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第81話 鈴谷健一の幸せ

鈴谷さん編です。まずは主要な人物からは少し離れた所からいきます。


個人的に幸せになってほしかったのでしっかり目に描きました。

 妻と離婚をして、それで正しかったとは分かっていてもやはり寂しく感じる。

 離婚したときに進めていた事業が軌道に乗り、今日はもう一人の代表取締役で副社長、つまり友人と飲みに出掛けようとしているところだった。


 二人だけでサシ飲みなので、気楽に飲めると思っている。厚手のコートを羽織って、私は外に出た。




 ☆




 店に入ると奥の方の部屋に案内され、私はその部屋に入る。どうやら既に友人は来ているようだった。



「健一ぃ、レディを待たせるのは良くないよ?」


「ごめんよ。少し時間掛かっちゃって」



 彼女、江南雛(みなみひな)は下座側に座った状態でこちらを振り向いた。

 彼女とは高校からの付き合いで、ずっと距離感や雰囲気が変わることなく過ごしている。彼女のことは信頼しているし、何よりも一緒にいて心地よいというのが良い。


 私が離婚のことで気が滅入っていたときも、彼女は寄り添って励ましてくれていたため、感謝している。


 飲みに行く、と言った割には高級な店だが、社長二人で打ち上げと考えたらそれはそれでいいのかもしれない。

 届いた酒や料理を食べながら、私はそうぼんやりと考えていた。



「ねぇ健一」


「ん?」



 少し酔いが回ってきて、気分が良くなってきたとき、彼女に声をかけられて酒を飲む手を止める。

 彼女の方を見ると、私と同じように酔っているのか少し顔が赤くなっていた。


 声をかけてきた彼女はしばらく何も言わず、何か躊躇っているようだった。



「……まぁ、聞くだけ聞こ。健一は今彼女とか興味ある?」


「唐突だね。……何とも言えないかな。別に女性を信じられないって訳じゃないんだけど、また浮気とかされるのが怖くてね」


「ふーん、そっか。……チャンスが無いわけじゃないんだ」


「ん?」


「なんでもないよ」



 彼女から恋愛の話をされるのは初めてなので、珍しいなと思う。私たちもまだ20代なので一回くらいはあってもいいと思うのだが、今まで一回もそんな話をした事は無いはずだ。


 もしかしたら高校時代にあったかもしれないが、もうあまり覚えていなかった。


 元々彼女は見た目が整っている割には浮いた話の1つも無かったため、不思議ではないと言えば不思議ではない。



「珍しいね、雛がそういうこと聞いてくるなんて」


「まぁ、手遅れになったら取り返しがつかないってのは、よく分かってるからね」


「……?」


「分かんなくてもいいよ。そのうち分かるからね」



 絶妙に話が噛み合ってないような気がして、私は首を傾げる。どちらも酔っていていつもより頭が働いていないと思うので、私は深く考えることをやめた。


 折角こういう話が出たので、この機に聞いてみたいことを聞いてみようと思い、私は彼女に質問する。



「逆に雛は好きな人とかいないの? 気になる人とかさ」


「んー、いるよー。本人は全く気づいてないみたいだけどね」


「へぇ、どんな人なの?」


「私たちの会社で同い年の人。優しくてかっこよくて良い人だよ」



 雛に好きな人がいるとは驚きだった。しかもそれが同じ会社にいるという。雛はあまり社員と関わるようなタイプでは無いため、同い年にそんな人がいるとは知らなかった。


 私が「へぇ」と呟いて考えていると、雛から呆れたような視線を向けられる。



「鈍感だね、ほんと。ずっと前からそう」


「何が?」


「いいよ、もう」


「教えてくれない?」


「……」



 何故私が鈍感なのかと聞いても、彼女は話すつもりはないらしい。私が聞いてもそっぽを向いて口も聞いてくれなかった。


 どうやら呆れたのと同時に怒っているようでもあった。何故そう思われているのかは分からないが。


 その後、機嫌がなおった彼女としばらく飲んだ後、久しぶりに軽い足取りで家に帰った。これはきっと、酔っていたからではないと思う。




 ☆




 数週間後。オフィスに顔を出すと、待ち構えていたかのように割と仲のいい部長から声を掛けられる。



「社長、ちょっと聞きたいことが」


「どうしたのかな? 何かトラブルでも?」


「いえ、個人的に聞きたいことが……」


「なるほど、分かった。行こうか」



 休憩室に行き、一応人がいないのを確認して話を始める。さっきまでと違い、少し表情の和らいだ部長が話し出す。



「それで、どうしたの?」


「ほんとに申し訳ないんですけど、社長のタイプの女性ってどんな人ですか?」


「え?」


「いやその、ここだけの話にしてほしいんですけど、社長が離婚したのを知ってアピールしようとしてる女性社員が結構いて。

 それで私が社長とそこそこ仲がいいことを知って聞いて欲しいと頼まれたんです」


「あ、そう……」



 離婚の話が広まっていたとは思わなかったし、私のことを狙っている人がいるとは思わなかった。普段そう多くは顔を出さないため、自分のことを知る人がそんなに多いとは思っていなかったのだ。


