第百四十七話 シアンさんが怒り狂いました~商人ギルドの監視役~
「おい、商人ギルド。お前たち……最初から分かっていて、みなの意識から『水門』と『水路』、『広大な森』の存在そのものを消し去っていたのだな?」
商人ギルドの一室に、シアンさんの低く冷え切った声が響いた。その拳は怒りでわななき、青筋が浮かんでいる。
この国の仕組みにおいて、水の管理は本来、王室が民のために行う公的なインフラだ。商人ギルドに水路を管理する、その権限など最初からない。
それなのに彼らは悪質な隠蔽魔法を何重にも重ねることで、人々の記憶や意識から、この水路の存在そのものを都合よく「消去」していたのだ。
「国王セオドア様や私が、困窮した国の財政を預かり、どれだけの思いでやりくりしてきたと思っている……! 水が出ない、畑が枯れたと嘆く民を前に、雨を祈るしかできなかったあの絶望を、お前たちは裏でせせら笑っていたのか!!」
シアンさんが怒り狂うのも当然だった。幼馴染であるセオドア王のために、側近として国を必死に支えてきたのだ。その困窮の原因が、すぐ足元にある水路を商人ギルドが自分たちの利権と研究のために不当に「隠蔽」していたせいだったと知り、シアンさんの怒りは頂点に達していた。
「ち、違う、我々はただ、誰にも邪魔されず、純粋に研究をしたくて……少しだけ意識を逸らす結界を張っただけで……!」
レイノスが壁際に追い込まれながら言い訳を叫ぶが、シアンさんは容赦なくその胸ぐらを掴み上げた。
「黙れ! お前たちの『ちょっとした研究欲』のために、この国の畑がどれだけ干からびたか分かっているのか! お前たちの刑期は百年じゃ足りんからな!」
その激しい怒りの様子を、少し離れた場所から腕を組んで見守っていたのは、冒険者ギルドのギルマス・ルシアンさんだ。ルシアンさんは元々、身勝手な隣国を監視するために、神直轄組織の冒険者ギルドを隣国に展開していた。しかし、今回の身勝手な採掘による噴火の誘発、そして『竜怖の卵』を人質として拉致した暴挙に、ついに創造神様が激怒。神から隣国へ見捨ての宣告が下り、監視の役目は終わったのだ。
そうしてルシアンさんは、僕たちがやって来たこの国へとギルドを丸ごと移転させるべく、一団を率いてやって来た。
避難生活に合流した直後に、この水路の隠蔽が発覚した。
「まったく、お前ら商人ギルドがこんな大悪党だったとはな。シアンさんがキレるのも無理はねぇ」
呆れ果てたように、吐き捨てた。
「セオドア王にシアンさん、僕はまだこの国のことがあまり良く分ってません。お二人が大変な時を過ごしたことも、全てが理解出来たとも思ってません」
「それは俺も同じだな。こいつらを預かる身だ。色々とまた聞かせて欲しい」
ルシアンさんがまだまだ許さないと言いたそうな顔をして、商人ギルドの面々を睨みつけた。
「ですから、皆さんが許せるまで、この人たちに無償の仕事を与えます! 開発も得意でしょうから、魔道具を作らせるのもいいかも知れません」
「この国がまた、豊かに暮らせるための魔道具か」
「王宮図書室にヒントがあるかも知れませんね」
僕たちは不敵な笑みを向けて、その場を立ち去った。
「お主、あ奴らに勝手に水車を直させていいのか?」
商人ギルドの外へ出ると、ダッシャーが意味深なことを言い出した。
「でも、水車は早く使える様にしたいよね。勢いで言っちゃったけど、ダメだった?」
「ダメではないが、何か忘れておらぬか?」
「何か、忘れ……て?」
「ブランと何か話しをしておらなんだか?」
「ブラン? あぁぁぁぁぁっ!! どうしよう?」
僕はブランが水車の修理を見てみたい、と言っていたことをすっかり忘れていた。
「何だ? あいつらにやらせるのはマズかったのか?」
ルシアンさんが監視者として気になった様だ。
「ブランさんとは、どなたですか?」
「えっと、うんっと、あのですね……」
僕は話してしまって良いのか、悩みながらダッシャーを見た。
「お主の心配は何だ?」
「商人ギルド、だけかな?」
「あいつらの動きが心配か? 俺の部下も監視を続けるし、マナ・レクス様からの監視の目もあるだろうから、今のところは勝手自由には出来ないと思うぜ?」
――サワサワサワ、ソヨソヨソヨ。
「森の木さんたちが大丈夫って」
らんちゃんの通訳で、トレント達が見てくれているから安心して良いと伝えられた。
「木型はどの位で出来るんでしょうね?」
「まずは1つずつ作らせるのはどうでしょう? 出来栄えの確認は必要でしょう?」
シアンさんの一言に僕は「ポン!」と手を打った。
「ルシアンさん、すみませんが、まずは1個ずつのサンプルを作らせてください。水車には勝手に手を付けない様に指示して欲しいです」
「はいよ、サイズ違いで1個ずつな。水車は俺たちが立ち合いするから、それまで近寄るな、だな」
ルシアンさんが指示しに行ってくれた。
僕はダッシャーと目くばせをして、商人ギルドの外壁へと進む。
「この辺りです」
「何がですか?」
「らんちゃんが、リリーを見つけたんですよ」
「また新しい名前が出てきましたね」
「そうだな」
シアンさんとセオドア王が、腕を組んで首をかしげる。
「ここでは人目もあるので、部屋に戻ってからでも良いですか?」
僕は監視役として立っている冒険者ギルド職員と、相変わらず窓からコッソリと外の様子を伺っている、商人ギルドを横目で見ながらコソッと話しをした。




