第百二十三話 ガナッシュにカステラのレシピを教えました~夜食はチルドの中華まん~
「わあ……っ!」
ガナッシュが思わず歓声をあげ、小さな両手を叩く。その音に気づいたのか、すやすやと眠っていたベルちゃんとらんちゃんまでが、甘い香りに引き寄せられるようにして覗き込みにやってきた。
上の木枠をゆっくりと外す。
焼き上がったばかりのカステラに板を当て、気合を入れて一気にひっくり――。
「ダッシャー、お願い! 手伝って!!」
「何をすればよいのだ?」
「焼き上がったカステラをひっくり返したいんだけど、失敗したら大変だから、少し浮かせてほしいんだ」
「あい、分かった」
ダッシャーの助けを借りて、一気にひっくり返す。
木枠をそっと外すと、湯気と共に、底に敷き詰めたザラメ糖が生地の熱でほんのりと溶け、飴色に艶めいて顔を出した。
「大成功だ。これを一晩、密閉して寝かせるんだよ。そうすると、底のザラメの甘みと上の水分が全体に馴染んで、しっとりと重たくなるんだ」
「この甘く香ばしい香りは、それだけで心が満たされるようです。一体、どのような魔法を使えば、これほどふっくらと黄金色に焼き上がるのでしょうか?」
ガナッシュ・チェリーが、瞳を輝かせて尋ねてくる。
さっきは作るのに集中していたから、ガナッシュへの説明があまり出来ていなかったのに気が付いた。
僕は微笑みながら、「これは基本のレシピだよ」と、ガナッシュに教えるように、もう一度手順を伝えた。
~【カステラ】~
■材料(家庭用カステラ枠 1台分)
・卵:L玉5個
・砂糖:280g
・はちみつ:60g
・お湯(50℃):30g
・強力粉:150g
・ザラメ糖:10g
■下準備
・木枠の上枠と下枠にそれぞれコピー用紙を貼り、上から更紙を貼りつける。(下枠には底面にはみ出す様に重ねて、最後に底面サイズの更紙を敷く)
・木枠よりひとまわり大きくカットした新聞紙を8枚重ね、200℃のオーブンで10分焼いておく。
・卵を室温に戻す。
・お湯ではちみつを溶かす。
・薄力粉はふるっておく。
・オーブンを200℃に予熱する。
■作り方
1.卵を泡立て器で溶きほぐし、砂糖を加えて高速で1分泡立てたら、お湯で溶かしたはちみつを加え、高速で4~5分、とろっと垂れるくらいまで泡立てる。
2.ふるった薄力粉を加え、泡立て器を上下に動かすようにして、さっくりとダマがなくなりなめらかになるまで混ぜる。
3.ボールにこし器をセットし、生地をこし器でこしながらボールに移したら、30分程生地を休ませる。
4.天板に空焼きした新聞紙を8枚敷き、その上に下枠を置いたら、200℃のオーブンで1分空焼きする。
5.型に高い位置から生地を流し入れ、上から全体にざらめ糖を散らす。
6.予熱したオーブンの下段に入れ、21分で焼き始める。
7.3分ごとに泡切りを全部で3回繰り返す。
※1回目は底から、2回目は真ん中から上、3回目は上の方だけを混ぜる。
8.オーブンの下段に入れて、生地表面に焼き色がつくまで残りの12分程焼く。
9.表面全体にきれいな焼き色がついたら、オーブンに入れたまま、下枠に上枠を重ね、2段にする。
※上下の枠がズレていると焼き上がりに段が出来るのでピッタリ合わせる。
10.空気が入るように上天板の四隅を少しズラしてのせ、40分で本焼き開始。
11.10分経ったら焼き色が均一につくように、天板ごと前後を入れ替え、残り30分焼く。
12.生地の表面を手の平で押して、弾力があり戻ってくる感触があれば焼き上がり。
※弾力がない場合は、5~10分延長して焼き上げる。
13.上天板と上の木枠を静かにはずし、木枠ごとケーキクーラーに移す。
14.あれば油紙を、無ければラップかクッキングシートを型より一回り大きく切り、しわが寄らない様に上に被せる。
15.その上に薄いまな板等を乗せ、ケーキクーラーごと逆さにひっくり返す。
16.ケーキクーラーと木枠をゆっくり外し、まな板ごとポリ袋に入れて粗熱を取る。