 今は恋愛に消極的になっているし、タイプと言われてもよく分からなかった。ふわっとしたイメージしか思い浮かばなかった。



「浮気しない人、というかすぐ目が眩まない人というか……。ごめん、よく分かんない」


「いや、すいません。こんなときに聞いちゃって」


『……』



 気まずい雰囲気になり、その雰囲気に耐えられなくなった私は話を変えることにした。



「……ねぇ、この間雛と飲んだ時に、『好きな人は同じ会社で同年齢の優しくてかっこいい人』って言われたんだけど、心当たりないかな?」


「はぁ、心当たりもなにもそれって……」


「あ、いるんだね。それって誰?」


「えぇと、これ言っていいやつなんですかね」


「うん、気になるから教えてくれると嬉しい」



 私がそう言うと、部長は誰も居ないのに周りをキョロキョロと見渡しだす。その様子はまるで敵を警戒する小動物というか、とにかく怯えているようにも見えた。


 部長は意を決したように胸を数回叩くと、まっすぐに私の目を見つめてくる。



「社長、いや鈴谷さん。江南副社長は鈴谷さんのことが好きなんだと思います」


「……え?」


「この会社に副社長と同年齢で顔立ちの整っている人は鈴谷さんくらいです。私が知らないだけで他にもいるのかもしれないですけど、副社長は滅多にオフィスに来ないですから。いつも鈴谷さんと一緒に居ると思いますし」


「いやでも……」


「でもじゃないですよ。きっと鈴谷さんが鈍感なだけです」



 部長の強い瞳で見つめられ、私は言葉を失ってしまう。そこまで言い切られるとは思っていなかったし、雛が私のことを好きかもしれないというのは信じられなかった。

 少し考える時間が必要だと思い、私は部長にお礼を言って彼を帰す。彼が休憩室の出口まで行ったところで、突然動きが固まる。何かあったのかなと思っていると、逃げるように去って行く部長と入れ替わるように雛が入ってきて、私は思わず下を向く。



「私のいないところで楽しく話してたようで」


「いや、そのー……」


「全部聞いてたからね」


「どこから……?」


「健一がタイプの人を言った時くらいから?」



 結構聞かれていたみたいだった。私が雛について話していた時はすべて聞かれているではないか。

 私が床に向けていた視線を上げると、何故か雛の頬が少し赤い。もしかして自分に好きな人が居るという話をされて恥ずかしくなってしまったのだろうか。だとしたら申し訳ない。


 私が何も言えなくなって誰もいないのに視線を右往左往させていると、雛から話し出す。



「ねえ健一、私絶対に浮気しないし、健一以外に目が眩むことはないよ」


「……え」


「健一は私じゃダメなの? ずっと、高校のときからずっと健一のことが好きなの。私にとって健一だけは『特別』だった。健一の『特別』に、私はなれないの……?」



 潤んだ瞳の、今にも泣きそうな感じの雛からそう言われる。私は何が何だか分からなくなって、近くの壁に向かって後ずさりする。雛もだんだんと近づいてきて、私は遂に逃げ場が無くなってしまう。



「健一……お願い答えて。振るならそれでもいい。私の初恋なの。もし振るのなら、私を早くこの呪いから解放して」



 雛の目から、涙が零れ落ちる。



「それは今じゃないと駄目? もう少し考えちゃ」


「駄目。今、ここで答えて」


「えっと……」



 私は目を瞑り、今までのことを思い返す。


 高校の頃。気が合うからと言って話すようになり、毎日図書室の開放時間ギリギリまで二人で色々なことを話した。

 大学の頃。私が一目惚れをしたと言うと、雛は少し目を伏せて「頑張って」と言った。

 私が結婚すると言った時、雛はまたも目を伏せて「おめでとう」と言った。

 私が離婚すると言った時、雛は顔を歪めて「大変だったね」と呟き私を慰めてくれた。


 ずっとここまで寄り添ってくれたのは雛だった。雛の気持ちにも気づかず数々の酷いことをしてきたが、そんな私が雛と付き合う資格はあるのだろうか。


 私は暫くやんだ(悩んだ?)末、目を開く。雛は覚悟を決めたのか、涙はもう止まっていて、まっすぐ私の目を見つめている。



「雛、私は雛の気持ちに気付かずに傷つけるようなことを言ってしまったし、してしまったね。そんな私に雛を手にする資格があるのか分からなかった。でも、正直に言うね。……雛」


「うん」


「ずっとそばにいたのに気づかなくてごめん。今からでも私と付き合ってくれますか?」


「もちろんっ!」



 雛は私の返事を聞くなり私に抱き着いてきて、私はそれを優しく包むように抱きしめる。雛のぬくもりが伝わってきた。

 雛は顔を上げて私を見ると、私に唇に触れるだけの、軽いキスをしてくる。



「あはは、ファーストキス」


「雛、好きだよ」


「……うん、私も。愛してる」



 雛はそう言うと泣きながら満面の笑みを浮かべた。私は、そんな雛に向かって今度こそは間違わないと誓ったのだった。





 一年後、彼らは盛大に結婚式を挙げた。新郎新婦共に、晴れ晴れしい笑顔を浮かべていた。

読んでくださりありがとうございます。


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