第百三十八話 冷蔵室が出来ました~チェーンバケット装置の解放~
乾燥室の完成に続き、僕たちは隣の「クレイ保存用冷蔵室」の作成に取りかかった。
「よし、ドールハウスの冷蔵庫の時と同じ要領で、今度はお部屋丸ごと冷蔵室にしちゃおう! じゃあまずはベルちゃんお願いね。『清流の研磨』――の、すっごく大きいやつ!」
「お主、それでは部屋ごとは包めぬぞ。……ベル、広範囲の熱を断つぞ! 『清流の大隔壁』だ!」
ダッシャーが凛とした声で導くと、ベルちゃんの小さな体から、あの時よりも遥かに巨大な、まばゆい虹色の波紋が津波のように溢れ出した。
波は冷蔵室の『月桂魔樹』の壁へと一斉に広がり、静かに木肌へと吸い込まれていく。瞬時に、部屋全体が「外の熱を一切通さない」最高品質の断熱材――いや、絶対的な保冷の魔力層で完璧に包み込まれた。
「では我の魔力を流すぞ」
ダッシャーの鬣が逆立ち、走った雷光が天へと収束され、部屋の四方に巨大な幾何学模様の魔道回路がバチバチと繋がっていく。
電源はもちろん、隣の部屋のグローの鱗から引き出される、無限のワイヤレス電力だ。
回路が繋がった瞬間、部屋の中にまるで冷たい清流の底にいるような、澄み切った極上の冷気が満ちていく。肌を優しく撫でる心地よい涼しさは、まさに極上の冷蔵室そのものだった。
「最後はらんちゃん! 扉を開けても冷気が逃げないように、それに乾燥室の天井を冷やす風をお願い!」
「らん! 空間を遮断し、冷気を巡らせ。『翠風の通気路』だ!」
ダッシャーの言葉に、らんちゃんが「きゅぃぃ!」と一段と高く鳴いて、額の角をまばゆく輝かせた。
放たれた風は、冷蔵室の入り口に目に見えないほど滑らかな「風の防壁」を展開すると同時に、乾燥室の二重天井ドームへと繋がる通気路へと冷気を勢いよく送り込み始めた。
「完璧だ……! 節電対策もばっちりだし、これで乾燥室の天井が一気に冷やされて、美容液が集まる準備もできたね! みんな、ありがとう」
部屋の中には大工さんたちが作った大量の「木樽」が運び込まれる予定だ。一般の人が見れば、ここはキンキンに冷えた極上のエールが眠る「ただの最高級な貯蔵庫」にしか見えない。しかしその実態は、国家機密のクレイを完璧に守り、副産物を生み出すための超科学的な魔導冷却システムだった。
「アンセル殿、素晴らしい……。これほど完璧に冷えた部屋なら、我が国のどんな酒場よりも素晴らしいエールが保管できますな」
セオドア王が白息を吐きながら、うっとりとその冷気に見惚れていた。
(いやいや王様。この部屋に置くのはクレイですよ?)
あ! 僕はカムフラージュの為の、本物のキンキンビールを置く小部屋を作るのを忘れていることに気が付いた。
急いでダッシャーに、冷蔵室を少し区切っただけの本物ビールの小部屋を用意して貰った。
◇◇
クレイの乾燥室と冷蔵室が完成したところで、いよいよ本番、クレイを引き上げる装置の初稼働だ。
装置があるのは、仮設の冒険者ギルド本部――かつての労働者宿舎の奥にある「隠し部屋」だ。
地下分水宮にある第二沈殿湖から流れ出た水は、その下層の大きなプールへと流れ落ちる。
かつて、グローがその体へと取り込んだ火山の熱を冷やしたプールには、ドラゴンの魔素が豊富に溶け込み、そこから流れ出た水はこの街の各所へと流れ、豊かな実りを届けていた。
地下分水宮が造られた当時は、外の第一沈殿湖で取り除き切れなかったゴミを、溜めるための場所として設けられた第二沈殿湖。
それを外へとくみ上げる装置もまた、ゴミの回収用だった。
その回収のタイミングは労働者宿舎の壁のレリーフで知らされたが、大量に流れ着いていた火山灰や火山岩、木々の欠片や石混じりの泥は、次第にその数を減らして行った。
さらに、川からの水路が閉ざされたことで、第一沈殿湖・第二沈殿湖ともにその機能を失い、地下分水宮へと流れつく水は伏流水のみとなっていた。
「青は平時、黄は準備、赤は開始、点滅は危険……」
僕たちは水路を異世界の洗剤で清掃し、思いがけず生成された大量のクレイが水路に溜まった。
水門を解放し、川の水を一気に流したことで第一沈殿湖の固着が溶け、第二沈殿湖に大量のクレイが溜まり、宿舎のレリーフは赤く点滅した。
今はまた水門を閉じたために、第二沈殿湖からクレイがあふれ出すことは無いが、回収をしないと本来の目的である『粉ひき水車の稼働』が出来ない。
僕は赤く点滅するレリーフを見つめた。
それは、第二沈殿湖の回収時期を知らせる役割と、隠し部屋の鍵とからくりの操作説明書を保管する隠し金庫だ。
前回は僕が手をかざしただけで、隠し金庫のロックが外れた。
(王宮図書室側の鍵は王族の魔力に反応するみたいだけど、コッチ側は労働者の作業区域だし、案外セキュリティも甘いのかな?)
「シアンさん、このレリーフに触れてみてください」
「それは良いですが、私では解除出来ないと思いますよ」
魔力があれば解除出来るのなら、シアンさんにも出来るはずだ。
――シーーーン。
ロックは解除されなかった。
「私がやってみよう」
セオドア王が進み出る。
当然それは解除がされた。
(うぅぅぅん……。何で僕に解除出来たんだろうか?)
「お主ならば、図書室側の鍵も解除出来るのではないか?」
「シィーシィー。大きな声で言わないで!」
「まっ! 使徒様だしな」
冷ややかな笑顔でルシアンさんが呟いた。
無視だ。
『上弦の月』のレリーフが掲げられた扉に鍵を差し込み、隠し部屋の扉を開く。
壁に据え付けられたレバーを、ルシアンさんが両手で力一杯に引き下げた。
すると、内壁が外側に向かって大きく倒れ込んだ。
それに連動して、巨大なチェーンバケット装置の先端が、ゴゴゴ……と建物の外側に作られた石造りの集積所の上部へとせり出していく。
そこはかつては分水宮のゴミを汲み上げては、集積していた場所だ。
しかし今回は違う。
その集積所には、職人たちが組み立てた『白檀魔梛』の木樽が、溢れるクレイを待ち構えるようにズラリと整然に並べられた。




