3 金の竜人(2)
彼の皿は既は空だった。早食いらしい。水晶石はまだ半分ほど残っている。
この「私」を相手に、価値があると言い切って見せたのだ。確とこの目で見定めてやろうじゃないかと、エリィはゆっくり立ち上がって彼に続いた。
外に出ると、視界一面に平原が広がっていた。木々も、川も見当たらない、文字通りの平野。ここには彼の家以外、何もなかった。
背の高い雑草をかき分けて、リョーマのもとに追いつけば、彼は何やら大きな装置をいじくっているようだった。
(こ、これは———)
極めて高度な魔法が組み込まれていることが、すぐに分かった。そしてリョーマは、それを慣れた手つきで操作していた。
「おまえ。それは一体、何?」
「これはな、望遠鏡だよ」
「ぼう、えんきょう……? 確か、星を見るために使う道具だったかしら」
「そう。柄じゃねえかもだけどさ、実は星を見んのが趣味なんだ」
準備が整ったようで、ちょいちょちと、手招きをしている。素直に応じるのは癪だったが、どんな景色が見えるのかも気になって……最後は誘惑に負けた。
腰をかがめ、レンズを覗いてみると、眼前には黄金に輝く星が鎮座していた。極めて解像度が高く、表面の模様を細やかに見分けることができた。
「これは、金星……」
「ああ、となりの星だ。……すげぇよな。ここの金星は、ホントに金でてきてんだから」
リョーマは望遠鏡の隣に座って、空を見上げながら語りだす。
「この世界はすげぇよ。寿命がなくて、地球は俺んとこの千倍の大きさだって言うし、一日の長さも十倍だ。興味本位で宇宙に目を向けりゃあ、おんなじ太陽系があって、かと思えば火星は燃えてるわ、金星は金でできてるわ、水星は液体でできてるわ……」
「……あなたの世界は、一日が随分と短かったのね?」
「ん? ああ、そうだ。寝てる間に朝が来る。夜は寝て、日が出てるときは働く。それが普通だったよ。昼夜逆転してるやつもいたけどな」
「へぇ……短命なくせに、忙しいのね」
「ホントだよな。みんな必死だったよ。ずーっとな」
遠い過去を見つめるような瞳で、彼は空を見上げていた。平原に光源は一切なく、エリィがまとう金でさえ暗闇の中に紛れている。だからこそ、満天の星空に圧倒されるのだ。
「死を望むやつなんてなかなかいなかった」
優しい声だった。彼の視線は、ゆったりとエリィに移された。
「あんたはどうなんだ。もう満足して、死のうとしてたのか?」
「……おまえには関係ないでしょう」
「追われてんのか」
「———!?」
突然、核心を突かれて動揺した。顔に出てしまうくらいに。
「マジで追われてんだ? 物騒だなぁ、こんな良い世界なのに」
「おまえ……なぜ分かったの」
「だって、やけに帰ろうとするし……いやホントに俺に興味ねえのかとも思ったんだけど、そもそも死にたそうには見えなかったからな」
あんなボロボロになってんのはおかしいだろと、彼は自信満々に答えた。
「……いえ、それは……」
「? それは、なんだ?」
区切りをつけようとしたのだ。その時ではないと、後から気付いてしまっただけで。悪いのは自分だ。
「……とにかく、これ以上おまえに用はありません」
姿勢を直して、リョーマに背を向けた。口惜しそうにする彼の言葉が、背中に投げかけられた。
「もう行っちまうのか?」
「ええ」
「そんなに急ぐことねえだろうに」
「……あなただって、要らぬ諍いには巻き込まれたくないでしょう?」
「あー、それは……もしかして、手遅れなんじゃねえか?」
リョーマが見つめるのは、彼の家の向こう側だった。夜空の中に、赤い光りを放つ塊が、流れ星のように流れている。
「あら、あら……本当に、困った子」
赤い塊は、しばらくは美しい放物線を描いて飛んでいたが、途中で急に軌道を変えた。その進路は、エリィ達がいる方向だった。
「あ、ありゃあもしかして」
「友人よ。つまり———」
赤い塊は、途中で爆発を繰り返して急激に加速した。
「同胞ね」
それはついに、彼らの目の前に着地した。熱く、凄まじい爆風を巻き起こし、背の高い雑草たちがあっという間に灰になった。
「あ、アチチ!!」
「下がってなさい」
エリィの全身の鱗が輝き、周囲を黄金の風が渦巻いた。その風はすぐに実体となり、爆風から自分の身と、ついでにリョーマのことも守っていた。
「こんなとこにおったか!!」
デッカイ声だった。ハキハキとしていて、圧力を感じる声。
黒煙の向こうから姿を現したのは、鱗が炭のように真っ黒な女型の竜人だった。体のところどころが鮮やかな赤に発色している。実際、彼女の肌は人間には触れられないほど高温なのだ。
「戦場から逃げ出すとは、とんだ腑抜けじゃな、エルドラド!! そんな奴とは思っとらんかったぞ!」
「そうね、自分でもそう思うわ」
早足で近づいてくる彼女を、目で牽制する。
「だ、誰なんだ??」
「友人だと言ったでしょう。同胞の中でも無類の戦好き。死にたいからではなく、死んでもいいから強者と戦いたくて戦争に赴くような子よ」
「うへぇ!? そりゃ筋金入りだな!」
不意に、リョーマの存在に気付いたようで、彼女は足を止めた。片眉を大げさに上げて、明らかに彼のことを訝しんでいる。
「何じゃそれは?」
「ただの人間よ」
「守っとるんか? ただの人間を」
「……色々、縁があったのよ」
「縁~??」
普段、滅多に口にしないような言葉を吐いたからだろう。彼女は爆笑しだした。
「あっはっはっはっは!! なんじゃお主、毒でも食ろうたんか!?」
「ハァ……別にいいでしょう? そんなことより、用向きは何かしら」
無理やり話を切り替えると……彼女も本題を思い出したのだろう。途端に表情が険しくなった。
「戦場に戻れ、エルドラド。わしとお主の約束じゃ。忘れたとは言わせん」
「……残念だけど、お断りよ」
「な、なぜじゃ!?」
「まだ死ぬときではないと悟ったからよ」
「なんじゃと———?」
両者の間に、張り詰めた空気が流れる。リョーマはその様子を、金の壁の向こうから覗き見ている。
「……もはや言葉では通じ合えぬ。わしと戦え。わしが勝ったら、戦場に戻れ」
「いいわ。受けて立ちましょう———」
「ち、ちょっと待ったァ!!」
あわや竜人同士の衝突が起ころうというところで、リョーマが間に割って入った。……より正確には、エリィの手を取っている。
「おまえ、気安く———」
「やるなら俺がやる!!」
「「……はぁ?」」
竜人が二人、首を傾げていた。




