第12話③
目を覚ました時、ユキはベッドに寝かせられていた。カイラの匂いがしているので、おそらくここはカイラの部屋なのだろう。
拘束もされておらず、目隠しもされていなかった。
ユキはゆっくりと起き上がって窓から真っ暗になってしまった外を眺めた。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
あのリダとかいう忌々しい王子が来なければ、もう少し余裕を持って準備をして、確実にあの小国を疫病で呪う事が出来たはずだ。こうして大魔女とバチバチに手合わせする必要なんて無かった。
いや、違う。
油断していたのだ。
初めて会った大魔女が、思った以上に可愛くて、優しくて。
誰にも心を許さずに百年近く一人でいたユキにとっては、あのカイラの存在こそがまさに誘惑魔法だった。
だからこそ、あんなチャラいキャラで身分を隠して疫病の魔女を探していたリダにも気づかなかったし、治癒薬の解析もダラダラとしてしまった。
さっさとやろうとすればできた、いや、カイラの留守のすきに治療薬を盗んで立ち去ることだってできたのに。
そう言えば、カイラが雷におびえている時に治療薬を持って外に逃げれば逃げ切れたかもしれない。そんなチャンスもあったのに。そう、雷が怖いって知ったんだから、雷魔法でも使ってやればよかったのだ。知った時は弱点を知れたと喜んだのに。彼女が怖がる姿を見たくないと思ってしまった。
「甘いのは私だ」
ユキはボソリと呟いた。
百年、ずっとずっとあの小国に復讐することだけ考えていたのに、この数日、カイラと一緒に過ごしていた数日、その事を忘れたいと思ってしまった自分の意志の弱さに、ユキは泣きたくなった。
「目が覚めたか、この嘘つき小娘が」
いつの間にか、カイラが部屋に入っていた。カイラ自身があの赤い眼鏡がかけており、堂々とユキの事を睨みつけていた。
「あのトリモチな、俺の魔法も弾くから貴様をあれから剥がすのは相当苦労したぞ。こうして綺麗な状態で眠れていたことを感謝するがいい」
偉そうにカイラはそう言い放った。
「私は、百年前、処刑から逃げ出してから少し後、ユースト市国に戻ったんです」
話しの流れを切って、ユキは唐突に言った。カイラは何も言わず、黙ってユキの前にしゃがみ込んだ。ユキは下を向いて続ける。
「逃げた後も流行り病の研究を続けいたんです。そして効果のある薬を発明して、ユースト市国に戻ってそれを王様へ渡しました。そして、私が病を広めたなどというデマを取り消して欲しいと願いました。これでまた、私はユースト市国に戻れると思いました。また国の人達と仲良く暮らせると思いました。
でも王様は、薬を受け取ったのに私の願いを聞いてはくれませんでした。王族が国民に嘘をついたことになるのは困るから。と……」
ユキは、声を震わせた。泣いてはいなかった。
「結局私は、あれからずっと一人でした。一人でずっと、復讐の事だけしか考えていなかった。誘惑魔法を使って色んなお金持ちの人に寄生しながら、ずっと一人で、ずっと……色々人の気持ちも分からなくなるくらいまで……」
「ユキ……」
カイラがユキの顔に手を伸ばした途端、ユキは顔を上げた。眼鏡ごしにカイラと目が合う。
「カイラ様、なぜ私を拘束していないのですか」
「は?」
「ユースト市国に、私の身柄を引き渡すのでしょう?こうしていれば、私は逃げようとしますよ」
ユキは、投げやりになりながらそう言った。
そんなユキに、カイラは大きなため息を吹きかけた。
「貴様は一体何を聞いていたんだ。俺はまだ、リダからの依頼は受けていない」
「……でも」
「話を聞いただけだ。話の途中に貴様が割り込んできたからグダグダになったんじゃないか」
「グ、グダグダ……?」
そんな簡単な話?ユキはポカンとしていると、カイラは睨みつけていた表情を少しだけ緩めた。
「まあ事情は聞いてしまったが、それとは関係無しに貴様は俺の依頼者だ。依頼者の解呪が済んでいないのに放り出すなど、俺の沽券に関わる。だから」
カイラはユキのベッドに近づき、片手でユキの顔をむんずと掴んだ。
ほっぺが痛いです、とユキが文句を言おうとした瞬間、もう片方の手で手を握られ、指に何かが装着られた感触があった。
顔を掴まれたままふと見ると、ユキの指には、エメラルドグリーンの石のついた、小さな指輪がはめられていた。
魔女であるユキにはわかる。この指輪の石は、あの魔法の効力を増殖させるペンダントの石と同じだった。ただ、あのペンダントを初めて見た時に感じた、禍々しい程の魔力を感じなかった。多分もう魔道具ではない、ごく普通の宝石になっているのだろう。
本当に作ってくれたんだ。優しい。
カイラはとても優しい魔法使いだ。
そう思った瞬間、ユキは涙が溢れて止まらなくなってしまった。
そんなユキの涙を見ないふりをしながら、カイラは言葉を続けた。
「『見つめるだけで誘惑魔法をかけてしまう呪い』を俺が解呪するまで、貴様がここを出ていく事は許さない。ずっと俺の側にいろ。いいな」
「いや、あの、この呪いは私自身がかけたので、私の意志一つで簡単に解呪できますけど……」
「なぜ貴様は私俺のプロポーズをへし折るような事を言うんだ!」
真っ赤になってプリプリと怒りながら、カイラはドタドタと部屋を出ていった。
「……?あれ?カイラ様今何て言った?」
さっきまで泣いていたし、あまりにも突拍子もない事を言われたため、ユキの頭はその言葉を理解することが出来なかったようだった。




