第百二十一話 魔導一体オーブンと朴の魔樹の木枠が完成しました~下準備は完了~
ベッドで眠る15人の赤ちゃんたちの寝顔を確認した後、僕は霊樹の満ち溢れるパワーが創り出した見事なアイランドキッチン風のテーブルに置いた【オーブン】の前で腕を組んでいた。
ガナッシュのお手伝いの為にアイテムボックスから取り出した【オーブン】。
普段ならアイテムボックス内スペース無限でサクッと大量調理をするけど、今回ばかりは少し勝手が違う。
「外に出しちゃうと木枠も小さいのが1つしか入らないし、みんなで食べるにはかなりの回数焼かないとダメだな……。アイテムボックス内だとたくさん焼くのにはいいんだけど、カステラみたいに何度もドアを開け閉めして熱を逃がすお菓子には、ちょっと不便なんだよね」
僕が困ったように呟くと、子供たちを寝かしつけて寮から戻ったガナッシュが小さな首を傾げた。
その時、近くで見守っていたダッシャーが、小気味よい足音を立ててご機嫌に近寄ってきた。
いつもならマナ・レクス様が横から現れてサクッと解決してしまうため、常々苦々しい思いをしていたけど、今回はマナ・レクス様の先を越す絶好のチャンスだ。
「その程度の悩み、この我が一瞬で解決してくれようぞ!」
ダッシャーが翼を美しく羽ばたかせると、サイドテーブルを構成する霊樹のエネルギーが心地よく脈動し、【温冷の調律器】の周囲を魔法の光が包み込んだ。
――ガチャン!
小気味よい金属音と共に、サイドテーブルのデザインと完璧に調和した、特製のオーブンユニットが【温冷の調律器】の隣へとガチッと組み込まれた。
まるで最初からそこにあったかのような、手元で細かくドアを開閉できる、カステラ作りに最高の【魔導一体オーブン】が完成した瞬間だった。
「どうだ! 我の力にかかれば、カステラ専用の特製オーブンなど造作もないことよ!」
ダッシャーは自慢の胸を張り、これ以上ないほど鼻高々な表情を浮かべている。
「儂が出向こうと思うた傍から横取りされてしもうたわ。ダッシャーもやりよるのぉ……ホッホー」
マナ・レクス様のちょっぴり悔しそうな声が聞こえた気がした。
ダッシャーのドヤ顔は余計に輝かんばかりだ。
その姿があまりにも愛らしくて、僕は思わず笑ってしまった。
「ふふ、すごいよダッシャー! 完璧な【魔導一体オーブン】だ、ありがとう!」
ダッシャーは満足げに鼻先を高々と上げた。
でも、カステラがマナ・レクス様のリクエストなのを忘れて【魔導一体オーブン】を作り出してくれたんだろうな……。まぁそれは今は黙っておこう。おばあちゃんが大好きなカステラだもんね。
サイドテーブルの端で勉強していたガナッシュも「さすがダッシャー様!」と言わんばかりに小さな手を叩いている。
僕はそのガナッシュの熱心な様子を見て、ふと思う。
(このアイランドキッチン、すごく格好いいな……。いずれガナッシュたちが自分で料理を始めるようになったら、これの小さな物を、僕たちで作ってプレゼントしてあげよう。絶対に喜ぶぞ)
「ダッシャーがせっかく最高に使いやすい【魔導一体オーブン】を付けてくれたんだ。この木枠だけだと一度にたくさん焼けないから、手持ちの型を総動員しようか」
アイテムボックスから色んな焼き型を取り出した。
「そんなにたくさんどうするのだ?」
「僕の木枠は小さくて、ダッシャーが作ってくれた大きな【魔導一体オーブン】を目一杯使うために、使えそうな型を確認してるんだよ」
それを見たダッシャーが、鼻先を上げて誇らしげに翼を広げた。
「我がこの【魔導一体オーブン】にぴったりの、極上の木枠を用意してくれるわ!」
ダッシャーはそう言うと、常春の箱庭を発動させ、外の世界へとサクッと飛び立っていった。
向かったのはトレントの森だ。そこには昼間、トレントたちが差し出してくれたのと同じ最高品質の木材が、ダッシャーの気持ちを汲んだかのように森の奥深く、火山岩集積場に切り出されていた。
「うむ。お主たちの想い、あ奴に伝えておこうぞ」
木々がサラサラサラと心地よい音を立てた。
ダッシャーは風のように戻ってくると、そのトレントの魔樹の木をガサッと作業台に置いた。
「主のためにと、森のトレントが自切した最高の『朴の魔樹』だ。熱の通りもまろやかで、お主の言う『カステラ』とやらに最適の逸品よ!」
ダッシャーが大きな翼を一振りさせると、魔法の刃が木材を正確に切り出し、見事な大型の木枠へと一瞬で組み上がった。
「どうだ、完璧であろう!」
これ以上ないほどに胸を張り、鼻高々に「ふふん!」とドヤ顔をしている。
「わあ、すごい! トレントの『朴の魔樹』なら、熱が優しく伝わって絶対に美味しく焼けるよ! ありがとう、ダッシャー!」
大喜びで褒めちぎると、ダッシャーは満足げにパタパタと羽を震わせた。その横で、勉強中のガナッシュも「さすがダッシャー様!」と言わんばかりに小さな手を叩いている。
「よし、ダッシャーが作ってくれた最高の【魔導一体オーブン】と大きな木枠もあるし、さっそくおばあちゃんの大好きなカステラを作ろう。ガナッシュ、よく見ててね」
まずはアイテムボックスから、紙の束を取り出した。
「これはね、荷物が届いたときに入っていた緩衝材の更紙って言うんだよ。カステラを焼く時に使えるから取っておいたんだけど、これを底に何枚も重ねて敷くと、下からの強い熱をまろやかに遮ってくれるんだよ」
手で丁寧にシワを伸ばし、大きな木枠の底に敷き詰めていく。
「あとは、生地が直接触れる内側の紙だけど……この大きなサイズだと僕の手持ちじゃ無理だもんな。ホームサンタに売ってると良いけど……」
ダッシャーがトレントの『朴の魔樹』から切り出した木枠は、横幅が60cm近くもある、プロの和菓子屋さんが使う『10斤用』とほぼ同じ特大サイズだった。僕がこれまでに扱ったことのない巨大な木枠だ。
ホームサンタを開いて調理資材コーナーに向かう。
「あぁ、良かった。大きなサイズもあったよ」
それは半透明の大きなロール紙――『グラシン紙』だった。
「これはグラシン紙って言ってね。熱に強くて油を通さないから、これを型に敷いておくと、焼き上がった後に木枠から綺麗にカステラが抜けるんだ。ほら、コンビニの中華まんの底についている、あの半透明の紙と同じ仲間だよ」
「ちゅうか、まん……?」
(あ……また余計なこと言っちゃったかな)
ガナッシュが小さく首を傾げるのを横目に、ホームサンタから取り寄せたグラシン紙を、ハサミでカットしていく。
小麦粉を練った糊を指先につけ、更紙とグラシン紙を木枠へ隙間なく、ピシッと貼り付けていく。
「よし、これで下準備は完璧だ!」
僕の様子を、ガナッシュはただただ吐息を漏らして見つめていた――。




