第百四十話 地下分水宮は危機を脱しました~お昼は帯広風豚丼~
「腹が減ったぞ」
ダッシャーがたっぷりカフェオレを飲んだ後に、大きな声で呟いた。
「昨夜はたくさん作って疲れたから、簡単な物で良い?」
もぅホントに疲れたから今日は何もしたくない気分だけど、そうも言ってられないだろう。視線がとっても痛い。
「お腹空いたの」「たの」
「お腹ちゅきまちたかぁ。今すぐ用意しまちゅよ」
~【帯広風豚丼】~
■材料(2人分)
・豚ロース肉(生姜焼き用):200g〜250g
・ご飯:どんぶり2膳分
・サラダ油:小さじ1
・トッピング:グリーンピース、白髪ねぎ、粉山椒など
【濃厚甘辛タレ】
・しょうゆ:大さじ3
・みりん:大さじ2
・砂糖:大さじ1
・酒:大さじ1
■作り方
1.深さのある耐熱容器に、タレの材料をすべて入れ、砂糖が溶けるまでよく混ぜる。
2.ラップをせずに600wのレンジで1分30秒加熱する。
※ブクブクと泡立ってカサが増すため、必ず余裕のある容器を使ってください。
3.スプーンで混ぜ、少しだけとろみがついていればタレは完成。
4.フライパンに油をひいて強めの中火で熱し、豚肉を重ならないように並べ、両面にきれいな焼き色がつくまで焼く。
5.焼けたら火を弱め、フライパンの余分な脂をキッチンペーパーできれいに拭き取る。
6.③のタレをフライパンに一気に回し入れ、中火で10~20秒ほど、お肉を裏返しながらタレを全体にサッと絡める。
7.温かいご飯にタレを少し回しかけ、その上にお肉をきれいに並べ、最後に残ったタレをたっぷりとかける。
お好みでグリーンピースや山椒などを振ったら完成。
「本当に簡単だな」
ルシアンさんが匂いに釣られてやって来た。
でも僕は今、【温冷の調律器】を使っている。だから少し距離を取って遠目に物欲しそうに眺めている。
「簡単でも美味しいんですよ。嫌なら食べてくれなくても結構ですよ?」
「いやいやいやいや、こんな美味そうな匂いを目の前にしてそれは無いんじゃないか? それに、簡単なのに美味いってのは最高じゃねぇか!」
今日のお肉は、前にダッシャーが狩ってきてくれた灰色の猪魔獣の肉だ。
昨日のロックバイソンほどの国宝級の超高級品ではないけれど、市場に出ればそれなりの高値で取引される、中級の上といったところの贅沢な肉である。
猪特有の引き締まった赤身と、甘みの強いジューシーな脂身は、濃厚な甘辛タレと焦げた醤油の匂いにこれ以上ないほどマッチする。
「うん、力仕事の後のスタミナ補給なら、バイソンよりもこの灰色の猪魔獣のガツンとくる旨味の方が絶対に合うよね!」
大鍋の中でタレを吸って飴色に輝くボア肉を見て、僕は満足げにうなずいた――。
王宮の広場の清々しい空気に、醤油と砂糖が香ばしく焦げた、濃厚極まりない甘辛いタレの匂いが爆発的に広がっていく。その暴力的な香りは、風に乗って王宮の奥やギルドの建物の中へと一瞬で吸い込まれていった。
「――くっ、これを『簡単なもの』と言ってのけるのか、アンセル殿は……!」
シアンさんがシルバーマグを握りしめたまま、ごくりと大きな生唾を飲み込んだ。
【温冷の調律器】から大鍋をドン! と安全圏のテーブルの上へと移す。
純白のホカホカご飯の上に、厚切りの豚肉がタレごと豪快に敷き詰められていく。昨日のロックバイソンとはまた違う、豚肉特有のジューシーな脂の甘みと、秘伝のタレが絡み合った『帯広風豚丼』。その頂点には、グリーンピースや白髪ねぎ、そしてピリッと味を引き締める粉山椒が載せられていく。
「皆さんお疲れ様です。今日のお昼は『灰色の猪魔獣』丼ですよ。お好みでこちらのトッピングをどうぞ」
