第80話 最高の生活
夏の蒸し暑さと蝉の声によって目を覚まし、起き上がる。今ではもう見慣れた天井は、安心感すら感じる。何だか懐かしい夢をいていた気がするが、あまり内容は思い出せなかった。
「優希くん、おはよう。今日も暑いね」
「おはよ。まだ七月なのにこれだから、八月のことは考えたくもない」
俺が起きた気配を感じて那月が部屋に入ってくる。エプロンを着けているから、どうやら朝食を作っている最中みたいだ。
俺は顔を洗ったり寝癖を直したりしてからリビングに向かい、那月と共に朝食をとる。多少節約もしなければならないから質素なものだが、それでもとてもおいしく感じるのはいつものことだった。
少し急いで朝食を食べ終えると、俺が食器を片付けて那月は身支度を始める。食器を片付けてから俺も支度をはじめ、丁度支度が終わったところでインターホンが鳴る。
二人で玄関まで向かいドアを開けると、いつものように二人が立っていた。
『優希(兄)、那月、おはよう』
『おはよう』
「早く行きましょう。これ以上暑くなるとほんとに溶けちゃいそうよ」
「ね〜。死んじゃいそう」
隣の部屋に住む詩織と莉子は、毎朝決まった時間に家を訪ねてくる。俺たちもその時間に合わせて支度をし、毎朝決まった時間に家を出る。これが俺たち四人のルーティーンだった。
詩織の言葉に従い、俺たちは駅に向かって歩き始めた。
☆
高一のときから約四年。前に那月に言われた通り、俺は頑張って詩織と那月の通う大学に入学した。莉子もそれを追うように今年入学し、今では全員同じ大学に通っている。
詩織は大学院に進み現在学生生活五年目。那月が四年生で俺が三年生。莉子は一年生だ。流石に四人で一緒のアパートというのは難しかったので隣同士の部屋を借りて俺と那月、詩織と莉子でそれぞれ暮らしている。
高校の時と比べて仲が悪くなったとかいうことはなく、むしろ落ち着いた気がする。高一のときは毎日が刺激的で、毎日様々なことをしていたが、最近は文字通り落ち着いている。
好きという気持ちが薄れたわけではなく、この先ずっと一緒だから、という安心感のようなものがあった。
俺も含めて四人とも高校の時より少し大人びて、若々しさというよりは少し大人の色気的なものになったような気がした。莉子は中学のときから胸が成長しなかったことに不満を抱いていたが、前より大人っぽくなったと思う。
そう伝えるとぴょんぴょん跳ねて喜んでいたから、可愛いなと思った。
詩織は俺が大学に入るまで毎週地元に帰ってきていて、那月も同じように帰ってきていた。莉子以外の三人が大学に行ってからは毎週莉子に会いに行く生活になり、二人がどうして地元に帰ってきていたのか分かったような気がした。
とにかくいろいろなことがあったが、俺は毎日が楽しかったし、幸せだった。
変化のない毎日。良く言えば平和。悪く言えばつまらない毎日なのかもしれないが、俺にとってこの生活は何よりも大切なものだった。
朝起きたら彼女たちがいて、共に大学へ行く。大学から帰ってきたらその日の当番が夕食を作り、皆で談笑しながら食べる。夜は那月と映画を見たり、詩織や莉子とゲームをしたり。勿論そういう雰囲気になったらすることもあった。
変わることのない幸せ。俺たちはその大切さに気付いたのだ。幸せを一気にたくさん感じることは気持ちいいのかもしれない。だがそれよりも、小さな幸せの一つ一つの方が大切なことに気付いたのだ。
夏の暑さに額に汗がにじみ、その汗を拭って空を見上げる。
「……俺は幸せ者だな」
「優希兄、急にどうしたの? ……でもまあ、優希兄と同じで私たちも幸せだよ?」
『勿論』
未だに「先輩」をつけて呼んでいるものの、那月と詩織は本当の姉妹のようだった。
「そりゃあ、よかった」
「ねぇ優希」
「ん?」
俺は詩織の方を見る。
「好きだよ」
「あっ、私も好きだよ!」
「私だって好きだよ」
那月と莉子がその後に続き、唐突に「好き」と言われたことに少し頬が赤くなる。恥ずかしかったとしても、、ここで俺がなにも言わないのは違う気がした。
「俺も皆のこと愛してるよ」
その言葉に三人は首まで赤くし、それぞれ頬を抑えたりうずくまったりジタバタとしたりしている。俺がその様子を少し照れくさくなってみていると、周りからちらほらと拍手の音が聞こえてくる。
周りを見ると結構な数の人が居て、俺は恥ずかしくなって三人を連れて素知らぬ顔でその輪から抜け出した。
暫く歩き人が減ったところで、三人に文句を言われる。俺はそれに対し「元はと言えば三人が始めたことだ」と言うと、三人は何も言えなくなって俺に文句を言っていたのが嘘のように黙ってしまった。
その変わりようが面白くなって俺が小さく噴き出すと、それにつられて三人も笑い出す。
その笑い声に包まれて俺は、今日も最高の一日が始まったなと感じるのだった。幼馴染を自分の中から捨てたことで、俺は最高の生活を手に入れることができた。
(これからも、この生活が続きますように。)
爽やかな風が、俺の頬を撫でた。
(了)
これにて本編は完結です。読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
まだこの後に番外編として元幼馴染たちのパートや石崎&瀬川、更にその後の優希たちについて書くつもりです(メインはこれというだけで、もう少し書くと思います)。
要するにまだ番外編として結構あるわけですが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。
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誤字脱字のご指摘、アドバイスなどいただけると嬉しいです。
(追記:番外編の更新頻度は私がしばらく多忙のため、落ちると思います。申し訳ありません。
R6.3.7 皆様、いつも誤字脱字の報告ありがとうございます!)




