第二十五話 ベルちゃんのスキル~ダッシャーとアンセルの怒り~
「まぁもう良いや」と呆れた感じにルシアンさんが言い放った。
「それで最初の目的を忘れちゃあいませんか? だ!」
「あ……」
魔力感知で商人ギルドマスターのレイノスさんの様子を伺う。廊下の角でこちらを伺ってる様だ。
取り込み作戦続行だ。
「お待たせ~。クレープが焼き上がったよ。食べようか」
「「「食べるぅ(ぞ)」」」
「甘い系とご飯系とどっちが良い?」
「「「甘いのぉ~」」」
「ですよねぇ」
お皿の上に山盛りのクレープが積み上げられている。
マナ・レクス様用はお持ち帰り用のパッケージに入れたけど、ホントはペーパーで巻いて手で持って食べたい。でも何はともあれ今は見せつけないと!
子供たちに食べたい具材を聞きながら包んで行く。
「赤い甘いのが良いの」「あたち黄色いの」「我はこのプルプルのだ!」
「はいはい、ベルちゃんはイチゴホイップね。らんちゃんはチョコバナナね。ダッシャーはプリンね」
「「「お代わり~」」」
「黄色のふわふわのが良いの」「緑の甘いのが良いの」「我は今度はこの茶色のヤツが良いぞ」
「はいはい、ベルちゃんはチーズケーキホイップね。らんちゃんはメロンカスタードね。ダッシャーはWチョコブラウニーホイップね」
巻いては一口大に切って「はいあ~ん」。巻いては一口大に切って「はいあ~ん」。巻いては2つに切って「はいあ~ん」。
中々面倒だな。そろそろ手掴みしたくなったけど我慢だ。
「あ~ん」「あ~ん」「あ~ん」「あ~ん」「あ~ん」「あ~ん」……。
「アンセル様よ、今度は何やってんだい?」
「ルシアンさんが来ちゃダメじゃないですかっ。レイノスさんをおびき寄せるんですから!」
こそこそヒソヒソ伝える。
「これは美味そうだな。何て食べ物なんだ? 俺にも食べさせてくれよ」
大きな声でヘタな芝居をルシアンさんが打ってくれた。
「これは僕の故郷の食べ物で『クレープ』と言います。今みんなが食べているのは甘いタイプですね」
ドアを開けたままだから相当に匂っているはずだ。わざといつもの風魔法を応用した換気扇は使っていない。
レイノスさんが廊下をこちらに向かってくる気配がする。
「何を食べているのですって?」
「甘ぁぁぁいデザートですよ。レイノスさんもいかがですか?」
「コホン。まぁそこまでおっしゃるのでしたら、頂きましょうか」
(掛かった!)
先ずはバターと砂糖たっぷりシュガーバタークレープを差し出す。
「シュガーバタークレープです」
「ふぉわっ、何とも良い香りですね。美味しそうです」
「パクッ」一口遠慮がちに食べたと思ったら、一気に完食だ。
「お代わりありますか?」
「えぇ、今度も甘い系で良いですか?」
「うんうん」
「ストロベリーホイップクレープです」
「うんうん」
「チョコバナナカスタードクレープです」
「うんうん」
「プリンクレープです」
「うんうん」
「バニラアイスクレープです」
「ふわぁ~~幸せ~♪ 満腹満足」
「お口に合った様で良かったです。ふふ」
「あぁ、コホン。それで頼みと言うのは何でしたか?」
(そうそうこれこれ)
「実はですね、魔石コンロの整備をあちらの道具屋のバルナスさんにお願いしていまして」
「階段上で固まっているあいつですか?」
「そうですね。何であんなところに居るのか分からないですが」
「本気で言っているのか? この階段にはシールドが張られていて、普通の人間には見ることも出来やしねえぞ」
ルシアンさんに突っ込まれる。
「でも僕には見えてますよ?」
(…………)
「あいつと私と何の関係があると言うんです?」
「あぁ、それ俺な。古い魔石コンロの整備が中々進まないって困ってたから、お前のところに連れてきたんだよ」
「そうなんです。街の母様たちにそば粉でガレットを焼いたんです。コッチはほとんどは食事系ですけどね」
「それで?」
「思いのほか好評で、今は新品の魔石コンロが2基しかないので、長蛇の列になってしまって困ってるんです」
「うんうん、それで?」
「どなたか魔石コンロの整備をお手伝いしていただけたら、コンロの数が増えて、おかず系からデザート系まで提供出来るのになぁぁと」
「つまり、どう言うことですか?」
「さっきのクレープは魔石コンロで焼くと上手に作れるんですよ」
「では一度、研究室を見てもらいましょうか。それから何が出来るか話しをしましょう」
(やっぱり『クレープ』効果か。興味を持ってくれたみたいだ)
部屋を出て、研究室なる部屋へと案内される。テーブルの上にはバラバラに分解された精密機械や魔道具、からくりが油と埃まみれの状態で広げられていた。
独特の鈍い光は、固着したグリスと火山灰が混ざりあうことで放たれるのだと言う。
片隅では研究員がひたすらパーツの汚れを落とす作業をしているのが見て取れた。
「この機械はこれから整備するのですか?」
「そうですよ。古い汚れを丁寧に落とすのですが、魔法も慎重に使わないと危険が伴います」
「油だから危険と言うことですか?」
「えぇ、一歩間違えると古い油の魔力と魔法が拒絶反応を起こし、魔力暴走して爆発します」
チリリン!
