第十八話 お城のキッチンを見学しました~母様たちは暇なんです~
朝食を終え、光魔法で片付けをする。
「レイ・クリーン」実に便利だ。
一瞬で片付けを終えて、のんびりしようとしていたら、ギルドマスターの『ルシアン』さんがやって来た。
「アンセルいるかい? 母さんたちが呼んでるぜ」
「え? なんだろう。……ちょっと恐い」
大広間に向かう。
ダッシャーにベルちゃんらんちゃんも一緒付いてきてくれる様だ。
「お待たせしました。何かご用でしょうか」
「呼び立ててすまないね。――おや、あんた。お腹が小さくなってるね。産まれたのかい」
(フルーラ 王妃と同じこと言ってるよ)
「僕、男なんですよ」
「おやまぁ。じゃあ、あのお腹は何だったんだい」
「魔物の卵を温めていたんです。それが孵ったんですよ」
「魔物だって? あんたそりゃ危なくないのかい?」
(そりゃあ心配か)
「ベルちゃん、ランちゃん、おいで~」
二人ともダッシャーの背中に乗っているから、ダッシャーも一緒だ。
「この子たちです。スライムのベルちゃんと、アルミラージュのらんちゃんです」
「これは可愛い子たちだね。これなら安心だ」
「ところで何かご用でしたか?」
「そうだったよ。あんたにばっか大変な思いをさせるわけにいかないから、あたしらも何かできることをしようかって話してたんだ」
「僕が好きでやってることなので、大丈夫ですよ」
「そうは言ってもねぇ」
「いや何、実を言うと、あたしらあんたがお腹の大きな妊婦さんだとばかり思っていたから、無理させちゃいけないって話になったんだよ」
「それでしたら誤解は解けましたね。お気遣いは本当にいりませんよ」
(僕のスキルは人に見せられないしね)
「まぁ、それはそれとして、あたしらいつもアクセク暇なく働いていたから、こうのんびりしている時間ができると、暇を持て余しちまうって言うか……。ねぇ、みんな」
「そうなんだよ。ダッシャーさんやアンセルさんのおかげで安全は守られたけど、街は封鎖してるからねぇ。人も来ないし荷物も届かないさね」
「まぁ、要するに暇なんだよ。何かやることはないかい」
「そういうことでしたら、これからお昼ご飯の準備をするんですが、お手伝いしていただけますか? もしご要望があるなら、ご家庭でも作れるようなものにしますよ」
「それはいいね。願ったり叶ったりだ」
「アンセルさんの料理はどれも美味しいものね」
「では参考にしますので、いくつか教えてください。この国の特産は何ですか」
「特産と言えるか分からないけど、『そば』くらいかね」
「では、そば粉のガレットにしましょう」
「なんだい? それは」
「そば粉を水で溶いて、薄く焼いて具材をのせたものですよ」
「薄く焼くって、どうやるんだい?」
「フライパンや鉄板で焼きます。……ないですか?」
「またアンセルさんがおかしなことを言っているよ」
「フライパンって何だい?」
(あれ? そんな感じ?)
「ちょっと料理長のトトさんに話を聞いてきます。少しお待ちくださいね」
逃げるようにして部屋を後にする。
「ダッシャー、この国に鉄板はないの?」
「鉄板はあるぞ。だが、その鉄板も先ほど言っていたフライパンも、家庭には無いだろうな」
(これはマズイな)
「もう一つ大事なことがある。この国のコンロ事情はどうなんだろうか?」
「コンロとはお主が探していた魔道コンロのことか?」
「この間、セオドア王が家庭用には小さな魔石コンロがあると言っていたよね」
「それはお主が、魔石コンロか魔導コンロかの話をしていたからだな。一般家庭はまだ薪だぞ」
「薪か、それは僕では扱えないな。どうしよう」
「やっぱりお城のキッチンを見せてもらおうか。できるかな?」
「我についてくるがいい」
我が物顔でずんずん歩いて行ってるけど、ダッシャーだってここは初めてだろ? 全く頼りになる相棒だ。
料理人の控室に、今朝大広間で僕の作った料理に驚いていた料理長のトトさんがいた。
ちょっと気まずい。でも行くしかない。
「こんにちは。少しお話し伺ってもよろしいでしょうか?」
「これはアンセルさん。何かありましたか?」
「街のお母様方が暇だとおっしゃるんで、お昼ご飯のお手伝いをしてもらおうと思ったんですが、この国のコンロがどういうものかわからず、教えていただきたいのです」
「あぁ、マルタに捕まりましたか」
「あの女性はマルタさんというのですか」
「ええ、世話好きで有名ですよ。おせっかいとも言いますけどね」
「後者だろうな」
「ダッシャー、そんな事言わないの」
「ハハハ、それでコンロが見たいのですか?」
「ええ、不躾ですみません。僕が作ろうと思った料理が作れる環境が、皆さんのご家庭にあるのかも気になりまして」
「何を作られるのか気にはなりますが、先ずはコンロですね」
