第86話 鳳海星は今 後編
受験生なので少し更新が難しくて感覚が空いてしまいました。あと1ヶ月で終わるので、それまでお待ち頂けると幸いです⋯。
……思い返すのはやめだ。イライラしてきた。
「クソっ!」
俺は手元にあったテレビのリモコンを壁に投げつけた。リモコンはパキッという音を立てて壊れ、電池が飛び出した。
どうやら電池の蓋の部分が割れたようだった。
テレビではもう次のニュースが流れ、前のニュースとは打って変わって楽しげな子供たちのニュースが流れている。それをこの暗い部屋で見ていると思うとなんだかおかしくなってきた。
「ははっ……そうだ、アイツら探しに行くか。壊せるなら、壊してやる……」
俺の時間はまだ、あの時から動き出していなかった。優希を殺し損ねた挙句捕まった、あの日から。
そして同じく、アイツらを恨む気持ちも収まってはいなかった。
☆
決めてからは早かった。
居場所は分からなかったので調べた。当然金がかかった。より生活費を削り、少し金も借りた。
これで捕まっても後悔はなかったので、逃走手段は用意せず、近くのホテルを予約して泊まった。
「明日か……」
少し風が冷たくなり始めていた。木々は葉を落とし、色が褪せていく。ふと外を見ていたら、下を歩いている通行人と目が合った気がした。
まだこの季節には早い、厚手のコートを着た女だった。長い茶髪で、何故かこちらを見上げていた。
気味が悪くなってカーテンを閉め、俺は窓から背を向けた。
☆
次の日、朝早く目覚めた俺は、高鳴る胸を抑えてホテルを出た。朝早くと言っても出たのは7時くらいだったので、街にはまばらに人が歩いていた。
その中を少し早足で歩き、住宅街の方へ向かう。住宅街に入ると人通りはより少なくなり、朝の、静かな街が周りに広がった。
(ようやくこの悪夢が終わるんだ……アイツらを殺れば!)
日曜日。朝早くから起きているやつは少ない。少なくとも、この寒い中、外に出ようとは思わない。そんな中を歩いている俺は、1人だった。
都会ならではの喧騒もなく、通行人もいない。まるでこの広い土地に1人で取り残されたかのような感じだった。
(ひとりぼっち……俺だけ……?)
……いや、気にするな。今はそこじゃない。
そうこうする内に、優希たちが住むアパートの前まで来た。
「ようやくだ………ようやく、殺れるんだ。ふふっ……ははは……」
心の中の違和感には目を瞑って見ないふりをした。何故か殺したくないような、そんな違和感に。
俺はインターホンを押す。しばらくして、寝ぼけたような男の声が聞こえてきた。
『はぁい?』
「すいません少し聞きたいことがあって」
『はーい少々お待ちください』
プツッと音が切れ、声が聞こえなくなった。バタバタとしているので、着替えたりしているのだろう。
びっくりするほど穏やかな声が出た。何年も前、高校の時よりももっと前、そう、小学生の時には持っていたような声だった。
俺は鞄から包丁を取り出した。するとその瞬間、背後から女の声がし、頭に鈍い衝撃が走った。
「ダメでしょ? 私の獲物を横取りしちゃ。海星」
その女を見つめると、昨日の、長い髪の、コートを着た女だった。
「あれ、まだおきてるんだ。はいじゃあもう1発。眠っててね」
「うっ!?」
そこで俺の意識は途切れ、視界は真っ暗になった。
「遅くなってすみません。……あれ?」
優希が出てきた時には、既に誰もいなくなっていて、地面に少し、血の跡が残っていただけだった。それも、よく見なければ分からないようなもので、優希は気づかなかった。
☆
目を覚ますと、そこは真っ暗な部屋だった。一瞬まだ夢の中なのかと思ったが、それも違う。何かの臭いがした。嗅ぎなれた嫌な匂いだった。
だんだん目が慣れてくると、そこは俺の家だということに気づいた。異変があるとすれば、俺の手足が椅子に縛られていることだ。
周りを見ていると、廊下から足音が聞こえてきて、俺は身構えた。
