第百十四話 5人からの挨拶を受けました~ガナッシュ・チェリー初めてのお手伝い~
ダッシャーがその力で外の世界の日暮れを制御し、引き延ばしてくれている、奇跡のような長い黄昏。それは、お花畑の時間軸にも作用していた。
あと1時間もすれば一気に夜の闇が訪れる、不思議時間の中、そこに待っていたのは、今朝別れたばかりのあどけない少年たちではなかった。
彼らはリリーからの進化の魔力と祝福、異世界の極上の巣蜜の栄養を吸収し、わずか半日の間に青年へと進化を遂げていた。身にまとう衣装は、彼ら自身の強い魔力によって、それぞれの個性を完璧に象徴する、美しいそれとなっていた。
純白の燕尾服を着こなしたガトー・ブランが、深い敬意を瞳に宿して僕に一礼した。それに続くように、ダッシャーたちへと次々に視線を向けた。
「ダッシャー様、結界の偉大なる魔力、心より感謝いたします。お留守の間、このお花畑は微塵の乱れもなく平和でした」
ブランが燕尾服の胸に手をあて、神獣ダッシャーへ深く頭を下げる。
「うむ、健やかに育ったようで何よりだ」
「ベルちゃん様、らんちゃん様! 昼間は森のトレントたちの言葉を繋ぎ、お助けくださりありがとうございました! ほら、僕たちが生まれて初めて採った蜂蜜と花粉ですよ!」
ハニーゴールドのスーツを着たガレット・ブールが、誠実な笑顔で、貯蔵されたばかりの黄金の蜜を指さした。
「チリリン!」「きゅきゅいっ!」
グラッセ・ミュールは深紫色のロングコートの裾を揺らし、大人の色気を漂わせながら「お怪我がなくて何よりです」と密かに全員の無事を見守る。
グラニテ・シトロンはクリスタルブルーのジャケットの襟を少し直しながら、「……べ、別に帰りが遅くて心配なんてしてませんでしたからね」とツンとした視線を送りつつも嬉しさを隠しきれていない。
ルビーレッドのタキシード姿のガナッシュ・チェリーは、「アンセル様! 後でマナ・レクス様のお菓子、一緒に作らせてください!」と人懐っこく手を振っている。
「あっと言う間に大人になっちゃったね。ちょっと寂しい気もするけど、みんな、しっかりリリーの力になってあげてね」
急速に進化した子どもたちの姿に、誇らしさと、それ以上の切なさが胸を締め付ける――。
そんな彼らの足元から、今度は「コロコロ……!」と、一段と賑やかで愛らしい音が響いてきた。
5人のカラーに美しく輝く15個の卵たちが、僕たちを出迎えるように、コロコロと嬉しそうに揺れていた――。
「腹が減ったぞ」「お腹空いたの」「なの」
「ごめんごめん。今すぐ用意するよ」
僕はアイテムボックスの時間経過なしボックスに仕舞ってあった、下味をつけたハニーマスタードチキンを取り出した。
「うわぁ、アンセル様。それは今夜のお食事ですか? 僕もお手伝いしたいです!」
ガナッシュが僕の周りをパタパタと飛び回った。
「ごめんよ。これはもう味付けが終わっていて、後はオーブンで焼くだけなんだ」
すると、ガナッシュはとてもガッカリと肩を落とした。こんなに可愛い顔でおねだりされたら、お手伝いをお願いしないわけにはいかない。
いつもならアイテムボックス内でオーブンを使うけど――。 「よいしょ」っとアイテムボックスに電源を繋いだまま、オーブンを取り出した。
「ガッカリしないで、ガナッシュ。これはまだ大きな塊で、君には持ち上げられないだろう?」
「はい! 僕たち、このサイズ(1/12スケール)ですもんね。このお肉、僕の体と同じくらいの大きさです!」
「お肉を天板に乗せるのは僕がやるから、ガナッシュはこの【オーブン】をお肉にぴったりな温度まで温める、『予熱』をするのをまず手伝ってくれるかい?」
「よねつ……! はいっ、任せてください! 僕、アンセル様の最高の助手になります!」
ガナッシュはパタパタと嬉しそうに宙へ舞い上がり、操作パネルの前でピタッとホバリングした。
そして、僕の指示に合わせて、小さな両手で一生懸命ボタンを回し、ダイヤルを200度に合わせた。
「うん、完璧だよ。じゃあ、その大きな『スタート』のボタンを押し込んで」
「はいっ! せーの、えいっ!」
ガナッシュは小さな両手をボタンに当てて、羽を激しくパタパタさせながら全体重をかけて押し込もうとした。
けれど、人間サイズの硬いボタンは、ガナッシュの力ではほんの少し凹むだけで、カチッと鳴るまで押し込めない。
「う、うう〜ん……! ボタンが、ボタンが硬いです、アンセル様ぁ……っ」
宙に浮いたまま足を踏ん張って顔を真っ赤にしているガナッシュの横に、トコトコと愛らしい影が近づいてきた。
アルミラージのらんちゃんだ。
らんちゃんはオーブンの前にちょこんと後ろ足で立ち上がると、ガナッシュが苦戦しているボタンの上に、ふわふわのお手てを重ねた。
「きゅ? お手伝いするの」
「らんちゃんありがとう。ガナッシュ、せーーの」
「はいっ! えいっ!」
らんちゃんの可愛いお手ての上に、ガナッシュが小さなお手てを重ねる。らんちゃんが『ちょいっ』と押し込むと、カチリ、と小気味よい音が響いた。
ブォォン、と静かにオーブンが唸りを上げて、予熱が始まる。
「わあぁ! らんちゃん、ありがとう! 助かっちゃった!」
「きゅきゅっ!」
ガナッシュがらんちゃんを抱きしめるようにして大喜びすると、らんちゃんも嬉しそうに僕に抱き着いた。頼もしい小さな仲間たちのおかげで、我が家のキッチンは今日も最高に賑やかで温かい。
「アンセル様、『よねつ』はどうしてするのですか?」
「中をアツアツにしておくとね、お肉を入れたときに皮がパリッと美味しく焼けるんだ」
「なるほど……! ひとつひとつに理由があるのですね。勉強になります!」
「じゃあ僕はこのお肉を天板に並べるね」
天板にクッキングシートを敷き、皮目を上にしてお肉を並べる。
オーブンが「ピーピーピーピーピーッ」と予熱完了の音を鳴らしたのは、ちょうど僕が耐熱皿にお肉を並べ終えたタイミングだった。
「よし、予熱が終わったよ。じゃあお肉を入れよう」
「わぁ、いよいよですね!」
「熱いから離れていてね」
アツアツのオーブンにお肉を滑り込ませ、扉を閉める。ガナッシュはもう一度、今度は『スタート』のボタンを押すために、嬉々としてボタンの前にスタンバイした――。
「らんちゃん、ガナッシュ、もう一度一緒に押してくれるかな?」
「はいっ! せーの、えいっ!」「んきゅ!」
二人でスタートボタンを押し込むと、ブォンと静かな音がして、オーブンの庫内にオレンジ色の明かりが灯った。
じわじわと熱が加わり、甘辛くて香ばしい、美味しそうな匂いが広がり始める。




