第百二十八話 娘たちが幼児へと成長しました~守護の聖水はロイヤルポーション~
朝の柔らかな光が、お花畑に差し込む。
聖樹の巣に、真っ先にやってきたのは5人のブレーンたちだった。
「夜の間に、クイーン・リリーが素晴らしい仕事を終えてくれたようだ」
光の中心で真っ直ぐに背筋を伸ばし、最初に口を開いたのは総括官ガトー・ブランだ。
一群をまとめる圧倒的なカリスマ性と美しさを放つ彼は、15の小部屋に3個ずつ、整然と並ぶ45個の白く輝く卵を見つめて満足そうに頷く。
「本当に。見事なまでの生産ラインの構築、さすがリリー様だ」
ブランの隣で、温かく厚みのあるハニーゴールドの光を纏うのは、現場指揮官のガレット・ブールだ。お花畑を愛する職人らしい無駄のない装いから、誠実さと深い慈愛を滲ませて卵たちに優しい視線を送る。
「……ふふ、この魔力の揺らぎ……ただの卵とは思えませんね」
すっと切れ上がった目元に美しさを漂わせ、進み出たのは、研究・情報分析を担うグラッセ・ミュール。細い指先で、卵から放たれる微細な魔力を興味深く見つめた。
「ふん。これだけの数だ、孵化の瞬間のセキュリティ網もしっかりと再確認しておかねばな」
胸元を正し、小さく鼻を鳴らしたのはリスク管理の指揮官、グラニテ・シトロンだ。凛とした強さと、少しツンと尖ったプライドを覗かせながらも、新しい命の警備計画を瞬時に脳内で組み立てていく。
「わあ、すごい! 見て見て! この子たち、みんな僕たちの可愛い妹になるんだね!」
お茶目に笑ったのは、加工担当のガナッシュ・チェリーだ。宮廷の給仕長を思わせる小粋な男装が、その場の空気を一瞬でパッと明るく満たしていく。
「……あの、おはようございましゅ……!」
その時、5人のブレーンたちの後ろから、パタパタと愛らしい羽音が響き、可愛らしい声が届いた。
振り返ったブレーンたちは、思わず目元を和ませる。
そこにいたのは、昨日の夜に孵化したばかりの15人の女の子たちだった。あるじ様から授かった初乳のローヤルゼリーと、リリーからの祝福を受け、一晩にして愛くるしい「幼児」の姿へと急成長を遂げていた。
まだ少しおぼつかない足取りで、パタパタと駆け寄ってくる15人の小さな娘たち。
その中には、かつてブランたちが産み落とされた神聖な部屋から生まれた優秀な5人のまとめ役の姿もある。幼児ながらにどこか凛とした佇まいの5人を筆頭に、側近たちは憧れのスターを見る様に瞳をキラキラと輝かせた。
「見てくだちゃい! あたちたちが昨日まで使っていたお部屋に、新しい妹たちがいまちゅ!」
「本当だね。君たちが使っていた特別な部屋から、今度は45人の可愛い子たちが生まれるよ」
ブールが優しく微笑み、幼児の姿になった側近の頭を優しく撫でる。女の子は、ブールに触れられて、ぽっと頬を林檎のように赤く染めた。
ブランは真っ直ぐに背筋を伸ばしたまま、小さな側近たちを見渡して気品高く告げる。
「夜には、この45個の魔力の結晶が一斉に孵化する。小さな君たちの下に、それぞれ3人が部下として付くことになる。――さあ、可愛いおチビさんたち。妹たちのために、貯蔵庫を溢れんばかりのハチミツでいっぱいにしようじゃないか」
「「「はいっ!」」」
麗しきブランの言葉に、15人の小さな娘たちは一斉に愛らしい歓声をあげる。
しかし、今の彼女たちはまだようやく幼児の姿になったばかり。そのまま外のお花畑へ蜜集めに向かうには、いささか体が小さく、体力も足りない。
「みんな、まずはあそこへ行くよ。あるじ様たちが作ってくれた『守護の聖水』の湧き出る大理石の水盤だ!」
ゴールドのジャケットを翻し、ブールが瑞々しい水場へと優しく手招きする。
小さな娘たちはパタパタと、お花畑の地下深くから引き上げられた、神聖な魔水が湧き出る水場へと集まった。
『守護の聖水』。それは飲めば体力が回復し、病を遠ざける超高性能なロイヤルポーションだった。
幼児の小さな手で、キラキラと輝く魔水をすくってゴクゴクと喉を鳴らす。
すると、創造神様の加護や聖獣の魔力が溶け込んだ水が体に行き渡り、小さな側近たちの体にぐんぐんと凄まじい魔力とパワーが満ち溢れていく。羽の羽ばたきは力強くなり、愛らしさはそのままに、大人にも負けない圧倒的な飛行能力と体力が一瞬でその体へと馴染んでいった。
「わあ……! 力がいっぱい湧いてきましゅ、チェリーちゃま!」
「うんうん、バッチリだね! その漲るパワーで、最高に美味しい蜜をたくさん集めておくれ!」
キャスケット帽を揺らしてチェリーがウィンクすると、女の子たちは頬をぽっと染めながら、勢いよくお花畑の空へと飛び立っていく。
自室で疲れ切って眠るリリーを起こさないよう、それでいて弾けるようなエネルギーで、彼女たちは聖樹の貯蔵庫をハチミツで満たすため、常春の楽園へと散っていった――。