とろけるチーズと生卵に紅ショウガも用意した。
「アンセル様よ、この『ぎゅうどん』に続く『ぶたどん』ってヤツは一体何なんだ……。そのままでも最高なのに、生卵を落としてチーズを溶かすなんて、こんな贅沢が許されていいのかよ! 熱々の肉の脂と、とろけるチーズが飯に完璧に絡み合って、悪魔的な美味さになってるぞ!」
スプーンで豪快に掻き込み、喉を鳴らして笑いながら、ルシアンさんは一気に器を空っぽにしていく。
「身体の芯から力が漲ってくるのが分かるぜ。これなら午後からは、俺一人でも樽の積み上げが出来る気がするな!」
「ルシアンさん、一人で出来るって言っちゃうと、皆さん女の人たちが居る方へ行っちゃいますよ?」
「うっ……。俺一人じゃ流石に無理だわ。冗談に決まってんだろ」
ルシアンさんは少し焦ったように、お代わりをするために配膳の列に並んだ。
「ルシアンの言う様に、昨日の『ぎゅうどん』も美味かったが、この白米にしみたタレの一滴すら、残すのが惜しいほど美味いな!」
セオドア王は口元にほんの少しタレがついていることにも気づかないまま、陶器のジョッキを傾けて嬉しそうに笑った。シアンさんも、お気に入りのシルバーマグのカフェオレをグイッと干しながら、幸せそうに目を細めていた。
「我は腹が減ったと言っておろうが!」
言い出しっぺのダッシャーは後回しにされてそろそろ我慢も限界だ。
「ごめんごめん、こっちは一段落したから次はダッシャー達の番だね」
僕とホカホカのご飯の上にたぁっぷりの『灰色の猪魔獣』を乗せてダッシャーへと差し出す。
「熱々だから気を付けてね」
「ハフハフ、ふぁっち!」
「ほら、だから気を付けてねって言ったでしょ」
僕はいつもの光景に、笑いながらダッシャーにアイスカフェオレを渡した。
「ベルちゃんらんちゃん、ふぅふぅあーーん」
「はっふふ、あーーん」「あーーん」
「おいちいでしゅかぁ?」
「「「美味しいぃ(いぞぉ)」」」
簡単なお昼ご飯だけど、みんな満足してくれたみたいで良かった。
僕はご飯小盛りで一杯食べた。
他国でも見たことがない純白のホカホカ白米、濃厚な秘伝のタレ、そして冷たさ弾ける極上ドリンク。
王宮の広場は、王宮の格式高い伝統さえも心地よく置き去りにした、帯広風豚丼の幸福な熱気に包まれていくのだった――。
冒険者ギルド宿舎では、交代でお昼ご飯を食べながらも作業が続けられていた。
作業を開始してから4時間半――。
コンベアは一度もトラブルを起こすことなく動き続けた。
『白檀魔梛の木樽は、すでに98本目が満帆になり、99本目の樽へと差し替えられている。
僕たちは再びダッシャーに跨ると、地下分水宮の中を飛んでいた。
並々と満帆だった第二沈殿湖の水位は、安全圏である15センチ下まで綺麗に下がっていた。決壊の危機を完全に脱したのが確認出来た。
「ルシアンさん! 沈殿湖の水位はクリアです! 100樽ぴったりでクレイを回収しきって、なおかつコンベアの中を空にするために、いまここで装置の動力を切ってください!」
「おう、合点だ!」
地上からルシアンさんの力強い声が返ってきた。
地下から地上までの長いコンベアのチェーンには、1個あたり20キロほどのクレイを掬ったバケットが、片道だけで30個連なっている。
つまり、常に大樽1.5樽分のクレイが引き上げの途中で乗っている状態だ。
今回、白檀魔梛の大樽をダッシャーが切り出したその数は、キッチリ100個。
だからこそ、99本目の樽にクレイが溜まり始めたこの瞬間こそが、動力を切るべき唯一無二のジャストタイミングだった。
「野郎ども、もう一回車輪に取り付け! 8コマ目の通り、今度は左回りに逆回転だ! せーの、……そりゃあっ!!」