「え? こらこらベルちゃん、テーブルに乗っちゃダメでしょ」
テーブルの上に飛び乗ったベルちゃんを慌てて下ろす。
「ベルちゃん出来るの」
「え? 何が?」
ぴょんとテーブルの上に飛び乗ると、汚れたからくりを「ぬるん!」と取り込んだ。
「ベルちゃんベルちゃん、何やってるの! 汚いからやめなさい!!」
「スライムに備わったスキルだ。やらせてやれ」
「ダッシャーはそう言うけど、心配なんだよ」
「チリリリン、リーーーン!」
ベルちゃんが身震いするたびに、半透明の体の中にシュワシュワした泡が浮かんでは消えた。
「おしま~い」
体に取り込んだからくりを離す。それは先ほどまでの汚れがまるで思い出されないほどに輝いていた。
「ベルちゃん、大丈夫? お腹痛くない?」
「スライムに排泄機能は無いぞ」
「そういう問題じゃないんだよっ。あぁもぉパパったら冷たいね」
「チリリン、楽しかったぁ」
「あ、そうなんだ」
「これは凄い能力ですね。桁違いの魔力も頷けます」
「そうなんですか? 僕もこんなことは初めて見たので、何とも微妙です」
「その『スライム』を私に譲っていただけませんか?」
レイノスさんの目がギラリとどす黒く光る。
まだテーブルの上に居るベルちゃんに、レイノスさんが乱暴に手を伸ばし、掴もうとする。
「ぴっ!」
慌てて差し出した僕の手の中にうずくまり、ぶるぶる震えるてその小さな体から薄い水色の『涙のしずく』を落とした。
ベルちゃんから零れ落ちた『涙のしずく』は、テーブルに落ちると、ぷるんとした柔らかい結晶となった。
内側から清らかな水色の光が溢れ出し、まるでアクアマリンの中に星の屑を閉じ込めたかのように、キラキラとまたたいていた。
見つめているだけで心が洗われるような、冷たくも優しい光を放っていた。
震えるベルちゃんを「ぎゅっ」と抱きしめる。
「ヒヒーーーン――ッ!」
研究室に割れんばかりの甲高い嘶きが轟いた。
ダッシャーが、その前足を天空へと高く跳ね上げる。次の瞬間、踏み下ろされた蹄が、そばにあった頑丈なテーブルを一撃で粉砕し、爆音と共に消し飛ばした。
ドガァンッ! パリィィンッ! ――ッリィィイン
「我らの子に何をしたのだ!?」
「ヒッ」
「この子を譲ってほしいですって? そんなこと本気で言ってないですよね?」
しかしその顔は真剣そのものだった……。
(そんな話し有り得ない)
「この子は僕たちの大切な家族です。それは無理なお話しだとお分かりでしょう?」
「そ、そ、そうですか――。そうですね――。失礼いたしました。機械の汚れ落としにかなりの時間と労力が奪われ、研究の時間が削られるのが悩みだったもので、つい――」
(つい――じゃないよ!)
「チ、チリ、チリン。ピピィ」
僕の腕の中で震えるベルちゃんが泣き止まない。
「どっか痛いの? 痛いの?」
「チ、チリン」
「そうかそうか、恐かったねぇ。ごめんねぇ。もう大丈夫だよ」
更にギュッと強く抱きしめる。するとらんちゃんも腕の中に飛び込んで、ベルちゃんに寄り添う様に一緒に泣き出した。
「キュキュウ、キュピィ」
二人とも大丈夫だよ。パパが怒ってくれたからね。
泣き止まないらんちゃんに今度はベルちゃんが心配そうに寄り添う。
すると、らんちゃんから透明に煌めくオレンジ掛かった『涙のしずく』が流れ落ちた。
らんちゃんから流れ落ちた『涙のしずく』は、僕の手の中で結晶化した。
夕焼け空を切り取ったような、鮮やかなオレンジ色の奥で小さな炎がゆらめいている。周囲がじんわりと温かくなるような、力強い中にもどこか切ない、情熱的な光を放っていた。
落ち着くようにと二人をスリングに入れて首から斜め掛けにして、上からギュっと抱きしめる。
スリングに入っていれば触られないし、奪われない。
「油が良く落ちる洗剤があれば良いのですか?」
「そ、そうですね。サビて本体と魔力結合してしまったネジを外したり、古い潤滑油が乾いてすぐに油切れを起こしたり、チリや魔力カスを吸い寄せてからくりが目詰まりしたり、とにかく洗浄に時間が掛かるのですよ」
「なるほど、では少しお待ちください。一つずつお出しします」
アイテムボックスから赤いキャップの潤滑剤を取り出す。僕が使っていたヤツだ。
ストローノズルでネジの隙間に「シュッ」と一吹きして数分待つ。
「ネジを回してみてください」
レンチをあてて力を入れた瞬間「カキッ」と軽い音を立ててするすると回った。
「こんな簡単に、あり得ない……」
次はエメラルドグリーンの中性洗剤を取り出して、目詰まりしたからくりに一掛けする。
数分置いたら、使い古しの歯ブラシでこする。
ガチガチになっていた汚れが見る見る落ちていく。
「は?」
「この洗剤は強いのでこちらの洗剤で洗い流します」
食器用洗剤で汚れと洗剤分を洗い流すと、ピカピカのからくりが現れた。
「はあっ?」
「これで洗浄は早く終わりますか?」
「早くなんて物じゃないですよ! 何ですかこれは!?」
「企業秘密です。でもこれはお渡ししますよ。何しろここは『マナ・レクス様直轄の商人ギルド』ですから、守秘義務が破られるなんてことはありませんよね?」
「それはモチロン絶対的に守りますが――」
「では、僕たちはこれで失礼しますね。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした」
ベルちゃんとらんちゃんが落とした『涙のしずく』を拾うと、二人を抱いたまま、ダッシャーとドアに向かう。




