5 興味が湧きました
目を覚ますと、見慣れぬ天井だった。赤いレンガでできた、柔らかさに欠けた天井。と言っても、知らないわけじゃない。およそ七百年ぶりに目にしたから、思い出すのには時間がかかったが、
(んん……先生の家だ)
リョーマは体を起こすと、グーっと上体を伸ばした。
「おはよう」
「うぉあッ!?」
意識外から声をかけられて、全身が跳ねた。何者かと、ベッド横の椅子に腰掛けている人物を確かめてみれば……寝起きには眩しすぎる金の装いをした女性が座っていた。
「え、エリィか……」
「お寝坊さんね。クロガネはとっくに目を覚ましているわ」
角に翼に尻尾に……体を覆う鱗が金でできた、派手な竜人だ。その仕草や言動までセレブに見えてくる。
「クロガネ? 誰?」
「あなたが『ぶっ飛ばした』私の友人よ」
「ああ、あの頭でっかち!」
リョーマの声は、寝室中に響き渡った。あるいは外にも聞こえたのだろうか、何者かがドタドタと音を立てながら走ってくる音が聞こえた。
「誰が頭でっかちじゃ!!」
(出たぁ!?)
扉を(なぜか)蹴り破って侵入してきたのは、体のあちこちが黒い鱗で覆われた、女型の竜人だった。以前は鱗のところどころが赤く光っていたが、今は全て真っ黒だ。放射熱も感じない。
「人間は脆くて敵わんのぉ。わしに勝ったというのに、わしよりも寝込むとは」
「勝った? ……ああ! そういえば喧嘩したな」
ようやく頭が冴えてきた。エリィを追いかけてきたこの戦闘狂にムカついて、派手に殴り飛ばしたんだった。容赦せずに打ち込んだつもりだったが、流石はドラゴン、もうケロっとしている。
「カカ! 果たして喧嘩になっとったか、甚だ疑問じゃが……お主の力量には度肝を抜かれたわい! どれ、名を聞かせてみよ」
「ん、俺ぁキノシタリョーマだ。リョーマでいい」
「リョーマ……趣深い名じゃのう。わしはクロガネじゃ。お主の気が許すならば、また手合わせ願いたい」
クロガネが手を差し出した。ただ手を取るだけだと、やる気満々だと誤解されそうなので、
「ん、まぁ、気が向いたらな!」
そう付け加えつつ、彼女の手を握り返した。臨戦態勢でなくとも、温度の高い手だった。
「はぁ、やれやれ。久しぶりに戻って来たかと思えば、意識のない状態で運ばれてきて……しかも、竜人が二人もセットときた。クロガネさん、後で扉は修理してくださいね?」
「うぐっ」
(……この声は)
聞き覚えのある声だった。低く、落ち着いた声で、言葉選びにはどこか圧がある。
その声の主は、クロガネが破壊して完全開放状態になった出入り口から、こそっと姿を現した。黒いローブに、眼鏡をかけ、髭が伸びっぱなしになっている。この世界では珍しく、肉体年齢が三十前後で止まっているのだ。
「ニコラス先生!」
「久しいね、リョーマ。七百年と三か月ぶりだ」
ニコラス先生———リョーマがこの世界に降り立って最初に会った人物だ。路頭に迷っていた彼に、この世界の知識や言語、そして住む場所を提供してくれた。なんと彼も異世界人、何ならリョーマと同郷(同じ世界という意味)であり、もとは北米で暮らしていたんだそう。なので初めリョーマは、ニコラス先生とすらも会話できなかったのだが、そこは時間が解決してくれた。
「彼の体を診てもいいかな」
「おっと、すまん」
クロガネは大人しくその場をどいた。ニコラス先生は手際よく触診を行った。
「大丈夫そうだね。流石、健康が取柄なだけはある」
「はは、それほどでも!」
「いちいち声がデカい」
「痛っ!?」
頭をはたかれた。相変わらず病み上がりの人間にも容赦がない。
「まあ、問題ないならいい。好きなタイミングで勝手に帰りなさい」
「え、冷たくないっすか?」
「なんだ、馴れ馴れしく茶でも飲むかい? 雨水ならいくらでもあるよ」
「い、いやそれはイイっす。ほら、昔みたいに魔法の勉強とか」