アンセルもまた、お誕生会のお菓子を作り切って、カウチソファでベルちゃんやらんちゃんと一緒に、ダッシャーを枕にぐっすりと夢の中だった。
◇◇
「腹が減ったぞ」
耳元で響く声に、僕はゆっくりと目を覚ました。
昨夜、徹夜で色々と作り上げた満足感と、心地よい疲労感。目を開れば、ダッシャーの大きな腕の中にすっぽりと包まれていた。隣ではベルちゃん、らんちゃんがまだ幸せそうにスースーとまどろんでいる。
「んんんんーーんっ! おはよう、ダッシャー」
「腹が減ったぞ」
起き上がった僕は、お腹をすかせたみんなのために、朝食の準備に取り掛かる。
「何が食べたい?」
「おはよう、あるじ様。この子達には昨日の朝食と同じ物をお願いしたいわ」
「おはよう、リリー。昨日の巣蜜だね」
視線をリリーの後ろへと向けると、そこには愛らしい幼児の姿へと成長を遂げた15人の小さな女の子たちが、恥ずかしそうに佇んでいた。
(やっぱり急速に成長したんだ。でももう驚かないぞ)
「――あるじ様。不肖このガトー・ブラン、我が群を代表いたしまして、これより今後の王国を支える優秀な『まとめ役』の5名をお引き合わせするお許しをいただけますでしょうか」
光の中心で真っ直ぐに背筋を伸ばし、純白のジレの胸元へ優雅に手を当てて、ガトー・ブランが気品高く一歩前に進み出た。総括官としての圧倒的なカリスマ性に呼応するように、15人の幼児たちの中から、お揃いの白い蕾のようなスモックワンピースを纏った5人の女の子が、トコトコと僕の前へと並ぶ。
「彼女たちは、私ども5人のブレーンが生まれた神聖な小部屋を正統に引き継ぎて孵化した娘たち。側近たちを率いるに足る、頭一つ抜けた器を持ったリーダーたちでございます」
ブランは細く美しい指先をスッと差し伸べ、凛とした響きのある声で1人ずつを紹介していく。
「私の直属たる秘書室長、ブランシェにございます。清楚で上品、かつ頭脳明晰な彼女には、主に王国の経営管理と、リリー様ならびに私のスケジュール管理を担わせます」
オフホワイトの小さな髪飾りを揺らし、ブランシェは「ブランちゃまをおささえし、シュケジュールを管理いたします!」と、白いフリルの裾を小さな手できゅっと持ち上げて、精一杯の淑女の礼を捧げてみせる。
「ブールの補佐、リュクス。おっとりと気品ある『お嬢様』気質の持ち主ですが、収穫されたハチミツの品質チェックにおいて、彼女の右に出る者はおりません」
胸元にハチミツ色の刺繍を宿し、シルキーイエローのリボンを結んだリュクスは、ブールを見上げてから僕に向き直ると「あるじちゃまのハチミツ、わたくしが、おいしさをチェックいたしますわ」とおっとり上品に首を傾げた。
「ミュールの補佐、カシス。クールビューティーで知的な、我が群随一の理系女子にございます。魔法テレビを用いた、外部との通信受信やオペレーター業務を統括させます」
鮮やかなマゼンタパープルのリボンをつけ、深紫の刺繍が施されたカシスは、すっと切れ上がった賢そうな瞳で「あるじちゃまからの連絡、しっかりと受信いたします」と、小さな頭をこくりと下げて知的なお辞儀をした。
「シトロンの補佐、ミント。爽やかでハキハキとした一面を持ち、これから生まれる軍勢の『飛行訓練』における指揮・教官を任せております」
ペパーミントブルーのリボンをなびかせ、青緑の刺繍を誇るミントは、「みんなで、びしびし、お空をとぶ、練習をします!」と小さな拳を天に突き上げてハキハキと胸を張る。
「最後はチェリーの補佐、ベリー。元気いっぱいで行動派、じっとしていられない愛らしい娘ですが、最新の調理家電のセッティング、ならびにチェリーの調理補佐として抜群の連携を見せます」
チェリーピンクのリボンを弾ませ、赤ピンクの刺繍のワンピースでピョコピョコ跳ねるベリーは、「あるじちゃま!おいしい、お料理、いっぱい、お手伝いします!」と元気いっぱいに両手を広げて笑った。
「他の10名も、この5人のまとめ役を支えるに相応しい優秀な補佐官たち。今はまだ幼児の姿とはいえ、あるじ様から授かった異世界のローヤルゼリーと魔水の恩恵は凄まじいものがございます。すでに朝一番の収穫を終えております」
ブランが満足そうに目を細めると、白いワンピースにそれぞれの「未来の色」を宿した5人の小さなリーダーたちは、憧れのブランたちに見つめられて一斉に瞳をキラキラと輝かせた。
僕は、彼女たちの愛らしい姿に心を奪われながら、15人分の濃厚な巣蜜を用意し、ガナッシュに盛り付けをお願いした。
そうしてブランたちやダッシャーの朝食の用意をするために、アイテムボックスを開くのだった――。
「さて、何を作ろうか」




