第百三十一話 娘たちが成長しました~ふわふわパンケーキで朝食~
焼き上がったココット皿のミニサイズパンケーキを、リリーたちのテーブルへとそっと運ぶ。
ココット皿の上には、取り寄せたふわふわのホイップクリームをたっぷりと絞り、おじいちゃんとおばあちゃんが大切に育てた極上のはちみつを回しかけた。さらに、瑞々しいフルーツと、一口サイズの『巣蜜』が贅沢に添えられている。
「さぁ食べようか。いたぁだきます!!」
「「いたぁだきまぁす(しゅ)」」
可愛らしい1皿に、女の子たちは大喜びで小さなナイフを動かし始めた。
――サクッ、じゅわ。
芳醇なはちみつが溢れ、お皿の上のローヤルゼリーと絡み合っていく。
「おいちぃです!」
「はむはむふにゅふにゅ」
「とけちゃうでしゅ」
昨日、ブランたち5人がそうだったように、この朝食を食べることで、彼女たちの身体の中にも素晴らしい進化の芽が芽生えていくのだろう。その愛らしい姿を、5人のブレーンたちが兄のような、深く温かい眼差しで見守っている。
「早く食べないと、魔法が解けるみたいにしぼんじゃうよ」
「いただきますっ!!」
「……っ、なんという口溶け。この滑らかなクリームと、おじい様方のはちみつの深いコクが、温かい生地と絡み合って……完璧な調和を奏でています」
ガトー・ブランが、小さな椅子に完璧な所作で腰掛け、小さな口へとフォークを運ぶ。すぐ隣では、ダッシャーがソファに大きな身体を横たえ、ひじ掛けの上のブランたちを愛おしそうに見つめながら、僕が作った大きなグラタン皿のパンケーキを食べようとしていた。
「ふぁっち! アチチ」
「僕たちのはブランたちのよりも大きいから、中々冷めないんだよ。切り分けるから少し待って!」
早く食べたい気持ちは分かるけど、オーブンから出したばかりの、まだふわふわ膨らんだ状態のパンケーキにかぶりついたらそりゃ火傷しちゃうよね。
ダッシャーの一口大とベルちゃんらんちゃんの一口大に切り分けて、上からたっぶりと冷たいホイップクリームを掛けた。
「これで食べ頃だと思うよ。はい、あ~ん」
「「「あぁ~~ん」」」
3人して口を開けられても、僕の手は2本しか無い。
「悪いけど、ダッシャーは自分で食べてね」
グラタン皿から取り出した山盛りパンケーキに、ホイップとフルーツをたっぷりと乗せて、はちみつをとろぉりとかけたら「ドン!!」とダッシャーの目の前に置いた。
「やはり、我にだけ冷たいのではないか?」
「……そんなことは無いよ。でもベルちゃんとらんちゃんには『ふぅふぅ、あ~ん』しないといけないでしょ?」
「あら、あるじ様。ベルちゃんとらんちゃんは自分で食べられると思うわよ」
リリーに言われて「うっ……」となったがここでひるんではいけない。
こんな時はいつもの無視作戦だ!
「はい、あぁ~ん。美味しい?」
「美味しいの」
「もっとなの」
ほら可愛い。これを止められる訳が無いのです。
「……いや、これは最高に美味しい。これなら今日の警備も、万全以上の力を発揮できそうだ」
シトロンが少しツンとした口調で、だけど嬉しさを隠しきれない瞳で僕を見上げた。
「このホイップクリームの構造、非常に興味深いですね。空気を含ませることで、これほどの軽さを生み出すとは……。アンセル様、後でこの製法について詳しく教えていただけますか?」
深紫色のロングシャツの袖をまくり、グラッセ・ミュールが切れ上がった目元を和ませて、甘い笑みを浮かべる。
「あはは! ミュールは食べてる時まで研究のことばかりだね! アンセル様、これ本当に美味しい! 僕、この味を覚えて、今夜のパーティの仕上げに絶対活かしてみせるよ!」
ガナッシュ・チェリーが口元にクリームをちょっとだけつけて元気よく笑った。
「あるじ様、本当に美味しいわ。これからは我慢せずにたくさん食べるんだからっ」
リリーが小さな手を胸に当てて、初めてのパンケーキに感動で瞳を潤ませていた。
頑なに異世界のローヤルゼリーだけを食べて卵を産み続けたリリー。この朝食は、彼女にとっても、そして子供たちにとっても、初めて僕たちと同じものを口にする、記念すべき最初の食事だった。
「美味しい……! 驚くほどフワフワで、口の中で溶けていくわ」
リリーがうっとりと頬を緩める。
グラタン皿に塗られたバターの塩気が、生地の甘みと完璧な対比を生み、圧倒的な奥行きとなって口いっぱいに広がった。
「お口にあったみたいで良かったよ」
「これぞ、あるじ様の愛の結晶ですね」
ガトー・ブランが冷静に、しかし声音に深い敬意を込めて微笑む。リーダーであるブランシェをはじめとする少女たちが、その言葉に何度も深く頷いた。
「このバターの塩気、大地の恵みのように濃厚で、心が温まります」
ガレット・ブールが、真剣な目で味わい、リーダーのリュクスたちに優しく微笑みかける。
そして、奇跡の瞬間が訪れた。
幼児姿の娘たちが、異世界の素材の朝食を口に含んだ瞬間――。
体内から溢れる神聖な魔力と、異世界の巣蜜、リリーが食べ続けたローヤルゼリーの力が、彼女たちの身体を包み込んだ。
淡い光の粒子が、まるで舞台のスポットライトのように彼女たちを照らす。
光が収まったとき。
幼児だった娘たちは、可憐で華やかな「少女の姿」へと見事な成長を遂げていた
「素晴らしいわ、私のかわいい娘たち……」
リリーが感動に目を潤ませる。
「あるじ様! 私たち、あるじ様のおかげで、こんなに素敵な力をいただきました!」
少女へと成長したブランシェたちが、宝塚の娘役のように可憐にお辞儀をし、僕たちへ満面の笑みを向けた。
賑やかな笑い声と、熱々のパンケーキ、そして至高のはちみつの香りに包まれて、特別な朝食会は幸せに続いていくのだった。
「今夜にはこの45個の卵から可愛らしい娘が産まれるわ。この常春の箱庭の歴史がここから始まるのよ」




