第百四十五話 トレント達の怒りを買いました~マナ・レクス様の降臨~
「大体、そもそも『私たちが囲っていた』って……。自供してますよね? あの森も火山岩も、この国、ラルーギア国の資源なのは分かってますか?」
「…………ですが、私たち商人ギルドの敷地内にある物は、私たちの物ですよ――ねぇ?」
「お前たち、何を勘違いしてやがるんだ? この森全部ってそれはまた広すぎる主張だな。常識で考えたら――。っ! まさかお前らの常識がそれだって言ってるのか?」
ルシアンさんが呆れた顔で頭をかいている。
「あなたたちの、はた迷惑な常識外れな考えを改めて貰うまで、罰は続きます。2つ目の罰は、あなたたちが隠していた、そこの水車の確認と修理です」
「な、何ですって!?」
ガタタッと椅子を鳴らしてレイノスさんが立ち上がる。
特殊な木材からの過酷な加工、おまけに素材が眠る森へは一切立ち入れなくなった反発、更には彼らが必要としていない水車の修理。しかもまだ罰は続くと言う――。
何より、創造神マナ・レクス様にすべての悪事が露見した動揺が、彼の貧弱な理性を完全に消し飛ばした。
パニックに陥ったレイノスさんの目は、スリングの中で僕に抱かれるベルちゃんを捉えてしまう。
「あ、ああ! そのスライムだ! そのスライムが居れば私の仕事はどこまでも捗るだろう。是非、そのスライムを私に譲ってくれ! そうすればルシアンの指揮下でしっかりと働くことを約束する――」
あれだけ注意したにも関わらず、すっかり都合の悪いことは忘れて悪びれもせずに、またしてもベルちゃんを便利な洗浄道具のように扱おうとした。
愚かにも、彼は過去の恐怖を忘れて、再びベルちゃんへと強欲な手を伸ばしたのだ。
――その瞬間、世界から音が消えた。
僕の目は、見たこともない漆黒の「憎しみ」の色に染まっていた。我が子同然の家族をまたしても道具扱いし、奪おうとするレイノスへの嫌悪と怒りは、もはや限界を超えていた。
「……あなた、本当に、何も分かっていないんですね」
僕の低く冷え切った声と同時に、背後にいたダッシャーが、かつてない規模の凄まじい魔力を爆発させた。体中からバチバチと細かな雷光を放ち、その神眼が限界まで見開かれる。
ズシン――――……ッ!! ドシン――――……ッ!!!
突如として、大地を激しく揺るがす巨大な地鳴りと振動がギルドの建物を襲った。
窓から差し込んでいたわずかな日の光が、遮られるようにして一瞬で閉ざされ、室内は夜のように暗転する。
「な、何事ですか!? 地震か、それとも火山の噴火がここまで……っ!?」
レイノスが腰を抜かして叫んだその時、部屋の扉が勢いよく開いた。外で待機していた冒険者ギルドの職員が、顔を真っ青にして転がり込んでくる。
「報告します! も、森の木々が……木々が歩いてこちらへ迫ってきています! 巨大なトレントたちが建物を幾重にも包囲し、商人ギルドを押し潰さんばかりに枝を振り上げています!!」
「なぁっ……!?」
マナ・レクス様が森に道を作ってくれた時、ダッシャーが火山岩置き場へ案内してくれた時、僕が「井戸に行きたい」と願った時、森の木々はいつも「サワサワサワ」と、まるでお母さんのように優しく、嬉しそうに音を立てて道を開いてくれた。
だが、今は違う。
僕の激しい憎しみ、そしてダッシャーの激怒に呼応し、森の守護者となったトレントたちまでもが、怒髪天を突く「大自然の怒り」となって商人ギルドを圧殺せんと押し寄せてきたのだ。
窓の外を見上げれば、無数の巨大な木の腕が建物を覆い尽くし、きしむような恐ろしい咆哮が響いている。
「ひ、ひぃぃぃっ……! 許してくれ! 悪かった、私が悪かった!!」
レイノスは己の犯した罪の重さと、神獣、トレント、そして僕が放つ圧倒的な力に恐怖し、床に頭を何度も叩きつけて許しを乞う。
「ルシアンさん、シアンさん」
僕は震えるベルちゃんとらんちゃんを優しく「キュッ」と抱きしめ、冷徹な声で振り返った。
「木型が完成しても、水車の修理が終わっても、この人たちを絶対に建物から出さないでください。必要な素材があれば、僕がトレントたちから貰ってきます。この国を捨てて隠蔽の裏で私腹を肥やし、僕の家族を蔑んだ対償は、その指で、体で、頭で、徹底的に支払ってもらいます」
ダッシャーが低く唸ると、地鳴りがさらに激しさを増す。
以前からこの国に居座り、民から水を奪い、自分達以外を道具としか見ない強欲な商人ギルド長レイノスに、未来永劫逃れられない絶望の枷が嵌められた瞬間だった。
「ホーホーホー、アンセルよ。落ち着くのじゃ」
僕の通信機からマナ・レクス様のホログラムが現れる。
その神聖な響きが部屋を満たした瞬間、天地を揺るがしていたズシン、ドシンという凄まじい地鳴りがピタリと止まった。窓を覆い尽くさんばかりに押し寄せていた巨大なトレントたちのきしむような咆哮が、一瞬にして静かな平穏へと塗り替えられていく。
「だけどマナ・レクス様、この人は反省するどころか相も変わらず僕の大切なベルちゃんを、道具扱いするし、落ち着いて対応なんて無理ですよっ! ひっく」
「それは儂も同じ思いじゃぞ? ホー」
「マ、マナ・レクス様、『同じ思い』とは?」
レイノスは突然の上司の出現に、姿勢を正して手もみをしながら進み出る。
「お主も分かっておるじゃろ? アンセルは儂の可愛い孫も同然の存在じゃ。ホー」
「え? そ、それは……」
レイノスが固まる。
「そのアンセルが『わが子』と言う、ベルちゃんとらんちゃんじゃ! 二人とも儂の可愛いひ孫と言うことじゃ!!」
「え? え!? そ、そそそ、そんな……」




