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月不知のセレネー20

 遠藤さんとの打ち合わせを終えてから私たちは各々休憩を取った。休憩中の柏木くんがどこに行ったかは分からない。タバコ休憩なのか、それともどこかで昼寝しているのか……。私にはまったく見当が付かなかった。本当に行動の読めない男だ。惣介のそれとは違うけれどだいぶ奇行が多い気がする。

 私は私で喫茶店に残って午後の準備をしていた。休憩という名のロスタイム。思えばスーツを着ているときは常時仕事モード……。ちょっとはあかりを見習ったほうがいいかな? 柄にもなくそんなことを思った――。


「おかえり」

 私が喫茶店で午後の準備をしていると柏木くんが戻ってきた。彼のスーツからは少しヤニの匂いがした。やはりタバコを吸ってきたようだ。

「あれ? 春川部長ずっと仕事してたんすか?」

「ちょっとだけね。これから先方行くに当たって多少は予習しておきたかったんだ」

「やっぱ真面目っすねぇ。出世するわけだ」

 柏木くんは少し冷やかすみたいに言うと「ヒュー」とわざとらしく口笛を吹いた。

「……そんなんじゃないよ。私はそこまで優秀じゃないからね。ただ、凡人だから必死にやってるだけ」

「そうなんすか? だって営業部で春川部長超優秀だって有名人でしたよ?」

 それは初耳だ。まさか私がそこまで評価されていたなんて知らなかった。

「そうなの? そんなの単なるリップサービスじゃない?」

「いやいや、マジですって! あの広瀬部長でさえ春川部長のことは悪く言わなかったんすから!」

 広瀬営業本部長……。たしか西浦さんの天敵だ。通称『万年営業部長』。西浦さんの話だと彼はニンヒアの立ち上げ時からずっと営業本部長だとか。まぁ要は社長の子飼いってことだ。

「ふーん……」

「『ふーん……』って信じてないでしょ?」

「いやいや、まぁ……。そうね。にわかには信じらんないかな」

 正直信じられない。あの広瀬部長が私を評価していたなんてことはあり得ないと思う。彼はとかくパワハラが酷い人物なのだ。それこそ入社初日に新入社員を退職に追い込むような……。そんなやべー奴だ。

「まぁ、とりあえず褒め言葉として受け取っておくよ」

「いやいやいや、嘘じゃないっすから!」

 柏木くんは思い切り首を横に振った。このリアクションから察するに七割強は本当のことのようだ。

「ハハハ、もういいよ。それより……。その『春川部長』って呼び方ちょっと嫌かな。一応ウチらためだしさ。そりゃあ社外とか、会議とかなら良いけど二人んときは止めてくんない?」

 私はここ数日思っていたことを彼に伝えた。正直嫌なのだ。同世代の。しかも同期入社の男に役職呼ばわりされるのはあまりいい気がしない。

「え? 良いんすか?」

「うん。いいよ。つーか敬語も使わないでいいよ。なんてゆーかなぁ……。その中途半端な後輩言葉はマジで止めて欲しいんだよね。結構ウザいよ」

 私はここぞとばかりに思っていたことを全て吐き出した。たぶん最近忙しかったせいでストレスも溜まっていたのだと思う。

「ああ、そう? そっかそっか。分かったよ。んじゃため口にする」

「うん、そうして。その方がいい」

「了解! あとは……。なんて呼べばいい?」

「春川でも陽子でも何でもいいよ。とりあえず部長は止めて」

「んじゃ! 『陽子ちゃん』で!」

「……まぁいいよ。それで」

 我ながら馬鹿げた会話をしたと思う。そして彼の順応の早さに少し呆れた。さっきまでヤンキーのパシリみたいな話し方だったのにもうすっかりただの同級生みたいだ。


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