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月不知のセレネー25

 冬木紫苑の話


 その日、私は初めて鍵山さんにスカイプで連絡した。普段からネット経由で話す相手が半井先生しかいない私としてはかなり珍しいと思う。

「鍵山さんにスカイプ通話して」

 私はそう言ってスマートデバイスに声を掛けた。するとデバイスから『はい、わかりました』と返ってきた。声だけで操作できるのは本当にありがたい。

 三〇秒ほど呼び出し音が流れる。私はその間に最初になんて言おうかもう一度考えた。「お世話になっております」が良いだろうか? それとも「先日は素敵な演奏ありがとうございました」がいいだろうか? 考えれば考えるほど分からなくなる。

『はーい。お待たせしました鍵山ですー』

 そうこうしているとスピーカーから鍵山さんの声が聞こえた。私は考えていたことを無駄にするように「こ、こんにちは」とだけ返す。我ながら情けない。対人間相手だと語彙力が足りなくなってしまう。

『こんにちは! この前はどうもでした。久しぶりにショパン弾けて楽しかったですー』

 鍵山さんは嬉しそうに言うと『フフッ』と可愛らしく鼻を鳴らした。その声はこの前の演奏と違って非常に子供っぽく聞こえる。いくらプロのピアニストだからと言ってもまだ一七歳の少女だと改めて感じる。

「本当に素敵な演奏でした。実は『別れの曲』を生で聞いたの初めてだったんですよ。やっぱりCD音源よりずっと良いですね」

『フフフ、そう言っていただけると演奏した甲斐があります。良かったらまた聴きに来てくださいね。クラシックならだいたいできるので』

 だいたいできる。鍵山さんは軽い調子で言ったけれどそれは希有なことだと思う。少なくとも私には出来ないし、もしかしたらプロのピアニストだってそこまでは言い切れないかも知れない。きっと鍵山月音のピアノはもう弾ける弾けないの次元ではないのだ。もっと先。それこそ世界を目指すぐらいに。

「ありがとうございます。それで今日は歌詞のことでご相談がありまして……」

『はいはい、何でしょう?』

「はい、とりあえず仮の歌詞を書いてみたんです。なので良ければご意見いただきたくて」

『わー! すごい! 仕事が早いですー』

 鍵山さんは本当に驚いたような声を上げると再びあの可愛らしい『フフッ』という声を漏らした。どうやら彼女はテンションが上がると鼻を鳴らす癖があるらしい。

「いえいえ、歌詞を書いた経験はあまりなかったので時間かかっちゃってます。作詞って難しいんですねぇ」

 私はそう言ってから「すいません。愚痴っちゃって」と付け加えた。実際、作詞は小説の執筆より難しいのだ。あの短い文字数の中にストーリー性と語幹を入れ込むのは至難の業だと思う。

『そっかぁ。そうですよねぇ。私も歌詞は書けないので気持ちは分かります』

「そうなんですよね。いや、本当に。……ということは『インビジブルムーン』の作詞は遠藤さんが?」

『はい、そうなんです。一応は私が作詞もやってるってことになってますが……。実際はほぼ海音ちゃん頼りです。私がしてることなんて思いついた風景を適当に彼に伝えてるだけですからね』

 彼女はそう言うと少しばつが悪そうに『情けない話ですが』と少し語尾を濁した。

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