな。先ほどの怒り任せに使った魔法で底をついたであろうな」
「そうなんですよ。ダッシャーの言う通り、もう魔力が残ってません」
「そうですか……」
「ですが、この洗剤なら何本かお渡し出来ますよ」
「本当ですか? それは助かります。先ほど頂いた分は研究用として残しておかなければと思っていましたので」
隅でコソコソとアイテムボックスを探すと、潤滑油は新品が1本、中性洗剤も1本、食器用洗剤は大きな詰め替え用が2本出て来た。
(でも多分、重要なのは潤滑油と中性洗剤だろうな。買い足すか)
「すみませんが、また先ほどの部屋をお借りしても良いですか?」
「えぇえぇ、ご自由にどうぞ。何でしたらアンセル様のお部屋として使って貰っても構いません」
(いや僕はここにずっと入り込むつもりは無いので遠慮します。でもそんなこと言える雰囲気ではないから黙っておきますけどね。これ以上空気が悪くなってもいけないしね)
「ハハハ」
【ホームサンタ(ホームセンター)】でエメラルドグリーンの中性洗剤と食器用洗剤と潤滑油を1ケースずつ買う。
大きな段ボールでドンッと届く。
「ダッシャー、悪いけどこれ運んでくれるかな?」
僕はすっかり魔力切れで浮遊魔法も使えない。
「『クレープ』の為だな。お安い御用だ」
(これはツンデレと言うのかな? 素直なのは食べてる時だけだな)
研究室に戻り、届いた段ボールを広げて見せる。
「これだけあれば当面は困らないと思いますが、どうでしょう?」
「こんなにたくさん、こんなに短時間で用意出来るなんて――。これは一体どこで作られた物なんだ?」
「中身もだがこの容器は何なんだ? 素材は何なのだ? 文字なのか絵なのか、この模様もどうやって描かれているんだ」
「色々と疑問もおありでしょうけど、企業秘密なので突っ込まないでください」
「………………」
何かおかしな空気になっちゃったけど、気にしたら負けだ。
とは言え、少し体裁は悪いよね。気まずくて視線を逸らした先に、さっきマナ・レクス様から貰った大きな段ボールがあった。
(この大きさと重さって一体何が入ってるのかな?)
「開けてみるか」
段ボールを開けるとメッセージカードが入っていた。
『ƆHOTTO OƧOI ƆHЯIƧTMAƧ PЯƎƧƎИT AႱ』
「ダッシャー、これって何て書いてあるの?」
「何だ、そんな物も読めぬのか。『ちょっと遅いクリスマスプレゼント』だな」