「免許皆伝だって言っただろう。もう君に教えることは何もない」
え~っとわざとらしく口にしても、ニコラス先生には響いていなかった。さっさと立ち上がって、不愛想に背を向ける。
「じゃあリョーマ、またいつか。あ、そうそう、クロガネさんは借りてくから、その辺よろしく」
そう言うと、クロガネに目配せをしていた。彼女は嫌がるような様子もなく、すんなりニコラス先生の後ろにくっついた。
「あら、あら……どういう風の吹き回しかしら」
「リョーマの師なんじゃろう? 余程の強者に違いない!! じゃから、この人間についていくことにした!!」
「ああ……そういうこと」
結局、クロガネの興味は”強さ”にしか無いようだ。ある意味、一途というか、やっぱり頭でっかちというか。
「さて、この後はどうするんじゃ。修行か!?」
「そこの扉の修理。やるのはあなたね。僕は監視」
「なんじゃと!?」
ニコラス先生とクロガネは、そのまま部屋を後にした。クロガネの奔放な言動とニコラス先生の冷静沈着な対応は、何となく、相性が良さそうに見えた。
「ようやく静かになりましたわね」
エリィは一息つきながら、ゆっくりとリョーマに向き直った。竜特有の縦長の瞳孔は、見つめるだけで得も言われぬ圧迫感に包まれる。
(な、なんだ? 変な空気だ)
エリィは不敵な笑みとともに、リョーマを見つめている。吸い込まれるような視線に夢中になっていると、いつの間にか手首に、彼女の尻尾が巻きついていた。
とても重い感触だった。ホンモノの金のようだ。
「……? な、何スカ?」
「あなた、これからどうするのかしら」
「どうって、家に帰るしかねぇだろ?」
「残念だけれど、跡形もなくってよ、あなたの家」
「……オーマイガー」
リョーマの家があった場所は、今や焼け野原の一部となっている。平原が元の姿を取り戻すには、長い時間がかかるだろう。
「あ! 望遠鏡は!?」
「それなら、ここにありましてよ」
彼女が指差したのは、自身の背後だ。後ろを覗いてみると、確かにリョーマの望遠鏡が置いてあった。ちょっと煤を被っているが、ほとんど無傷だった。
「おおー!? 守ってくれたのか! 恩に着るよ!」
何となく、望遠鏡に手を伸ばそうとすると、エリィの尻尾ががっちり絡み付いて動かなかった。……やはり、彼女の様子が変だ。
「え、ええっと……?」
「話を戻しますわ。帰る場所がなくなってしまったようだけど、どうするおつもりかしら」
「あー、それなら、また新しく作りゃいい話だ。あの家も作ったもんだしな」
「へぇ、あなたが?」
「おう! こう見えて、本業は大工なんだ!」
あまり関連性はないが、空いている腕を上げて力こぶを見せつける。特別なリアクションは得られなかった。
「でしたら、新しい家には私の部屋も作ってくださらない?」
「おお、それくらい全然……ん、なに?」
「ですから、私の部屋も作ってください」
表情は全く変わらず、目つきも鋭いままだ。しかし、尻尾が腕を締め付ける力は、僅かに強くなっていた。
「ああ、いきなりで驚かせてしまったかしら? 以前、あなたから質問されたことだけれど……確かに私は、一度死のうと思ったの。けれども、まだその時ではなかった。かと言って、目標があるわけでもないのよ」
「おお、そうかい……」
「そんな折に、あなたと出会った……確か『縁』だったかしら。ステキな言葉ですわ。ねぇ?」
「そうだな、俺もそう思うけど……つまり?」
エリィはようやく、朗らかな笑顔を見せた。頬が熱くなるような、可憐な笑顔だった。
「あなたに興味が湧きました。私が満足するまで、付き合ってくださいますよね?」
「……モチロン!」
その笑顔にやられて、思わず快諾してしまった。手首に巻きつく尻尾の力は未だ弱まらず、その冷たく重たい感触が、体に刻み込まれるようだった。




