第百十五話 ブランたちのリクエストに決めました~安全ガードの隠れた機能~
「うわあ……! オーブンの中で、お肉がジュージュー言ってます! すごいです、アンセル様!」
オーブンのガラス窓をじっと覗いて、目をキラキラさせるガナッシュの頭を、僕は優しく指先で撫でてあげた。
「ねぇ、ガトーにガナッシュ。チキン以外に何か食べてみたいものはある?」
「あのね、アンセル様! 僕たち、今朝アンセル様たちが食べていた『あつあつのハニートースト』が食べてみたいです! その上に、まあるくて冷たい魔法の白い塊が乗っていたやつ!」
「えっ、今朝のハニートースト?」
「はい! 今朝の僕たちはまだ幼かったから、巣蜜だけでお腹いっぱいでしたけど……。ダッシャー様たちがそれをとっても美味しそうに食べているのを、実はみんなで、じーっと見てたんです!」
「ねえ、ブランもそうでしょう?」
ガナッシュが隣を小突くと、冷静沈着なガトー・ブランが、コホンと小さく咳払いをして視線を泳がせた。
「……チェリーの言う通り、あれは大変に美しく、惹かれる造形をしておりました。アンセル様、青年へと成長した今の我らの体なら、あの悪魔的な御馳走を受け入れる準備は万全に整っております」
完璧主義者のガトーまでが、気品ある声で大真面目にトーストを欲している。
見れば、陰から様子を伺っていた他の兄弟たち――ガレット、グラッセ、グラニテの3人も、じっとこちらに期待の眼差しを向けていた。
「べ、別におねだりしてるわけじゃないんだからね!」
ツンデレなグラニテにいたっては、そう言って頬を染めつつも、嬉しそうに羽を細かく震わせている。
「あはは、そうだったんだね。よし、じゃあみんなの今夜の主食は、今朝よりもっと贅沢な『ハニーバタートースト』にしよう!」
僕がそう宣言すると、ガナッシュは「わあぁい!」とガゼボの天井近くまで飛び上がって大喜びした。
アイテムボックスから取り出した、厚切りの食パンをカウンターに並べると、ベルちゃんがチリンチリンと楽しそうに飛び跳ねながら近寄ってきた。
「ベルちゃん、らんちゃん。またお手伝いしてくれる?」
「きゅきゅっ! お手伝いするの」
「チリン! するの」
今朝もお手伝いして貰ったから、二人にとってはもうお手の物だ。ベルちゃんが小さなお手てで優しくパンを固定する。
らんちゃんは風魔法で切り込みを入れる。
スパスパスパパパパ――。
鋭い風の刃が音を立ててパンの表面を駆け抜けると、そこには見事な格子状の切れ目が、一瞬にして刻まれていた。
「ありがとう。二人ともお上手でちゅね」
「うわぁ……! すごい連携プレイです! らんちゃんの風の魔法、お料理にも使えるんですね!」
宙でパタパタと羽ばたきながら、ガナッシュが感嘆の声をあげる。
オーブンの中ではチキンが美味しそうに焼かれていて、まだ少し時間が掛かりそうだ。
「それじゃあ、トーストはこっちで焼こうか」
アイテムボックスから【温冷の調律器】とダッシャーが最上級の火山岩から作り出してくれた【星青の天盤・ゼロ】を取り出す。
【温冷の調律器】の上に【星青の天盤・ゼロ】を乗せると、天面にしっかりと固定された。
特製溶岩プレートの【星青の天盤・ゼロ】は重さ30キロ以上にもなる。しかしダッシャーの重力制御回路と飛天の純鱗の効果で、持ち手を掴んで持ち上げると、「カチッ」と浮遊魔法がONになり、楽々と持ち上げることが出来た。
さらに、プレートをぐるっと一周取り囲む安全ガードには、熱々の鉄板に触れて火傷をしないようにという配慮以外に、もう一つの役割があった。
【温冷の調律器】にはめ込まれたベルちゃんとらんちゃんの涙のしずく――。
その強力な拒絶の力で、僕以外の者はこれに触れることができない。
だがダッシャーは、僕が美味しいと言った焼肉をどうしても溶岩プレートでやりたくて、鉄板を削り出した。
プレートの熱源は【温冷の調律器】。【星青の天盤・ゼロ】には、限界まで近寄りたい。けれど、拒絶の力には触れたくない。
その食いしん坊な神獣の、せめぎ合いの結果がこの安全ガードだった。
【温冷の調律器】よりもあらかじめ一回り大きく切り出されたプレート。そこにこの安全ガードを噛ませることで、直接【温冷の調律器】の拒絶の力に触れることなく、極限まで【星青の天盤・ゼロ】に近寄ることができる絶妙な構造になっているのだ。
なんと考え抜かれた造形だろうか。
――いや、ただの食い意地だろうな……。
【温冷の調律器】に【星青の天盤・ゼロ】を乗せると、ダッシャーが目をキラキラさせてすり寄ってきた。
「焼肉か!?」
「違うよ。オーブンを使ってるから、ここでハニーバタートーストを焼くんだ」
「何だ。焼肉ではないのか」
「あはは、ごめんよダッシャー。今夜のメインはお肉だけど、それは今あっちのオーブンで焼いてるからね」




