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第百三十七話 らんちゃんが風魔法を発動しました~温度と湿度の調和~

 らんちゃんは可愛い後ろ足で立ち上がると、小さなお手てをパタパタと動かして風を起こそうとした。

 しかし、らんちゃんが一生懸命に放った風は、ドーム状の天井にぶつかって不規則に跳ね返り、部屋の隅の温度を乱してしまう。


「きゅ、きゅぶぅ……?」


「らん、『翠風輪転(ウィンドサークル)』だ。行くぞ!」


 ダッシャーの凛とした鋭い声が、乾燥室に響き渡った。

 その瞬間、ダッシャーの美しい鬣(たてがみ)が眩いエメラルドグリーンの光を放ち、そこから紡ぎだされた無数の光の粒子が、床を踏み締めるらんちゃんの小さな体へと一斉に流れ込んでいく。神獣による、完璧な魔気流の導きだ。


「きゅ、きゅぶぅぅーーーっ!!」


 らんちゃんは後ろ足で力強く立ち上がり、丸いお腹を膨らませて気合いを入れた。

 ダッシャーの魔力とシンクロした瞬間、らんちゃんの額の小さな角が、まるで極上のエメラルドを内側から照らしたかのような、透き通った美しい緑色の輝きを放ち始める。


 ――キュィィィン……!


 空間が震えるような、涼やかで神聖な魔導の駆動音が響く。

 次の瞬間、らんちゃんの角の先端から、眩い光の帯をまとった【緑の風】が、螺旋を描きながら一気に解き放たれた。


 ダッシャーが編み上げた気流の軌道に導かれ、風の帯はドーム状の天井の曲線へと吸い込まれるように滑らかに滑り込んでいく。壁を優しく撫でるように、ドームのフチに沿って、驚くほど美しい「光の円環」となってグルグルと回り始めたのだ。


 天井を大きく、ゆっくりと回り続ける「ミニチュア太陽」のオレンジ色の熱を、らんちゃんの放った「緑の風の輪」が優しく巻き込んでいく。

 太陽の熱と、床と壁の火山岩プレートから染み出す遠赤外線のぬくもり、そして月桂魔樹(ローレルウッド)の爽やかな香りが、光る風の帯に乗って、まるで見えない絹のカーテンのように部屋の隅々へと均一に、サラサラと行き渡っていった。


 光の帯が部屋の気流と完全に同化し、優しい透明なそよ風へと落ち着いたとき、乾燥室の温度と湿度のムラは、文字通り「完全にゼロ」になっていた。


「きゅぶっ! 風さん、まあるく綺麗に回ったのぉ!」


 角の光を収めたらんちゃんが、嬉しさのあまりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「フッ、上出来だ。我が導きに見事に応えてみせたな、らん」


 ダッシャーが誇らしげに鼻先を上げ、らんちゃんの小さな頭を優しく鼻先で撫でた。


「素晴らしい……! 神獣の導きと、それを完全に自分のものにしたらん殿の魔法。これぞまさに、我が国を救う『奇跡の調和』なのだな!」


 セオドア王がその完璧な風の循環とぬくもりに包まれながら、深く、深く感銘を受けたように拍手を送っていた。



 部屋全体が、火山岩の遠赤外線効果を月桂魔樹(ローレルウッド)が優しく透過させる、じんわりとした極上のぬくもりに包まれ、ベースとなる部屋が完成したところで、次に運び込まれたのは木製の大きな「台(カート)」だった。


 それはまるで、パン屋さんがたくさんのパン生地を載せた棚板をまとめて入れておく、背の高い移動式発酵カートのような形をしていた。月桂魔樹(ローレルウッド)で作られた頑丈な枠組みだけのシンプルな長テーブルとカートが、部屋に整然と並んでいく。


「よし、じゃあこの台に、クレイを載せるための棚板をセットしていこうか、ダッシャー、『重力軽減』の魔法陣をお願い」


 ドーム型の二重天井を、静かに回り始めたファイヤドラゴン・グローの鱗――「ミニチュア太陽」。そこからワイヤレス供給で動力を確保し、乾燥用の棚板に書き込む魔法陣を発動させる。


「フッ、造作もない。我にかかれば、太陽の余剰魔力を部屋全体に供給させるなど容易いことだ」


 ダッシャーが小さくいななき、蹄から柔らかな光の波動を部屋全体に放った。

 すると、ミニチュア太陽から溢れる莫大な熱と魔力の一部が、部屋の壁の月桂魔樹(ローレルウッド)を伝って、カートや棚板へとワイヤレスで常時供給されるシステムが、言葉通り一瞬で完成した。


 同時に描き込まれた『重力軽減魔法陣』に、天井の太陽から見えない魔力のラインが繋がり、魔法陣が淡く発光する。


「よし、もう一回持ってみるね……わっ、軽っ!!」


 あれほど重かった棚板が、今度はまるで発泡スチロールかのように軽くなっていた。これなら、引き出しの出し入れも指先ひとつで滑るように行える。


「これで準備万端だね。ゲル状のクレイをこの棚板に薄く乗せる作業も、乾燥が終わったクレイをここで瓶や樽に詰める作業も、全部この部屋の中で完結できる。ここなら重力軽減も効いてるし、何より国家機密のクレイを外の人に見られずに済むからね!」


 乾燥したクレイは、隣にあるカムフラージュ用の冷蔵室へと、これまた重力軽減の効いた『白檀魔梛(サンダルウッドオーク)』の樽に詰められて秘密裏に保管されることになる。


「完璧な動線だな。これなら作業の効率も良いし、秘密もしっかり守れる」


 セオドア王が深く頷き、感心したように乾燥室を見渡した。

 


 さぁ、ベルちゃんらんちゃん。隣のお部屋に冷蔵室を作るお手伝いをしてくれるかな?


「「はぁぁぁい」」


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