4 金の竜人(3)
竜人が二人、首を傾げていた。パチクリと、何度も瞬きしている。
「おまえ……今、なんて?」
「だから! 争うってんなら、俺がエリィの代わりに戦う」
リョーマの顔は真剣そのものだった。それが余計に、彼女には滑稽に見えたらしい。
「わっはっはっは! ……くっくっく……わーっはっはっは!!」
「おい! 冗談で言ってんじゃねぇぞ! 俺ぁ本気だ!」
「かかか……人間風情が、わしとか? 面白いなぁ小僧!!」
「……ちょっと? あなた、まさか」
エリィの憂いはすぐ現実になった。
「よかろう! その挑戦、受けて立つ!」
ガツンと、上腕の鱗を強く叩いた。炭に似た鱗はその瞬間、熱のこもった赤い輝きを放ち始めた。そのままぐっと腕を引っ張り、現れたのは刀身が赤い、炭の刀だ。
その一連の仕草を見て、やる気を刺激されたのか知らないが、リョーマもずんずんと前に出た。エリィすら追い越そうというところで、
「待ちなさい!」
止めずにはいられなかった。
「なんだよ」
「おまえ、本気!? 魔法の心得はあるようだけど、相手はドラゴンなのよ?」
「知ったこっちゃねぇ!! ああいう手前勝手で頭の固え野郎は、一発ぶっとばすに限んだ! 止めてくれるな!」
すっかりその気だ。興奮のあまり、息が荒くなっている。
「おまえ、一体……何をムキになっているの?」
「そりゃ怒んだろ! 嫌がってるやつを、無理やり戦場に連れてこうとするとかよォ!!」
「おまえには関係のないことでしょう……!?」
「うるせぇ! 死んだことねぇからそんな呑気なことが言えんだ!」
リョーマは力強い目つきでエリィを見た。エリィは、その瞳の実直さに思わず後ずさりした。人間風情の目力に気圧されたことに気付いたのは、一拍置いてからのことだ。
「寿命がねぇ世界で未練なんか残してみろ。それこそ本当の笑い者だぞ」
自他に関わらず、そんなことは見過ごせない。彼は明言してみせた。
「……勝算はあるんでしょうね?」
「あったりめぇだ。待ってろ、さっさとぶっ飛ばしてくる」
腕をまくって、勇ましい歩様で歩いていく。やがて、刀がギリギリ届かない距離で、両者の睨み合いが始まった。
「命までは取らん。気絶か、他の戦闘不能状態になれば負けじゃ。よいな?」
「ああ、いいぜ。開始の合図は?」
「今じゃ」
(いけない!)
瞬間、炭の刀が爆発的な魔力を放った。黒い竜人はたった一歩だけ踏み込んで、刀を勢いよく振り下ろした。
「大地割砕!!」
再び、大爆発が起こった。エリィは地面に突き刺さった金の壁に捕まって、吹き飛ばされないように耐えていた。
(もう、あの子は本当に……!)
生粋の戦闘狂だ。これでリョーマが死んだら、耐えられぬ方が悪いなどとのたまうのだろう。
完全な不意打ちだった。普通の人間なら、確実に即死している。魔法の心得はあるらしいリョーマがあれに対処できたのか、甚だ疑問だったエリィは、心苦しくも彼のいたところを遠目に見つめた。
「…………?」
どうやら、予想とは異なることが起こっているようだ。
「小僧、どこへ行った!? 骨も残らず消し炭になったんか!?」
そこまでの火力ではなかった。彼女は彼女なりに力をセーブしていた。その上で、リョーマの姿がないようだ。
「こっちだバカ野郎!!」
彼の怒声は、遥か頭上から聞こえた。つられて空を見上げれば、米粒ほどの大きさの男が見えた。
(あの距離の不意打ちを躱したと……!? いや、それよりもあの魔法は……)
彼の周囲を、七つの球が浮遊している。それぞれ色の違う球は、その色の組み合わせになんとなく見覚えがあった。
「光り、輝け、俺の『七つ星』———」
そう唱えながら彼が選び取ったのは、赤く輝く光の玉だ。
(あれは炎……? 『クロガネ』が火竜なのは、彼も察しているはず)
リョーマは全く怯むことなく、赤く輝く星を握りしめて、標的目掛けて落下している。
(真正面から叩き潰そうというわけ……!?)
だんだんと、リョーマが握っている赤い輝きが強くなっていく。その魔力の高まりは、離れたエリィにもはっきりと感じられた。人間が扱えるとは到底思えないほどの、莫大な魔力だ。
「カッカ———来るか!!」
刀を構えなおした。リョーマは彼女に向かって、落下の勢いそのままに拳を振り下ろし、
「———『火炎星』ッ!!」
その拳から放たれたのは、黒の竜人が打ち込んだ一撃の数十、数百倍の威力を誇る爆発的な炎の塊だった。
全く避ける気がなかった黒の竜人はそれをモロに食らい、炎の塊はそのまま地面にぶつかって、大地を揺らす大きな衝撃を生み出した。
轟音が鳴り、大気が揺れ動く。火炎は平原を焼き、大地を抉ってひっくり返した。
燃える大地によって巻き上げられた熱い空気が、遥か上空であっという間に積乱雲となり、やがて大雨が降り始めた。しかし雨粒のほとんどは、大地に辿り着く前にその熱で蒸発し、また上空に運ばれて、新しく雲になった。
エリィはその光景を呆然と見つめていた。何より、爆発の余波は彼女をも襲っていた。重い体が、金の壁ごと吹き飛ばされた。体のあちこちが火傷している。
それなりに時間が経って、リョーマも彼女の友人も姿を現さないことに気付き、これは面倒な事になったと、ようやく察した。
結局、エリィが気絶した二人を回収する羽目になった。その間も雨は降り続け、人の衣服が肌に張り付く気持ち悪い感触に耐えながら、エリィは何とか二人を見つけ出した。
リョーマの家まで持っていこうとして、彼の家が跡形もなくなっていることに気付いた。何なら、彼が自慢げに見せてくれた望遠鏡も消えてなくなっている。とにかく、野ざらしはまずいだろうと、近くの街を探すことにした。
エリィ達が去った後も、しばらく雨は降り続けた。地表の温度が落ち着き、雨が火災を完全に鎮火して、雨も完全に止んだのは、長い長い夜が明けた後のことだった。




