第百一話 飲み物用のカップを買い忘れました~ガラスは割れる~
街の雑貨屋さんで器とスプーンを買って森の材木置き場に戻ると、ルシアンさんの『ドリンクステーション』には行列が出来ていた。それは、用意した飲み物の評判が良いことを物語っていた。
この森の井戸水がこれほど澄んで美味しいのには、160年前の歴史が関係していた。
当時、ファイヤドラゴン・グローの山が大噴火した際、大量の火山岩がこの森の集積場へと運び込まれたのだという。
それから160年という膨大な歳月が流れる間に、集められた火山岩の山は大地に馴染み、巨大な天然の濾過装置へと姿を変えていた。
その最高の水を使って、現代の知識とダッシャーの魔導ジャグで仕込んだドリンクだ。美味しくないはずがなかった。
「160年物の天然フィルターか……。そりゃあ、驚くほど澄んでいて美味しいわけだよね」
しかも、そんな最高に美味しいドリンクがキンキンに冷えている。その奇跡のような喉越しに、誰もが目を丸くしていた。
「エールより喉の渇きが引くぞ! この香ばしい茶、樽ごと持ち帰りてぇ!」
「この白いやつ、冷たくて甘くて、飲むだけで体力が全回復するみたいだ……!」
ダッシャー特製の『魔導ジャグ』から注がれる極上のドリンクに、「美味しい!」「疲れがすっと引いていく」とあちこちで感嘆の声が上げる。
だが良く見ると、王宮職員たちはギルド職員のマイカップを借りて、回し飲みしている。
「あっ! しまった……」
「どうしたのだ?」
「大きな声じゃ言えないけど、雑貨屋さんでドリンク用のカップを買うのを忘れちゃった……」
「――お花畑は『ぎゅうどん』で一杯だったか」
「うぐ――返す言葉もありません」
今からまた街へ引き返す時間もないし、仕方ないから手持ちのグラスで凌ぐか……。
『意識共鳴』の中でコソコソと、アイテムボックスから取り出した手持ちのグラスをテーブルの上に並べていく。
さすがにプラスチックはダメだから、ガラスと陶器かな。
ご存知の通り、僕は形から入るタイプです……。
普通のコップじゃ容量が少ないからビアグラスの方が良いだろうと、アイテムボックスを探るとたくさん出て来た。
ピルスナーグラスとヴァイツェングラスが2個ずつ
ジョッキの大が2個に中が4個
サッカーボール型の大が1個と中が1個
素焼きのと景品の輸入ビール用が4個ずつ
ステンレスのタンブラーの中が2個と小が2個
それにお土産で貰った陶器の大が1個と中が1個
大中小合わせて全部で26個。うん。我ながら集めたモンだ。これなら足りるだろう。
後で雑貨屋からちゃんとした木のカップを買ってきたら回収するつもりだけど……セオドア王とシアンさんには、このまま差し上げてもいいかもしれないな。
そんなことを思いながらマインドチャイムを解除した丁度その時、セオドア王とシアンさんの姿が見えた。
さっきまでザワついていた王宮職員たちが、一斉に居住まいを正し、流れるような動作でサッと膝をついて国王様に敬意を示した。
「おかえりなさい。魔石、無事に見つかったんですね」
「ああ、シアンの執務室の引き出しの奥に眠っていたよ。それよりアンセル、この美しい光景は……」
セオドア王は、テーブルの上にズラリと並んだビアグラスのコレクションを見て、息を呑むように感嘆の声をあげる。
森の木漏れ日を浴びてキラキラと輝く、見たこともない透明な硝子や、凝った装飾の陶器のビアマグ。
「先ほど街の雑貨屋さんで器とスプーンは買ったんですが、飲み物用のカップを買い忘れまして……。僕が持っているグラスをとりあえず使っていただこうと、並べてみました」
「いや、簡単に『持っている物を並べた』と説明をされてもだな……。この濁りも歪みもない透明な輝き、精密な絵付けの陶器は国宝級だぞ。やはり貴殿の引き出す奇跡には、毎回度肝を抜かれてしまうのだな」
「えっと、これ、とりあえず後で木のカップを買いそろえるまでの間、皆さんにお使いいただこうと思ったんですが、ダメですかね?」
「アンセル様がそれで良いとおっしゃるのでしたら、我々は喜んで使わせて頂きますが――。落としたら、割れますよね?」
シアンさんが心配そうに聞いてくれる。
「これらはガラスです。こっちは陶器なので少し強いです。これは割れないですよ」
「やっぱり割れますか……」
「アンセルにとって、これは高価な品ではないのか?」
「あ――。えっと、中には高価な物もありますね……」
「アンセルが『高価』と言うからには、我らにはやはり使うことは出来ないな」
その声に周りで跪いていた王宮職員が、顔を上げて様子を伺い出した。
「とりあえず、この場を封鎖してください!」
「ダッシャー、『意識共鳴』をお願い」
シアンさんの声に慌ててマインドチャイムの中に姿を隠した。
「どうしたのだ?」
「僕の感覚だと『ガラスは割れる物』だけど、もしかするとここの人たちにはそれが通じないかも知れない」
小さな声でコソコソとダッシャーに説明をする。
「ではどうするのだ? 我の魔法で器を保護することは出来るぞ?」
「それはダメだよ。さっきあんなに色々とやって貰って、疲れてるだろうし、これ以上はお願い出来ないよ」
「アンセル殿、やはり高価な品を使わせて貰う訳にはいかないですよ」
「あっ! 良いのがあります!! ちょっと待ってくださいね」
すっかりビアグラスばかりイメージしてたけど、外で飲み物を飲むならキャンプ用品で良いじゃないか!
