第百三十二話 リリーは自給自足がしたいです~僕はダッシャーに丸投げ~
リリーの口から、昨夜産み落とされた45個の卵が、今夜孵化することが告げられた。
(そうか……リリーは夕べ、さらに45個もの卵を産んでくれた。あの子たちは今夜、孵化する予定だから……)
今、目の前で一生懸命ナイフを動かしている15人の娘たちは、今日の夕方にはお姉さんへと一気に成長するはずだ。
そして今夜生まれる45人の子たちは、明日の朝には今の彼女たちと同じように、愛らしい幼女期を迎えることになる。
(ということは、明日の朝には……このひじ掛けの上が、もっと凄いことになるぞ)
ホワイト、ゴールド、パープル、ブルー、レッド。
明日の朝には、15人の娘たちがそれぞれ3人ずつのチームカラーに分かれて、新しく生まれた9人ずつの子たちを引き連れて食事をするようになるはずだ。
(リリーたちのテーブルのほかに、チームカラー別に分けられた5つの専用のミニチュアテーブルが必要だな。それぞれのお揃いの食器や椅子が並んで、みんなで楽しそうに朝ご飯を食べる姿……うん、絶対に可愛い!)
今はまだ2つのテーブルだけど、明日には6つのテーブルがおもちゃの国のように並ぶんだ。そのあまりにも優しくて賑やかな未来の光景を想像するだけで、徹夜の疲れなんて一瞬で吹き飛んで、胸の奥が温かい幸せとワクワク感でいっぱいになっていくのを感じていた。
「みんな、生まれてきてくれてありがとう。リリーと一緒に、もっと最高の国にしていこうね」
僕の言葉に、ひじ掛けの上の小さな住人たちと、ダッシャーたちが一斉に、世界で一番温かい笑顔を返してくれた。昨日のクレイ樽作りの忙しさを忘れてしまうほど、この【常春の箱庭国】の朝は、どこまでも優しく、幸福な魔力に満ちあふれていた。
「でも、樽の制作も気になるし、クレイの引き上げもしたいんだよな……」
僕がポツリと呟くと、ダッシャーに聞こえた様だ。
「樽はお主がおらぬでも完成すると思うぞ」
「うん、ダッシャーが最高の魔法陣を書き込んでくれたからね。でもクレイの引き上げはしたいよね」
「うむ、それはそうだな。だが、まずはこのお花畑のことを考えた方が良いのではないか?」
「ミルクなの」「美味しいの」
ダッシャーには甘めのカフェオレを、ベルちゃんらんちゃんにはいつものミルクを、僕はコーヒーを飲みながら食後の穏やかな時間をそんな会話をしながら過ごしていた。
お花畑の傍らには、みんなの魔法によって生み出された水場がある。こんこんと湧き出る瑞々しい水は、奇跡の回復薬たるロイヤルポーションの原水そのもの。これこそが、この国のすべての生命を潤す清らかな水源だった。
僕は温かいコーヒーの香りを楽しみながら、クイーン・リリーへと視線を向ける。
「リリー、今後この国でやりたいことってあるの?」
その問いに、リリーは美しい仕草で、お花畑を見渡しながら艶やかに微笑んだ。
「えぇ、あるわよ。あるじ様。自分たちで食べる物を自分たちで作ろうと思っているの。稲や小麦も育てて、美味しいお米やパンも焼きたいわ。ふふ、たくさん採れるようになったら、あるじ様にも食べさせてあげるわね」
その言葉に、すかさず一歩前へ出たのはガトー・ブランだ。
純白の端正なジレに気品あるネクタイを締め、背筋を真っ直ぐに伸ばしたブランは、美しさを湛えた声でぴしゃりと言い放った。
「クイーン・リリー。まずは最初の収穫をアンセル様たちへと捧げるべき……と思いますよ。あるじ様への奉納こそ、我が国の最優先事項です」
「まぁ、そうとも言うわね」
リリーが可笑しそうに肩をすくめると、その場に和やかな笑いが広がった。
「それなら、インフラの準備を始めないとね」
僕はコーヒーカップを置き、少し腕を組んで考え込んだ。
「僕は農業のことってあまり詳しくないんだけど……この広いお花畑にしっかりした田んぼや畑を作るとなると、土を耕す大きなトラクターや、種をまく機械、苗を植える田植え機なんかが必要だよね。おもちゃ屋さんに行けば、はたらくミニカーがいくらでも買えるけど、それをここで実際に動かせるようにするとなると……。僕じゃちょっと見当もつかないや。……あ、そうだ。マナ・レクス様なら一発で出来ちゃいそうだし、今日のお誕生会で相談してみようか?」
「ふん、そんなことなら我でも出来るぞ!」
「本当? やっぱりダッシャーは凄いや。じゃあ、必要な機材をおもちゃ屋さんで一緒に見てみようか。そもそもミニチュアの畑仕事の道具って、どんなものがあるのか分からないしね」
アイテムボックスのトイ・サンタを覗く。
はたらく車シリーズには様々な種類があり、その中から軽トラックとトラクターに耕運機、田植え機とコンバインをポチッた。
土を耕すのは魔法でやった方が早いんじゃないかと尋ねたら「それではロマンが無い」と却下された。
一通り、人間が使っている道具でやってみたいらしい。
僕からしたら魔法でやった方がロマンだと思うんだけど――。
後は細々した鍬や熊手にシャベルを数種類ポチった。
「散水機はどうしようか? タイマーをセットして自動散布も出来ると思うよ」
僕がそう問いかけると、現場指揮官のガレット・ブールが、ハニーゴールドのシャツの袖をたくし上げながら、熱い眼差しを僕に向けた。
「アンセル様、できれば散水も自動ではなく、自分たちの手でしっかりとやりたいのです。まずは魔法を頼りにせず、人間界の農家の方々がやるように、泥にまみれて汗を流してみたい。それが、このお花畑の土と作物を本当の意味で愛することに繋がると思うのです」
「……ふん、ブールの言う通りね。最初から魔法に頼りきりじゃ、リスク管理のデータの取りようがないわ。基本に忠実に、まずは自分たちの身体を動かすべきよ」
グラニテ・シトロンもクリスタルブルーのジャケットの襟を正し、少しツンとしながらもブールの意見に強く賛同した。
「みんな、素晴らしい意気込みだね! 分かった、じゃあ散水も『手作業と農機具』をベースにした、とびきり機能的で可愛いインフラを作ろう! ダッシャー、どうすれば良い?」
「やはり我に丸投げか……」
「ダッシャーなら良いアイデアを出してくれると思って相談してるんだけど……出来ないかな?」
「我に出来ぬことなぞないわ!」
「良かった、ありがとう。じゃあ散水用のタンクローリーは買っておこうね。後は、種や苗をどうするか、だね」