「ん? あぁ、もう起きたのか。早かったね」
「なんでこんなことするんだよ? おい! 俺の邪魔をするなよ! あとちょっとだった。あとちょっとであいつを殺れたんだぞ!?」
「そう騒ぐなよ。馬鹿に見えるよ?」
「あ゛ぁん?!」
女は部屋の中を見渡して言った。
「それにしても汚い部屋だね。カビ生えてんじゃないの? 掃除しなよ。不潔だなぁ」
「っ……、うるっせぇ! 早くこれ解けよ!」
「きゃーこわーい。大人しくしてなよ」
女は聞く耳を持っていなかった。俺も、聞く耳なんて持っていなかった。だが、これ以上言っても無駄なことだけは分かった。
見覚えのある顔だった。いや、見覚えがあり過ぎる顔だった。あの忌々しい日々の中で、唯一俺が輝いていれる場所だった、あの。
「……あ、気づいた? そう。私だよ私。神楽坂絵里だよ」
「やっぱそうだよな。なんで俺をこんなふうにするんだよ? あのまま一緒にアイツらを殺せばよかったじゃねぇか」
「嫌だなーもう。私の獲物だって言ったよね? 私がやらなきゃ意味ないんだよ。改心したようなやつも、勝手に殺しに行こうとするやつも、面倒で仕方がない」
勝手に殺しに行こうとしたやつは俺だろう。改心したやつって瑠璃か?
「瑠璃はどうしたんだ?」
「んー……遠いところに行っちゃったかな。もう二度と会えないねぇ」
「お前、殺ったのか? 瑠璃を」
「さぁ? どうだろうね。でも、すぐに君も同じ所に行かせてあげるよ」
「は……?」
同じところ? 瑠璃と? コイツに殺された瑠璃と?
それってつまり……
「てめぇ! 何するつもりだ! 殺すぞ!」
そう言って俺が暴れると、絵里は不敵な笑みを浮かべた。その笑みに得体の知れない恐怖を感じ、背筋にヒヤッとしたものが走った。
「殺す、ね……。ふふふ…あはははは! 私を殺すだって? この状況で? やってみなよ。ねぇ!」
「ごぇっ!」
「ほらほら、やれよ? なぁ?! やってみろって!」
「ごふっ、うぶっ、ぐっ」
「はぁ……つまんないなぁ!」
絵里に腹や顔、股間を執拗に蹴られる。その絵里の顔が、かつての俺が優希を蹴っていた時と重なった。憎しみ、喜び、優越感。それに加え、殺意がこもった瞳が俺を貫いた。
コイツは俺を殺すつもりだ。本能でそれを理解した。その瞬間、恐怖心が湧き上がってきた。
「ぐぶっ……やめろっ……じにだくない」
「はぁ? 苦しんで苦しんで苦しんで……そうして生きる気力もなくなったら、じわじわと殺す。そこまでやって、私のお前への復讐は終わるんだよ。付き合ってね?」
「ひっ……」
酷く歪んだ笑みを浮かべた絵里は、手にナイフを持ってその手を振り上げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
ナイフは、左の太ももに突き刺さり、絵里は俺の肉を裂き始めた。
こんなところで死ぬなんて………くそっ。死にたくない死にたくない死にたくない……! 嫌だ嫌だイヤだいやだ!
最後まで抗った海星が最後に見たのは、不敵に笑う絵里の顔だった。
☆
『ーー続いてのニュースです。昨日、〇〇市のアパートから男性の遺体が見つかりました。男性は胸に刺傷があり、警察は他殺の線で捜査を行っています』
ふふふ…追ってこれるかな? 私の復讐を邪魔したあいつが悪いんだから……
次は優希に莉奈、詩織と那月だ。呑気に待ってればいい。あなた達を完全に破壊することで、私の渇きは満たされる。
絶対に、忘れられない日にしてあげよう。
読んでくださりありがとうございます!
赤井藍です。前書きにも書いた通り、受験が終わるまでしばらく更新が難しくなります。
4月頃から部活動も忙しかったため、中々更新が出来ませんでした。あと数話で完結に出来ると思うので、お待ちいただけると幸いです!
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