次にテーブルに並べたのは、元の世界で「キャンプ用に数を揃えたいな」と思って買った、ホーロー製のマグカップ。深い黒色と鮮やかな青色のものが、それぞれ4個ずつ。
それから、少し奮発して買った、全体がシルバーで持ち手だけが締まった黒色になっている、ちょっとお値段お高めのマグカップが4個。
さらに、さっきのコレクションの中から、ステンレス製のタンブラーの中が2個と小が2個。
「これだけだと全部で16個で少ないですよね?」
「回し飲みするので大丈夫ですよ?」
「カップの使い回しは僕の感覚だとちょっと……。あ! カップじゃないですが、これも使えますね」
ドン、ドン、ド、ドン!
350mlの水筒を3個と、500mlのを1個取り出す。
「これらは全部割れないです! えへん」
「ア、アンセル様……この金属の筒に描かれている、極細の緻密な柄は一体……!?」
「え? ああ、これですか? ただの模様というか、柄ですけど……」
「ただの柄だと!? 歪み一つなく、これほど鮮やかに金属の曲面に描かれた紋様など、どの国の最高位の宮廷絵師を集めても不可能だぞ……。やはり貴殿の引き出す品は、どれも国宝級の奇跡ばかりだな……」
「これは、別の意味で出さない方が良いですか?」
「いや、女性職員など、無骨なカップよりもこう言った物の方が喜ぶとは思うが……」
「元々これはフタが出来るんです。女性は一度にたくさん飲めないと思いますし、フタ付きでお渡ししますね」
「カップにフタとは?」
「あ! 持ち運ぶのなら、100mlの小さいのも3個あるので、それも出しますね」
「あ、あぁ、それは有難いな」
「この中に高価な品は、ありますか?」
「ありますよ。でも割れたり壊れたりはしないので。大丈夫です!!」
「アンセル殿が大丈夫と言うのなら使わせてもらうが……しかし、我が国の職人が見たら腰を抜かすほど見事な色付けだな」
「これ、あちらで皆さんに選んで貰って良いですか?」
「あ……!」
「あ?」
見るとシアンさんが大事そうに、ステンレスのタンブラーを抱えている。
「それはシアンさんが使ってください」
「ありがとうございますっ!!」
「セオドア王はどれが良いですか?」
「いや、私は……」
「どれでも良いのでしたら、これを使ってもらえませんか?」
オランダ土産のビアジョッキの大きい方を手渡した。
「これほど緻密で美しい紋様が焼き付けられた陶器のビアジョッキなど、他国でも見たことはない。これを、私に?」
「それ、ガラスほどじゃないですけど落としたら割れますので。扱いが分かっているセオドア王に使って欲しかったんです」
「なるほど、そう言うことでしたらお借りします」
セオドア王は嬉しそうに目を輝かせて、ジョッキを陽の光にあてて眺めていた。
「気に入ったのでしたら差し上げますよ。何ならこの小さい方はマレーネ王妃にどうぞ」
「な、なんとも豪儀な……。マレーネも、この美しさには間違いなく目を輝かせるだろう」




