第百九話 フタに調湿と調温の魔回路を刻みました~カチッの印はカラーシール~
先ずはダッシャーの光と風の魔法で、フタの天面に持ち手となる丸いくぼみと、横バーが削りだされた。
僕がお願いした通りに、アールを付けた滑らかな仕様だ。
「次は、このフタに刻んでほしい魔回路の説明をするね。冷蔵室は一定の温度で冷えるけど、中身によって一番美味しくなる温度も、必要な湿度も全然違うんだ。だから、フタを回す角度によって、樽の中の環境が切り替わるようにしたいんだ」
僕はフタの天面を指差しながら、ダッシャー、ベルちゃん、らんちゃんに身振り手振りで説明を始めた。
「本体の目印と合わせるここが初期値の『0』ね。そこから左右のハンドルを掴んでカチカチと回して、ハンドルから手を離した瞬間にスゥッと樽の内側にフタが吸い込まれて、自動ロックされる仕様にしてほしいんだ」
「ふむ」「きゅぷ?」「チリン?」
「分かりにくかったかな? 手首を痛めないように、3カチ回してちょうど60度傾く位が良いかな」
「ふむ、それは別段どうでも良い。お主のお花畑が思っていることを説明して見ろ」
「僕のお花畑はキレイに咲き誇っているから、伝わりにくいと思うから頑張って理解してね! 右に1回カチッと回したらエール用に【温度12度で炭酸キープ】。2回カチッならウイスキー用に【温度15度で、樽が呼吸して木香が染み込む湿度80%】。3回カチッなら味噌や醤油用に【温度25度で、カビが生えない発酵湿度65%】。そして、0から左に1回カチッと回したら、本命のクレイ用に【温度10度で、水分を1滴も逃がさない超高湿度の95%】になるようにして!」
「何だ。すでにクレイの後で仕込む物は考えておるではないか」
「『樽』と聞いて思いついた物を適当に言ってみたけど、我ながら案外それが最適かなと、言いながら思った次第でございます」
「フッ、面白い。我が美学を詰め込んだ渾身の保管回路を刻んでやろう」
「湿度と温度の調整ってことは魔法は何を使うつもり?」
「お主の思っている通り、『水』と『風』だ!」
「きゅぶっ! お手伝いするの!」「するのっ! チリン」
「ふふ、ありがとう。お手伝いお願いね」
ベースとなる魔法を、ダッシャーが細かな光の粒子と柔らかな風で紡ぎ出していく。
その鬣から放たれた淡い光のノミがフタの木肌へと走り、複雑に絡み合う魔導回路の「設計図」が一瞬で精密に彫り上げられていった。まだ熱を持たない回路の溝が、出力を待つように静かに瞬いている。
「よし! では、我に続くのだ。今から教える属性の息吹を、その陣の核へと真っ直ぐに注ぎ込むのだ。……まずはベル、いくぞ」
「お手伝いするの!」
「ベル! ――大地の潤いを呼び覚ませ。【優潤の波】だ!」
「チリーーン! チリリィィン――」
その声に合わせ、ベルちゃんが体全体をきゅっと縮めてから、勢いよくポンッと跳ね上がった。その体から、きらきらと輝く極小の水霧が放たれ、保水・調湿回路へと吸い込まれるように馴染んでいく。
「見事だ。次はらんの番だ。大気の流れを繋げ」
「お手伝いするの!」
「らん! 行くぞ! ――優しき風よ、万物の呼吸を調律せよ。【微風の調律】!』
ダッシャーの導きに応えるように、らんちゃんから淡い緑色の小さなつむじ風が巻き起こり、フタの周りを可愛らしく踊るように回りながら、空気循環回路へと流れるように融和していった。
「――よし、仕上げだ。我の理のもとに、すべての熱量と湿度を固定する!」
ダッシャーが、二人の放った異なる属性の魔力を包み込むようにして全体の制御を完璧に行うと、フタの表面にまばゆい星青の光が走り、究極のマルチ保管魔法陣が深く、美しく木肌へと書き込まれていった。
「ダッシャー、ベルちゃん、らんちゃん、ありがとう! 完璧な『マスター蓋』の完成だよ!」
完成した最初の1枚を愛おしそうに撫でた。ダッシャーは「ふんっ」と満足げに鼻先を上に向け、ベルちゃんとらんちゃんもやり切った顔でぷるぷると誇らしげに胸を張った。
でもこのままだとカチッと回しても、何に最適か分かりにくいな。
「1つ追加でお願い! すぐにスーパーサンタで買い物するから待ってて!」
急いで2階の100円ショップに行き、目当てのものを探す。
「あっ! 有ったよ、良かった」
僕がポチったのはビールとウイスキーと味噌樽、そして太陽と鍵のカラーシールだった。
樽の本体には、位置決めの基準となる『▼』のマークが刻まれている。これに合わせるようにフタを乗せた位置が、初期値の『0(鍵マーク)』だ。
「ええっと、ハンドルを掴んでフタを【右】に回すと、フタの上面は▼のマークに対して左へとスライドしていくから……よし、0から見て【左側】に『泡の乗ったジョッキ(エール)』、その左に『氷の浮かぶロックグラス(ウイスキー)』、さらに左に『しゃもじの乗った味噌樽(味噌・醤油)』。そして、0から見て【右側】に、『キラキラ輝く太陽(美容クレイ)』を貼ろう!」
「それは何だ!? 絵、なのか?」
ルシアンさんが僕のやることを珍しそうに、感心して見つめて来る。全くもって居心地が悪い。
「まぁ、大雑把に言えば絵ですよ。これをカチカチする目印にするんです」
「そんなまどろっこしい真似をせずとも、その鮮やかな色彩、我が木肌の奥深くへと完全に融和させてやろう」
ダッシャーの鬣からジジジ……と繊細な光のレーザーが放たれ、シールの特殊なカラーインクを、わずかに凹ませた木肌の溝へと熱と光でじわーーっと焼き付けていく。
眩い光が収まったとき、フタの表面には美しい木目の奥から、色鮮やかなジョッキやロックグラス、そして星屑のようにきらきらと眩く輝く太陽のイラストが、まるで最初から木の一部だったかのように滑らかに浮かび上がっていた。
両手でハンドルを握り、フタをキュッと【右】に1カチ回せば、左側にあったビールのジョッキが手前の▼マークへとスゥッと吸い込まれるように合致する、完璧な視覚ギミックの完成だ。
「おいおいアンセル様よ……木肌の奥に寸分の狂いもなく色彩を焼き付けるなんて、国宝級の『魔導象嵌』じゃねえか。美術品としてもとんでもねえ価値だぜ」
「アンセル殿、何から何まで驚きの連続で声を掛けるのも忘れ、魅了されてしまいましたよ」
ずっと静かに作業を見守っていたセオドア王が口を開いたと思ったら、そのカラーで描かれた美しいフタを見て、もはや驚くのを通り越してうっとりと見惚れてしまっていた。




