第百二十四話 シェル型マドレーヌの登場です~マフィンを可愛くデコレーション~
「さて、それじゃあ次はマドレーヌの生地から作っていこう。ダッシャー、約束のシェル型だよ」
肉まんとあんまんを食べて満足げにソファに寝そべっていたダッシャーがガバッと起き上がった。
「おおっ、我がシェル型だな!」
街の中央広場の噴水を囲む様に設置した共同キッチン。その電源を『雷嵐の魔石』から供給する『光の天蓋』を作り出した。
その下は『あらゆる厄災』を弾き飛ばす仕様になっているらしい……。
その時にその仕様が完全防備の安全地帯だったのを「まるでシェルター」と言った僕の言葉にダッシャーが食いついた。
「それは美味いのか?」
その流れからダッシャーへの感謝の気持ちを込めた『シェル型マドレーヌ』だ。
そんなとんでもない物をサクッと作り出してしまうのに、勘違いが食い意地の方向に向くダッシャーを微笑ましく眺めながら、僕はアイテムボックスから、使い慣れたお菓子の焼き型をいくつか取り出した。
昼間に作ったフィナンシェには手軽なシリコン型を使ったけど、このシェル型マドレーヌに使うのは、ずっしりとした金属製の美しい型だ。
長方形のシェル型ではなく、こだわって探した真ん丸の可愛いシェル型。
「アンセル様、この型は先ほどのカステラのとは違って、硬いのですね」
ガナッシュが不思議そうに覗き込む。
「さっきのカステラは柔らかく火を通したいから木枠なんだよ。金属の型は熱の伝わり方がすごく良いから、外側がサクッと美味しく焼けるんだよ。でもね、その代わり丁寧に準備をしないと、生地がくっついて離れなくなっちゃうんだ」
室温に戻したバターを刷毛にすくい、型の貝殻模様の溝に沿って、薄く均一に塗っていく。その上から小麦粉を茶こしでさらさらと薄くはたき、余分な粉をトントンと叩き落とした。
「こうして一度、型ごと冷蔵庫で冷やしておくんだ。これが綺麗に型抜きするためのコツだよ」
型を冷やしている間に、卵と砂糖、そしてふるった粉類とたっぷりの溶かしバターを順に混ぜ合わせ、なめらかなマドレーヌの生地を仕上げていく。これを一度寝かせるため、アイテムボックスの冷蔵庫に入れた。
「よし、マドレーヌを寝かせている間に、次はマフィンを焼こう。マフィンには、このサイズ違いの型を使うよ」
それは、マフィンやカップケーキを焼くための垂直型のプレートで、大・中・小とサイズ違いで複数持っていた。
(この一番小さなマフィン型なんて……さっき生まれた15人の赤ちゃんたちがすっぽり入れそうなくらいのサイズだな)
この先この子たちが大きくなって、自分でお菓子作りを始める姿を想像すると、自然と手元にも愛がこもる。
グラシンケースを型に丁寧に敷き込み、ぴたりと添わせる。
~【ラズベリーとホワイトチョコのマフィン】~
■材料(6個分)
・無塩バター:100g
・砂糖:100g
・卵:100g
・塩:ひとつまみ
・小麦粉:200g
・ベーキングパウダー:小さじ2
・牛乳:70g
・冷凍フランボワーズ:100g
・ホワイトチャンクチョコ:50g
・あられ糖:適宜
・トッピング用冷凍フランボワーズ:適宜
◆仕上げ用
・ピスタチオ:適宜
・コーティングホワイトチョコ:適宜
・ドライフランボワーズブリゼ:適宜
■下準備
1.バターは室温に戻しておく。
2.薄力粉とベーキングパウダーは合わせて振るっておく。
3.マフィン型にグラシンケースをピッタリと敷き込む。
4.オーブンを190℃に予熱する。
■作り方
1.無塩バターを白っぽいクリーム状になるまでハンドミキサーでなめらかにし、砂糖と塩を加え、さらにふんわりと混ぜ合わせてる。
2.溶きほぐした卵を少しずつ加えながら、空気を含ませるようにふんわりと混ぜ合わせる。
3.振るった粉類の3分の1を加え、ゴムベラで粉が少し残る位にボウルの底からさっくりと混ぜる。
4.牛乳の半量を加え、さらにゴムベラで混ぜる。
5.残りの粉類の半分を加え、粉が残る位までさっくり混ぜ、残りの牛乳を加え混ぜる。
6.粉類を全て加え、粉っぽさがなくなるまでゴムベラで練らない様に混ぜる。