17.粗熱が取れたら紙を外し、カットしたら完成。
「なるほど……! 泡立ての加減と、焼いている途中の泡切りと温度調整、焼き上がった後に『寝かせる』ことで、しっとりとした質感が生まれるのですね」
ガナッシュは深く感心しながら、僕の言葉を一言も漏らさぬよう頷いている。
カステラが無事に焼き上がり、ほっと息をついた僕のお腹が小さく鳴った。
すると、それまでカステラの香りにうっとりしていたダッシャーが、ハッと耳をそばだてて近寄ってきた。
「先ほど言っていた、あの『ちゅうかまん』とやらは、ここには無いのか? 我の優秀な鼻が、まだ見ぬ美味の気配を察知しておるぞ!」
「あはは、ダッシャーは鼻が良いね。カステラは明日のお誕生会までお預けだけど、それなら今からスーパーサンタで取り寄せて、みんなで夜食にしようか」
スーパーサンタのチルド売り場で、いつも僕が食べていた肉まんをポチる。有名メーカーのちょっとお高い、3個入りの大きな肉まんだ。
「こっちのは何だ?」
「これは、あんまんだよ。肉まんは醤油味だけどあんまんは甘いあんこ入りね。これも食べてみる?」
「「「食べる(ぞぉ)」」」
肉まんとあんまんをポチると、マイバスケットがドサッと現れた。
これをアイテムボックスのスチーマーに入れて温めている間に飲み物を用意しよう。
「何が飲みたい?」
「コーヒーだ!」「「ミルクなの」」
「ダッシャーのはコーヒーじゃなくて、砂糖たっぷりのカフェオレね」
「君たちは何かリクエストはある?」
「――私はまだ、この世界の知識があまりございません。アンセル様のお勧めのお飲み物を、私の知性に刻んでいただけないでしょうか」
ガトー・ブランが、純白の燕尾服の裾を正して気品高く一礼した。
ドールハウスのカップにハニーレモンと珈琲、ウーロン茶と紅茶とミルクを注いでテーブルに置いた。
「飲み比べて好みのものがあったら教えてね」
――チーン!
そうこうしている間に、肉まんとあんまんが蒸しあがった。
「わあ、温かい……!」
ガナッシュがテーブルの端から身を乗り出し、湯気をあげる白い山を見つめて目を輝かせる。
「これは『肉まん』って言うんだ。この白いふかふかの生地の中に、ジューシーなお肉と野菜の餡がたっぷり詰まっていてね――」
一つをパカッと割ってみせると、中からじゅわっと肉汁が溢れ、甘辛い醤油と玉ねぎのたまらない香りがガゼボの夜気に広がった。
「ぬおっ……! なんという暴力的な香りだ!」
ダッシャーは目を丸くし、待ちきれないとばかりに足をパカパカと鳴らす。
「とっても熱々だから、一気に口に入れたら火傷をするよ!」
ダッシャーに注意しながらみんなにも気を付ける様に伝えて、小さくちぎって「ふぅふぅ」する。
「はい、あーーん」
ベルちゃんとらんちゃんに「あーーん」をすると、ダッシャーに睨まれた。
「ごめんごめん。そろそろ良いと思うよ」
ダッシャーは少し冷めた肉まんを「はふはふ、アチチ」と勢いよく口に含んだ。
ふかふかの生地を噛み締めた瞬間、お肉の旨味が口いっぱいに広がり、ダッシャーの瞳がこれ以上ないほど輝く。
「美味い! 濃密な肉の旨味を、この白い雲のような衣が優しく包み込んでおる……! 我のオーブンに勝るとも劣らぬ、見事な傑作ではないか!」
「ふふ、気に入ってくれてよかった。ガナッシュたちも、熱いから気をつけて食べてね」
「はいっ!」
そのままだとお肉の部分にたどり着く前にお腹いっぱいになりそうだ。小さく割って、お肉の部分と一緒に差し出す。
ガナッシュとブランは自分の体ほどもある豚まんの欠片を両手で大事に抱え、小さな口でハフハフと美味しそうに頬張った。そのあまりの可愛らしさに、僕は目元を緩ませる。
「ガレットとグラッセとグラニテは、子供たちと一緒に眠っちゃったかな? まだたくさんあるから、明日の朝ご飯に出してあげたら喜ぶかな?」
「はい! 僕も喜びます!」
あんまんに手を伸ばしながらガナッシュが元気よく返事をした。




