第百十話 先嵌めの条件を破ると痛い目を見ます~フタにはワイヤレス供給~
ベルちゃんとらんちゃんのお手伝いと、ダッシャーの完璧な制御で魔回路が刻まれ、更にはシールのインジケーターの焼き付けが完了した1枚のマスター蓋。
「よし、この最高の仕組みを、残りのフタにも一気に書き込んじゃおう!」
「一度概念が構築されれば、あとは我が一括で複製する。ベル、らん、先ほどの魔力の残光を我が体へと集めよ!」
「キュキュゥイ」「チリリリン」
ベルちゃんとらんちゃんが息を合わせ、自分たちの体に残っていた水と風の魔導の余韻を、ダッシャーへと預けていった。
鬣が、先ほどよりもさらにまばゆい星青の光を放って脈打ち始める。
ダッシャーが大きく翼を広げ、材木置き場に眠る全てのフタに向かって、力強く羽ばたき一つをしてみせた。
心地よい聖なる風が、整列したフタを一斉に包み込んでフワリと宙に浮かび上がらせる。
その空間全体に、ダッシャーから溢れ出た無数の『光の魔回路の配列』が、まるで星屑の雨のように一斉に降り注いだ。
キィィィィィィン……ッ!!!
空間が共鳴するような美しく重厚な駆動音が鳴り響き、降り注いだ星青の光の配列が、残されたフタの木肌へと、その奥深くへと吸い込まれるように吸着していく。
ベルちゃんの【優潤の波】の潤いも、らんちゃんの【微風の調律】の空気循環も、シールを焼き付けたカラーインジゲーターも、ダッシャーの完璧な一括制御によって、1ミリの狂いもなくすべてのフタへと寸分違わず「転写」されていった。
「すごい……! これだけのフタの加工が、一瞬で全部終わっちゃった!」
「フタには何の魔回路を刻んだんだ?」
黙々と底板に思い出の魔石を嵌め終えたルシアンさんが、やっと質問する気分になった様だ。
「樽ごとに、温度や湿度を調整出来るようにして貰ったんですよ」
「それもこの底板みたいに、フワフワ軽くなってるのか?」
「これにはまだ『質量相殺の魔法』は繋がっていません。今回は魔石を節約したいので、全てはその底板に刻まれた『魔法陣』と『魔石』がキーです」
「良く分からねぇな」
「んんん――じゃあちょっとやってみましょうか!? その底板を1枚貰いますね。残りの底板は側板やフタに触れない様に分けて置いてくださいね!」
「あぁ、アンセル様がそういう時は、言うこと聞かねぇと痛い目を見るからな」
先ずは他の木材から少し離れたところ底板をひっくり返して置く。
――ツッツツーー。ふわりん。
「ダッシャー、側板を1枚ここに合わせてくれる?」
「ほぉ、お主、この仕組みを理解しておると言うか」
「うん、だって僕の思った通りに作ってくれたんだよね?」
「それはそうだな」
底板の側面に側板が近づき、浮いたまま止まった。
(僕に美味しいところを譲ってくれたのか。優しいな)
「この側板の下の方にある切り欠きを、底板に沿わせて近づけると――」
――スィィィィ、ピタッ! カキッ!!
目に見えない程の細かな光の粒子が底板から側板を走り、魔回路が繋がったのが分かる。
「ふわぁぁぁ、この吸い付く感じ、気持ちいいな。まるで磁石みたいだ。」
側板が底板に噛み合い、宙に浮いた状態になった。支えていた手をそっと離してみる。
普通なら、まだ1枚だけの側板を嵌め込んだだけなら、支えを失って傾き、そのまま崩れ落ちてしまうはずだ。しかし、そこに有ったのは、ふわふわと地面から数センチ浮いた底板に、たった1枚だけ側板が直立して嵌まっている、異様な光景だった。
「ダッシャー様が浮かせてるんじゃないんだよな?」
「五月蠅いヤツよの。我は何もしてはおらぬ」
「ルシアンさんもやってみますか?」
「お、おう。どれ、いよっと!」
軽々と側板を持ち上げると、さっき僕が嵌めた側板のすぐとなりへと近づけた。
――スィィィ、ピタッ! カチッ!!
2枚目の側板を嵌めても、やはりバランスを崩すようなことは一切ない。底板の無重力回路が、側板を吸い寄せて完全に固定しているのだ。
「ダッシャー、完璧だね」
1枚、また1枚と、ルシアンさんが面白がって側板を嵌めていく。
最後の1枚を嵌めようと手にした時、僕はちょっと面白いことを思いついた。
「ちょっと待ってください! ――ねえルシアンさん、こいつを『別の底板』に嵌めようとするとどうなるか、見てみたくありません?」
「あん? 別の底板だと?」
僕はまだ魔石を嵌めたばかりの別の底板をすぐ隣に並べると、今しがた組み立て中だった大樽から、軽量化された側板を1枚、ふわりと引き抜いた。側板は単体になっても、底板の魔力を吸い込んでいるため、まだ軽いままだ。
「ルシアンさん、これをこっちの底板に嵌めてみてください」
「おうよ! お安い御用だ。どれ……」
ルシアンさんがその側板の切り欠きを、別の底板へと近づけた、まさにその瞬間だった。
――スィィィ、バチッ!!!
バチバチバチッッ!! パァァン!!!
「うわぁっ!? 痛てててっ!!」
激しい魔力の火花が爆発し、側板がルシアンさんの手を強烈に弾き飛ばした。
「これが、シアンさんに大工さん達へ『仕様の説明』をお願いした、一番重要な『先嵌めの条件』に反した結果ですよ」
「ぶはっ……! 酷い目にあったわ。そう言う危険な実験は先に言ってくれよ!」
ルシアンさんが痺れた手を振りながら苦笑いする。
小さな魔石1個で起動する『質量相殺』。それは、あの思い出の魔石が底板に嵌まった瞬間に、その底板の魔回路が周囲にある特定の12枚の側板だけを一括で『自身の対』として波長をロックする仕組みだった。
『調湿と調温の保管魔回路』を書き込んだフタも、思い出の魔石の魔力とワイヤレスで繋がる仕組みだ。
完成した大樽の本体へ、このフタをふわっと乗せようとしたまさにその瞬間、目に見えないほどの繊細な光のラインが走って魔道回路が完全同期し、重量級のフタの質量が一瞬にして『10分の1』へと相殺される。
一度この完璧な組み合わせが決まってしまえば、フタを外した状態でも、その側板や底板以外の素材とは魔力的に激しく反発し合う。無駄な魔力を外へ逃がさない、ダッシャーの設計した『省エネ』の原理だったのだ。
「このペアリングの仕組みが組み込まれていたので、魔石は最後に嵌めた方が良いと思ったんですよ。魔石が認めた『自身の対』以外と触れた時に、反発しあってどんな反応をするのか分からなかったんです」
「さっきの『バチッ! パァン!!』は1対だけの反発だろ? それが100個で反発し合ったら――、考えただけで……ゾワワワワ」
ルシアンさんは身震いしながらとても嫌そうな顔をした。
「ですから、今からは注意をしてこの木材を管理しないといけません」
「先に組んじまうか?」
「先に組み立ててしまったら、嵩張って置き場に困るでしょう?」
「そりゃそうか」
「魔石の嵌った底板は、これだけで管理し他の木材と触れ合わせない様にします」
「そうか、魔石の回路さえ繋がなければ良いんだな」
「えぇ、ですが、念のために側板とフタも別で管理しましょう」
「我らの魔回路が組み込まれた故、どんな反応をするか分からぬからな」
「ははは、それは僕にも分かりません」