7.ホワイトチャンクチョコ(刻んだチョコでも可)と冷凍フランボワーズを加えボウルの底から丁寧に混ぜる。
8.型一杯に生地を入れる。
9.190℃に予熱したオーブンに入れ、20~25分程度焼いたら、型から外してケーキクーラーの上で冷ます。
10.コーティング用ホワイトチョコを溶かし、トップに円を描くように模様を書き、チョコが固まる前にトッピングを飾る。
生地を型に流し込み、【魔導一体オーブン】へと滑り込ませた。
数分後、オーブンの中で変化が起きる。
【魔導一体オーブン】の完璧な熱調律によって、マフィンたちは上へ上へと垂直に、まるで絵本に出てくる可愛いきのこのような形にぷっくりと膨らんでいく。
「ぬおっ! 縦に丸く膨らんできたぞ! 我のオーブンのなんと素晴らしいことか!」
ダッシャーが身を乗り出して興奮し、ガナッシュも「とても可愛いです!」と歓声をあげた。
ダッシャーの背中に乗っているベルちゃんとらんちゃんも、みんなの興奮にすっかり目が覚めた様で、オーブンの中で膨らんでいくマフィンを楽しそうに見ていた。
焼き上がった熱々のマフィンを網の上で冷ましている間に、今度は十分に冷えたシェル型を取り出し、寝かせておいたマドレーヌの生地を流し込んで【魔導一体オーブン】へ。
こちらも金属型の高い熱伝導のおかげで、外側は綺麗なきつね色、中央はふっくらとした「おへそ」がぷっくりと飛び出た、完璧なシェル型マドレーヌが焼き上がった。型をひっくり返すと、パカパカと小気味よい音を立てて次々と外れていく。
「さあ、マフィンに仕上げのトッピングだよ。ガナッシュ、手伝ってくれる?」
「はい!」
きのこの形の可愛らしいマフィンを更に可愛くデコレーションだ。白やピンク、鮮やかなブルーグリーンのチョコペン、そして細かく刻んだピスタチオをテーブルに並べた。
垂直に膨らんだきのこマフィンの頭に、カラフルなコーティングをし、ピスタチオの星を散りばめていく。ガナッシュも、僕の手元を真剣に見つめながら、一生懸命にデコレーションの基礎を学ぼうとしていた。
「そうだ! ガナッシュはこの小さなマフィンにアイシングでデコレーションしてみようか?」
「えっ、僕がですか……!?」
ガナッシュは小さな瞳をまん丸にして、嬉しさと緊張で羽をパパパッと小刻みに震わせた。
「ちょっと待っててね」
カステラの木枠の仕込みで使った、『グラシン紙』をハサミで小さく三角形に切り出した。そして、それをくるりと丸め、指先ほどの小さな円錐形の袋を作り上げる。
「アンセル様、これはなんですか?」
「これはね、『コルネ』っていう、お菓子に細かく文字や絵を描くための小さな絞り袋だよ。これならガナッシュの手にもぴったりだろ?」
僕は、白やピンクのアイシングをその小さなコルネの中にそっと流し込み、上の部分をきゅっと折りたたんだ。そして、尖った先端をハサミでほんのわずかだけ切り落とし、ガナッシュの小さな手に持たせてあげる。
「さあ、このマフィンの頭に優しく、くるくるっと絞り出してごらん」
「は、はい……っ」
ガナッシュは、自分の手のひらに驚くほどぴったり馴染むミニサイズのコルネを両手で大事に握りしめ、垂直に可愛く膨らんだきのこマフィンの前に立った。
息を呑み、小さな体に精いっぱいの力を込めてコルネを絞ると、先端から糸のように細く繊細なピンク色のアイシングが、とろりとマフィンの頭に線を描いていく。
「わあ、上手だよガナッシュ! その上から、この細かく刻んだ緑色のピスタチオをパラパラと飾ってみようか」
「はいっ!」
僕の褒め言葉に、ガナッシュの緊張は一気に弾け、嬉しそうに小さな顔を輝かせた。僕の手元をお手本にしながら、次々とカラフルなデコレーションを施していく。
大好きなあるじ様から、お菓子作りの大切な基礎と、自分だけの道具である『コルネ』の使い方を教わったガナッシュの胸は、未来への憧れでいっぱいになるのだった――。
お花畑のガゼボに広がる、焼き菓子の甘く贅沢な香りと、色とりどりの可愛いお菓子たち。
「これなら、明日のお誕生会は最高のパーティーになるね」
僕は微笑みながら、「ミルクたっぷりミルク寒天」の準備をしようと温冷の調律器へと向き直った。




