第百十八話 調度品は聖樹の魔力構造体でした~マナ・レクス様にデリバリー~
今夜の食卓は、『くう』が魔法で設えてくれた極上のガゼボの中だ。
中央には、ソファの土台と同じ「聖なる樹の根」が優美に脚を伸ばし、白磁のように滑らかな純白の大理石のメインテーブルを支えている。さらにその横には、僕が調理をしやすいようにと、絶妙な高さで設えられた調理用のサイドテーブルも並んでいた。
僕はそのサイドテーブルの上にオーブンや【温冷の調律器】を並べて、まるでオープンキッチンのようにして料理を作っていた。
そして、カウチソファの幅広なひじ掛けテラスの上には、トイ・サンタで見つけた彼らのサイズにぴったりなダイニングセットが並んでいる。優美な曲線を描く純白の猫足テーブルに、それぞれのチームカラーのベルベットが張られた高貴な椅子。
『くう』が紡ぎ出した神聖な白の世界に、僕が取り寄せたロココ調のミニチュア家具が見事に調和し、ひじ掛けの上にはまるで小さな地上の宮廷夜会が完成していた。
このソファやテーブルの脚は、すぐ隣にそびえる『理の霊樹』のエネルギーを、『くう』がそのまま引き込んで変形させてしまったものらしい。
「ねぇダッシャー。このテーブルとおっきなソファの足だけど、聖樹から伸びてるってことは根っこなの? こんなに大きなものを支えて重くないのかな?」
大きな円座ソファに身を預けるダッシャーを見上げて尋ねると、誇らしげに鼻先を上に向け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「心配せずとも良いわ。これはあの聖樹から直接引き込んできた最強の魔力構造体だ。重さなど、あの樹がすべて吸い上げて逃がしておるわ!」
ダッシャーは自慢の巨体をさらに深くソファに沈め、前足で座面をポンポンと叩いて見せた。
「どれほど重い家電を乗せようが、どれだけここで暴れようがビクともせぬ。むしろ聖樹の生命力が直に通っておるからな、じんわりと温かいはずだ」
「なるほど、大地のエネルギーが支えてるから重くないんだね」
「……まぁ、ある物は使わねば損だからな」
「ん? どう言うこと?」
「このお花畑を作ったのは誰だ?」
「マナ・レクス様だよね。でも、ダッシャーもアイテムボックスにアクセスして作り出そうとしてくれてたよね?」
「その聖樹の理を少し弄っただけのことよ」
「マナ・レクス様の作ったお花畑なのに、その原理が分かってるんだ。凄いよ、ダッシャー!」
「分かればよい。腹が減ったぞ」
そんな純白の大理石テーブルの上には、今夜のごちそうがすべて出揃っていた。
ガレットが薔薇のシュガートングで美しく盛り付けたハニーマスタードチキン、キッチンバサミで短くカットしたカルボナーラ、そしてエディブルフラワーを華やかに散らしたベビーリーフのサラダ。ガナッシュがハートを散りばめた、バニラアイスとハートの『ハニーバタートースト』が、そびえ立っている。
カウチソファの幅広なひじ掛けテラスの上の、その椅子にはガトーたちが優雅に腰掛けていた。
「お待たせ、みんな。ご飯ができたよ」
ガゼボに集まった全員がそれぞれの席で居住まいを正す。
「では、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
「はふはふ、ふぁっちっち!」
「ほら! 慌てて食べたら火傷するよ。小さくカットするからちょっと待って。ベルちゃんとらんちゃんも「ふぅふぅ」するからちょっと待ってね」
「アンセル様の慈愛に感謝を。頂戴いたします」
総括のガトー・ブランが、純白の燕尾服の裾を整え、気品高くナイフとフォークを構える。
「アンセル様、美味しいお食事をありがとうございます。いただきます!」
盛り付けを手伝ってくれたガナッシュ・チェリーが、翼をパタパタと踊らせながら元気いっぱいに声をあげる。
