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第百八話 思い出の魔石を底板に嵌めました~フタにも加工します~

 思い出の魔石は子供が拾えるほどの低級なものだ。しかし、この底板の木肌には、あらかじめダッシャーによる、規格外の『質量相殺』の魔法陣が精密に刻み込まれていた。小さな石は、その巨大な魔回路を呼び覚ますための、『起動スイッチ』だ。


 ――キィィン……!


 魔石が収まった瞬間、涼やかで心地よい魔力の駆動音が響き渡り、底板の木目の奥へと淡い青白い光がサーッと吸い込まれるように馴染んでいった。


「――お、おい! なんだこれ、急に手応えが消えやがったぞ!?」


 底板を支えていたルシアンさんが、驚愕のあまり目を剥いた。

 それまで両腕にのしかかっていた15キロのずっしりとした重量が、魔導回路が繋がった瞬間に文字通りフワリと消え去り、なんと10分の1の、わずか1.5キログラムにまで軽くなってしまったのだ。これなら、片手でひょいと持ち上げられてしまう。


「成功ですね! 魔石が嵌った物から木樽組み立て場に運びましょう。先に運んだ底板にも魔石を嵌めて軽くしないと、重さと焦りから事故が起こるかも知れません」

「では、私がこの底板を積んだ馬車を先導して、大工たちへ仕様の説明に行ってまいります! 魔石を数個持って、あちらで嵌め込めば、より早く対策も取れるでしょう」


 シアンさんが自ら率先して説明に行くと言ってくれた。愛馬のパドラスに跨ると、颯爽と馬車を先導して行った。

 この『仕様の説明』には、底板と側板が対になることで魔導回路が樽全体へと綺麗に繋がるという、絶対に譲れない『先嵌めの条件』を職人たちに伝える重要な任務があった。



 組み立て場に到着したシアンさんの目の前には、先に運び込まれていた、通常の3倍の厚みを持つ『白檀魔梛(サンダルウッドオーク)』の重厚な木材がずらりと並んでいた。


「シアン様、お待ちしておりました! 色々と試してみたのですが、このパーツがあまりに重くて……」


 大工の若者たちが困惑する中、胸ポケットからあの宝箱から回収してきた魔石をそっと取り出した。水底できらきらと輝いていた、あの『極小の魔石』だ。


(……ああ、本当にこれが役に立つのだな)



 隣国からの不条理な圧迫に耐え、王宮の財政をやりくりし、ただ国を守るためだけに冷徹な事務官としての表の顔を演じ続けてきた日々。使い道もないガラクタ、だが、大切なあの思い出の石が、今まさにこの国を救う『奇跡の心臓』になろうとしている。


「シアン様……?」


 大工たちが息を呑んで見守る中、底板の裏手にある小さな丸い埋め込み穴へと、思い出の魔石をあてがった。そして、祈るような、しかし確かな力を込めて、親指でグッと奥まで押し込む。


 ――カチリ。


 精巧な仕掛けが内側で優しく噛み合う小気味よい音が響いた、まさにその瞬間だった。


 ――キィィン……!!!


 美しい駆動音が響き渡り、底板がまるで重力を忘れたかのように、床から「ふわり」と5センチほど、宙へと浮かび上がった。


「――っ、浮いた、本当に浮いたぞ……! すごい、すごいよテオ……ッ!!」

「シアン様……!? テオとは……?」


 大工の若者たちが目を丸くするのも構わず、子供のように目を輝かせて大興奮していた。かつて泥だらけになって川遊びをし、「僕たちの宝物にしよう!」と笑い合ったあの少年の頃の姿が、鮮やかにフラッシュバックしていた。


「あ、失礼、何でもありません! 皆さん、驚くのはこれからです! その切り欠きの入った側板を、浮いている底板の溝へ近づけてみてください!」


 我に返って顔を赤くしながらも、興奮は収まらない。大工の若者が恐る恐る側板を差し込もうと近づけると――。


 スィィッ……ピタッ!!!


 まるで強力な磁石が引き付け合うかのように、側板が滑らかな動きで底板へと吸い込まれ、一瞬で完璧な位置へと吸着した。それと同時に、側板が組み合わさるごとにその質量が『10分の1』へと相殺され、一瞬で軽くなっていく。


「これなら木槌で叩き込む必要もありません! 面白いくらい簡単に組めます!」


 大工の若者たちは、目をギラギラと輝かせて「これなら100個なんて一瞬だ!」と職人魂を爆発させ、まるでパズルを楽しむように凄まじいスピードで大樽を組み立て始めたのだった。


 ◇◇


 森の材木置き場では、ルシアンさんが残りの底板の埋め込み穴へ、カチリ、カチリと思い出の極小魔石を力強く嵌め込んでいた。


「よし、ルシアンさんが底板をやってくれている間に、僕たちはこっちでフタの加工をしよう!」


 通例の大樽なら、フタは上から木槌でガツガツと叩き落として完全に固定してしまう。でも今後、クレイの回収が終わった後でこの樽を使って何かを仕込み、販売することを見据えて「魔法が使えない一般人でも開け閉めができて、中身に合わせて最適な状態に切り替えられる仕様」にしたいと考えた。


「ダッシャー、フタの左右に肩幅くらいの間隔を開けて、深さは――3センチ位で良いかな? 丸い凹みを2箇所削ることって出来る?」

「我に掛かれば、造作もない。だが、何をするのだ?」


「その凹の中に、手で掴める横バーを残してほしいんだ。人間が両手で回すから、痛くないように角は丸く加工してね。それから、フタを3回カチっと回したときに、一番右の回路に繋がる位置決めにしてほしい!」

「フタを持ち上げるためのバーなのか?」


「この樽は今はクレイを入れるでしょ? でもそれはずっと入れたままにする訳じゃなくて、乾燥させて商品として売り出す予定だよね」

「そう言うておったな。この国は豊かになる――と」


「生クレイを出した後もこの樽を使うって考えると、温度や湿度を樽ごとに変えられるようにしたら便利かなと思ったんだ」

「フタを回す角度でそれを切り替えようと言う訳か」


「うん、出来るかな?」

「我に任せておけ」


 ダッシャーの鬣から細かな光の旋風が放たれ、フタの木肌を優しく削り進めていく。

 すると一寸の狂いもなく、人間の両手にぴったりフィットする、なめらかな角丸の横バーと凹みが左右に削り出された。


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