最終話
「なぜ、疫病の魔女を匿うのですか」
ユースト市国にて。リダは訪ねてきたカイラに対してイライラとたずねた。
カイラは偉そうにリダを見下ろしながら言った。
「匿っているわけではない。あれは俺の依頼者だ。依頼者をそちらに引き渡すわけにはいかない。それにさっきも言っただろう。ユースト市国には手を出さないと約束もさせた。それで足りないというのか?」
「信用できません」
リダはそうキッパリと言った。
「こちらのスパイからの情報は信用できるものでした。近々、疫病の魔女が我が国に疫病をもたらすつもりだ、と。そのタイミングで我が国を攻めようとしている国がいくつかあると」
「悪いが、国盗り合戦のことなど全く興味はない」
素っ気ないカイラの言い方に、リダは苛ついたように言った。
「ご存知ですか。疫病の魔女ユキは、誘惑魔法にも精通しているのですよ。かなり精神力の強い者でも誘惑してしまうとか」
「ご存知だ。むしろ貴様より知っている。嫌という程にな」
カイラは忌々しげに、しかしどこか楽しそうにそう答えた。
「なるほど、この大魔法使いカイラも、あの小娘に誘惑されて庇っている、そう言いたいのだな」
「い、いえ……そういうわけでは……」
リダはカイラの迫力にしどろもどろになった。
「ま、貴様も国を維持していかねばならない責任があるからな。疑わねばならないのも仕方がない。ただ、俺もその疫病の魔女の事は責任を持つ。信用できないなら」
カイラはリダに向かって、バサリと書類を投げてやった。リダは慌ててその書類を拾いあげた。
「契約書だ。万が一、疫病の魔女がユースト市国に疫病の呪いをかけたなら、大魔法使いであるこの俺が、無償で国民全員分の治癒薬を提供しよう。大魔法使いカイラの治癒薬の評価は知っているな?」
「そ、それはもちろん!ほとんどの怪我・病を治す、かなりの高級魔法薬……。それを無償で?国民全員分?」
リダは興奮したように聞き返した。
カイラはフン、と鼻を鳴らした。
「サンプルも100ダースほど置いていく。ああ、ちなみに女子供でも我慢すれば飲めるレベルに最近改良したばかりだから。感謝するんだな」
大量の治癒薬が目の前に現れると、リダはポカンとしてしまった。
「さ、これで、信用できる?」
「ここまでしていただいたなら、信用しないわけにはいかないでしょう」
リダは神妙に頷いた。
「あともう一つ」
「はい」
「百年前。貴様の国に流行り病があった事は知っている?」
カイラの問いに、リダは少し首を傾げて答えた。
「えーっと……一応。わが国の歴史として存じています。そうだ、あれも魔女が疫病を流行らせたと記録がありました。原因となった魔女はどこかへ逃げてしまって、それから数年かけて疫病はゆっくりと治まったとか……」
「知っているのはその程度か」
「……何が言いたいのでしょうか」
「別に」
カイラは厭らしい顔で笑った。
「まあ、貴様は貴様で自分の国の為に励めばいい。私は私で、あの小娘はあの小娘で、生きていくのだから」
それだけ言うと、カイラはリダに背を向けた。
あとは決して振り向くことは無かった。多分もう会うことは無いだろう、とカイラは思った。
※※※※
「本当に、許していただいたのですか?」
ユキは、ユースト市国から戻ったカイラを出迎えながらそうたずねた。出迎える前にきちんと眼鏡をかけて、カイラを不用意に誘惑しないようにしっかり気をつけている。
「正直、結局駄目で連れて行かれる覚悟をしていました」
「貴様は本当に俺をみくびっているようだな」
カイラは呆れたように言った。
「この俺が大丈夫だと言えば大丈夫に決まっているだろう。ま、実際は改良した治癒薬の治験も兼ねるつもりだったが、なんだかやる気が無くなったから別にもういい」
楽しそうにカイラは治癒薬の整理を始める。
そんなカイラの後ろ姿に、ユキはそっと身体を寄せた。
「な、何だ急に!無防備な背中を狙うんじゃない!」
「カイラ様、私、本当にここにいてもいいのですか」
「は?」
「私、カイラ様に酷い事しました」
ユキはカイラの背中に顔を埋めた。
カイラは小さく息を吐くと、いつもの偉そうな口調ではなく、優しい口調で小さな声で言った。
「酷い事なんかしていない。俺は貴様が来てから毎日楽しかった」
カイラは、背中にくっつくユキの手をそっと握った。その手には、先日渡したエメラルドグリーンの指輪がついている。
「解呪の仕事をしていれば、妬み恨み嫉みの話ばかり聞く。呪いの原因の多くが、戦争だったり、跡目争いだっり……。そんなもの面倒くさいから俺は事情を聞かないし、人にもあまり深く長く関わらないようにしてきた。
貴様が来て、解呪がすぐできないせいで長く関わってしまって……。楽しくなってしまった。ずっとこの小娘と一緒にいれたらいいのに、と思ってしまったんだ。
……あと、……あんな甘えをちゃんと受け止めてくれたのも嬉しかった……、と……、俺の中の変態が言っている」
「変態じゃないですよ!子猫ちゃんみたいに可愛い……」
「それ以上言うな」
カイラはムスッとユキの言葉を遮る。
ユキがカイラの背中に顔を埋めたまま、少しだけ静かな時間が通り過ぎた。
カイラは、振り返り、ユキの肩を掴んだ。
「ユキ」
真剣な表情で、下を向いたままのユキを呼ぶ。
「俺は器が大きいからな。貴様のその、多分まだ燻ってる過去の恨みも含めて面倒をみてやるつもりだ。だからここにいても、いいから」
「カイラ様……」
ユキは顔を上げた。
その途端、お約束のように眼鏡が外れ、思いっきりユキと目のあったカイラはガクッと頭を垂れた。
「ああ、ごめんなさい!」
ユキは慌てて眼鏡をかけ直してカイラを支えた。
しかし、すでにカイラは、いつもの甘えん坊モードになってしまっていた。
「ユキちゃん♡俺の可愛いユキちゃん♡だっこもっとして。俺もいっぱいだっこしてあげるー。えへへー、これからずーっと一緒にいようねぇ。にゃんにゃん♡大好きだよ。ユキちゃん大好き」
あと十分くらいすれば、我に返った器の大きいはずのカイラが、今の件でまたプリプリするだろう。
ユキ自身で誘惑魔法の呪いを解いてもいいのだ。しかしそうすると、素直になれないカイラがユキを手元に置く言い訳を、奪ってしまうことになる。
――それはこっちも困るし。このカイラ様は可愛いし、もう少しだけこのままで。
ユキはにゃんにゃんと甘えるカイラの唇に、そっと口づけをした。
……
………
…………
「いいか?本来俺はキスされたくらいで鼻血を出して倒れるようなガキじゃないんだ。わかるよな?」
「はい。わかっています」
「これは事故だ」
「はい。わかっています。もう二度とカイラ様にキスするなどという無礼はしません」
「馬鹿なのか貴様は!そういうことじゃないだろう!」
「誓って、二度としませんから!」
「違うだろ!!」
End
この後、あと1話だけあります。