「お花や葉っぱがアンセル様の手でこんなに美味そうに……。いただきます!」
生産担当のガレット・ブールが、サラダの美しさに職人らしい笑みを浮かべる。
「ふふ……アンセル様の手料理、心していただきますね……?」
研究担当のグラッセ・ミュールが、大人の色気を漂わせながらミニチュアのカトラリーを手に取る。
「べ、別にアンセル様を喜ばせるために言うわけじゃないんだからね!……でも、いただきます!」
セキュリティ担当のグラニテ・シトロンが、ツンとそっぽを向きつつも頬を赤く染めていた。
そんな大騒ぎの中、リリーの元へとそっと目線を向けた。
「リリー、君の分も小さく取り分けてあるよ。チキンもトーストも、凄く美味しくできたから食べてごらん?」
僕がお皿を差し出すと、リリーはふわりと微笑みながら、けれど、頑なな様子で首を横に振った。
「ありがとう、あるじ様。でもまだダメよ。今夜もあるじ様のローヤルゼリーだけで良いわ。この異世界のローヤルゼリーには、強大で優しい魔力が満ちているのよ。今の私の体には、何よりの活力となるのよ」
リリーは小さな手を胸の前で合わせ、穏やかな笑顔で僕を見つめてくる。きっと今夜も深夜の産卵を控えていて、女王としての並々ならぬ決意をその小さな胸に秘めているのだろう。
「リリーがそう言ってくれるなら、僕のローヤルゼリーを今夜も、お腹いっぱいになるまで食べてね」
「ありがとう、あるじ様。うふ」
リリーは嬉しそうに羽をパタパタと震わせ、頬をほんのり桜色に染めた。
――その時だった。
僕の身分証からホログラムが現れ、少し拗ねた声が響いた。
「儂、ずっと待っておるのに――。これはパーティではないのかえ? いつになったら声が掛かるのじゃ? ホー」
現れたのは、マナ・レクス様だった。テーブルの上の料理を見て、泣き出しそうな顔をしている。
「マナ・レクス様。こんばんは。でもこれティーパーティでもお誕生会でもなく、ただの晩ご飯ですよ?」
「ホー、じゃがのう……。儂、待ってるんじゃもん」
マナ・レクス様は、少し腰を屈めて声を潜めて、まるで誰かから隠れる様にコソコソと話しをしている。また、神獣様たちに隠れてコッソリと通信しているんだろうなと思うと、このまま帰すのも可哀そうになった。
「たくさん作ってあるのでマナ・レクス様も一緒にどうですか? まだこの後で生まれる子も居るけど、お誕生会なら何回やっても良いですものね」
「ホホォ! じゃが、『何回も』は儂が無理じゃもんの」
「何回もだと神獣様たちに怒られちゃいますか? じゃあ今日もお持ち帰りでどうですか?」
「ホホーーっ! 流石は儂の可愛い孫じゃ。それで良いのじゃ!!」
出来立ての料理を11人分か――。どうやって詰めようか?
「あっ! そうだ。これを使ってあれと組み合わせれば何とかなるかな」
アイテムボックスの中のお節で使う『三段重』を開いて、テーブルの上の料理を詰めて行く。これをそのまま時間経過なしボックスへと移す。
「マナ・レクス様。天界で僕のアイテムボックスは開けますか?」
僕のアイテムボックスはマナ・レクス様が用意してくれたから、スペース無限でパッキングすれば後は何とかなるだろう作戦だ!
「うほっ! その手があったか!! 儂に不可能はないぞよ。ありがとうよ。ホッホー」
創造神様は一瞬でパッと顔を輝かせた。そこへ、ひじ掛けテラスの上からリリーが上品に一礼し、鈴を転がすような声で言葉を添えた。
「おじい様。お誕生会は明日になりそうよ」
「リリーの子らの誕生会は明日か! それは楽しみじゃのう! ホッホー! ではまた明日来るぞよ。ホーホホッホー!!」
マナ・レクス様はご機嫌に帰ると、すぐにアイテムボックスから『三段重』が消えた。
嵐の後のような静けさの中、僕たちはもう一度顔を見合わせ、今度こそ本当に賑やかで温かい、特別な夜の晩餐を再開するのだった。