「ありがとうございます」
「私どもも昼食の準備の最中ですので、騒がしくてすみません」
トトさんに連れられて王宮のキッチンまで案内して貰う。中には数人の料理人が慌ただしく調理をしていた。
窓際に並べられた大型の魔導コンロらしき物と、中央にはアイランド式の作業台がある。
壁には調理器具が掛けられていて、薄っすらとすすけている。
一番奥に暖炉の様な窯があるが、火は入っていない様だ。
「セオドア王に先日、魔導コンロが欲しいとお尋ねしたところ、貴族やお金持ちの家には魔導コンロがあるとおっしゃってましたので、どんな物か知りたかったのもあるんですよ」
「ここには魔導コンロが2基、合計で5口あります。他に魔石コンロが2口、こっちは火力が弱いんですよ」
「これは立派ですね」
「古い物ですよ。大切に使っています」
「火力は強いんですか?」
ボボ、ゴオオオオーー。
煮込み途中の鍋を外して見せてくれた。
中華料理屋のコンロみたいだ。
(ガレットには魔導コンロの火力じゃ強すぎるな)
「例えば肉を焼くとしたらどうやって焼きますか?」
「薪で直焼きですね」
「鍋以外に道具はありますか?」
「設置型の重い鉄製の板はありますよ。それ以外はこの寸胴ですかね」
「鉄板は移動式のはないってことですね」
「昔は浅型の鉄鍋もありましたが、重くて扱いにくいので今は使ってないんですよ」
(じゃあ鉄板もフライパンも無理か)
「この魔導コンロは火力調節は可能ですか?」
「一応はこのレバーで調節は出来ますが、何分古いので――」
ふんぬっ!
「この通り、目一杯力を込めても一番下の弱火にはなりません。ですから魔石コンロと使い分けてるんですよ。煮込みは強火の方が一気に仕上がりますからね」
(おや? 煮込みはじっくりコトコトじゃないっけ?)
「あちらの窯はどう使われてますか?」
「あれでは主にパンを焼きますね。窯を温めるのには時間が掛かりますが、一度窯に火を入れると中々冷えないですから、一気に焼き上げます。市民には週に一度、窯を提供していますよ」
「本格ピザ窯みたいでとても興味があります」
「ピザ? とは何ですか?」
「何でもないです。忘れてください」
(また余計な事言っちゃったみたいだな……)
「今は火は入っていない様ですね」
「そうなんですよ。本当は昨日の朝から準備をしてパンを焼く日だったんです。でも避難騒動でパンは二の次に、食事の準備に追われましたからね」
(それで昨日はカチカチの黒パンだったのかな)
結局のところ、魔導コンロは火力の調整が難しく、魔石コンロの方が使えるってことかな?
だけど、こんなに慌ただしく調理しているところに、ズカズカ入って邪魔も出来ないな。
「魔石コンロは街で売っていますか?」
「道具屋にあると思いますが、今は閉店してるでしょうね。マルタに聞けば主人の居場所は分かると思いますよ」
(結局、マルタさんってことね)
「分かりました。色々とありがとうございました。お邪魔してすみませんでした」
◇◇
さて、マルタさんを探す前に、セオドア王のところに行かなくちゃ。
これから僕がやろうとしていることの許可取りだ。
「ダッシャー、セオドア王を探したいんだけど、どこに居ると思う?」
「テオに何用だ?」
「うん、ちょっとね」
「我に言えぬのならば探してはやらんぞ」
「ごめんごめん。実はね……ごにょごにょごにょ。どうかな?」
「お主の考えそうなことだな。まぁ我は反対はせぬゆえ、好きにやるが良い」
『ホーホーホー、好きにやるがええぞ』
え? マナ・レクス様の承認まで貰っちゃったよ。
「でもやっぱり一言話しをしておいた方が良いよね」
「テオならば先ほど外に向かう気配がしたぞ」
「街の中の様子を見がてら、外に行ってみようか。ここに来てから王宮の中にしか居なかったしね」
「「おっ散歩♪ おっ散歩♪」」
ベルちゃんらんちゃんもノリノリだ。
中庭をゆっくりと歩く。これまでは慌ただしく離発着しただけだから、じっくり見て歩くのは初めてだ。
そこには、ピンクの可愛らしい八重咲きの『オールドローズ』が美しく咲き誇っていた。
その足元を、愛らしいピンクのカーネーションと、甘い芳香を放つローズゼラニウムが彩る。オレンジのマリーゴールドや白いカモミールが陽だまりのように混ざり合う。それは、ただ華やかなだけでなく、実用性を備えた温かみあふれる庭園だった。
「キレイな庭だね。手入れも大変そうだけど、こんな庭って憧れだよね」
日本人的な感想がつい口から出た。
「チリリン、キュキュイ」
「あっ、あんまり近寄るとトゲがあるから危ないよ」
「相変わらずの心配症だな。ベルもらんもお主より、よほど防御力は高いぞ」
「え? そうなの? 産まれたばかりの子より僕は弱いのか……」




