2 金の竜人(1)
目を覚ますと、知らない天井だった。質素でさして高さのない、木造の天井。こんな窮屈な場所で目覚めたのは初めてのことで、思わず顔をしかめてしまった。
ゆっくりと体を起こすと、これまた馴染みのない、白い衣服を着せられていることに気付いた。背中には雑に切り込みが入れてあって、そこから不格好に翼がはみ出している。サイズが合っておらず、裾は長いのに胸周りは窮屈だった。
「……………どこかしら?」
煌びやかに光沢を放つ長髪を揺らしながら、金の竜人は辺りを見渡した。狭い部屋だ。数歩歩けば壁にぶつかる。
立ち上がってみると、造りは意外と頑丈なようで、木製なのに軋む音が鳴らないことに感心した。人間と比べて、自分はうんと重いはずだが、ドンドンと踏みしめても壊れる様子がない。
とはいえ、試すような真似をされるのも怖かったのだろうか。誰かが大急ぎで階段を上り、この部屋に迫ってくる音がした。
「大丈夫かぁ!?」
すごい勢いで扉を開けたのは、自分より少し背が高いくらいの、人間の男だった。
「おお、ようやく目ぇ覚ましたか!! 全ッ然おきねぇから心配したんだぞ」
他の生き物に心配される経験がなかった竜人は、慌てふためいている男を見て呆けてしまった。滅多に見せない、無防備な姿だった……それをリョーマが知る由こそないのだけど。
「おい? 何ボーっとしてんだ?」
「———お前は何者だ」
突然、竜人の瞳が光りだした。翼や尻尾を覆う金の鱗も輝きを放ち始め、小さな部屋を眩く照らし出した。
「ちょ、眩しい!! 夜にそんな輝くな!」
「……夜?」
咄嗟に窓の外を見やると、太陽は遠い地平線の向こうに隠れてしまっているようだった。本当に真っ暗だ。
「あら、あら……本当ね。もう夜なの」
長いこと眠っていたようだ。この男は、自分を恐れたりせず、金に目を眩ませることもなく、回復するまでずっと待っていたらしい……不思議と毒気が抜かれて、いつもの口癖が漏れて出た。
「体調は? もう話せるか?」
「ええ……何の問題もありませんわ。と言っても、おまえと話すことなどありませんが」
人と竜、生物(と魔物)としての格には大きな違いがある。それこそ、数千年では埋められないほどの差だ。……常識だと、彼女は思っていたのだが、
「ツレねえこと言うなよ。あんなとこで何してたんだ? 傷だらけだったじゃねえか」
もう治っちまってるみてぇだけど。まるで敬意を感じられない物言いに、彼女は無性に腹が立った。
「おまえ、私が誰か分からないのかしら?」
「……? 有名なのか? ワリぃけど、遠出したことねぇんだよ。だから世間にも疎くてなぁ……気を悪くしねえでくれ」
「……あ、そう」
こいつはたぶんバカなんだろうと、初めて理解した瞬間だった。
「もういいわ。よく献身的に世話をしてくれました。ですがそもそも、人間風情の世話など必要ありません。それでは」
冷たく言い放ち、そそくさと歩いて窓辺に手をかける。
「あ、ちょっと待ってくれよ!」
「何かしら。引き留める理由なんてないはずですが?」
少しだけ振り返って、不遜な男を睨んだ。人間風情が気安く話しかけるな———そういう意思表示のつもりだったのだが、全く伝わっていないようだった。ケロっとした間抜けな笑顔で、
「いやぁ、そろそろ起きんじゃねえかと思って、わざわざ食料を調達したんだよ。一人じゃ持て余すからさ、飯くらい食ってかねぇか?」
「ハァ、呆れた……」
竜は食料を必要としない。摂取するにしても、それは自然の食べ物ではなくて……とにかく、彼がしているのは「余計なお世話」だ。
「あれだろ。竜人が食うのって、『魔の物』なんだろ。この近くじゃあ水晶石しか取れねえから、それかき集めといたんだ。食ってくれ!」
「———あら、あら……殊勝な心掛けね」
そういうことなら、喜んでいただこう。せっかくの献上品を無下にするようなことがあっては、竜としての品格が疑われる。
そうして、人間の男と金の竜人が食卓に向かい合うことになった。人間は米を頬張り、竜人は澄んだ水晶をバリボリと噛み砕いて飲み込んでいる。
「んで、さっきの続きなんだけど……あんなとこで何してたんだ。酷いけがだったぞ、消耗も酷かった」
「おまえに話す必要がありますか?」
「んや、話しづれぇことならいいんだ。ムリには聞かねぇ」
「あ、そう」
雰囲気はあんまり良くない。同じ空間にいるのに、部屋のど真ん中に明らかな隔たりがある。
「あ! 名前は? なんて言うんだ」
「……名乗る必要が?」
「それくらい、いいじゃねえか。これも何かの縁なんだ、仲良くしようぜ?」
「ハァ……」
人間の性格は個体差が大きい。こいつは特段、馴れ馴れしい性格のようだ。
「『エリィ』とでもお呼びなさい」
「エリィ……! えらく可憐な名前なんだな」
「文句が?」
「ないない、ないよ」
咄嗟に適当に名乗った名前だ。……なのに、いちゃもんをつけられたような気がして苛立ったのは何故だろう。
(どうも、この人間のペースに乗せられている……)
話しにくい男だ。バカそうな割に、真理をつくような言動をする。
「俺ぁキノシタリョーマ。リョーマでいい」
「……異世界人?」
「おう、そうだ! やっぱ名前でバレるもんだな」
異世界人———こことは別の世界で死んだ者が、この世界に流れつくことがある。彼らとこの世界の人間の間に明確な差はないのだが、一つだけ違うのは……死の経験があるという点だ。
「一度、死んだことがあるわけね」
「おう、そうだぞ」
「どうやって死んだのかしら」
「ん、気になるか? つっても、ただの老衰だ。病気には強かったが、寄る年波には勝てなかったよ」
ガハハ。わざとらしく笑っていたが、竜人は無反応だった。
「ふーん……」
「……エリィはもしかして、戦争に行ってたのか? 竜人様があんな大けがを負う場所なんて、それくらいしか」
「お黙りなさい。人間には関係のないこと」
キッパリと言い放った後、正気に戻った。人間の戯言に、真剣になり過ぎた。我ながら、らしくもない……こいつが妙に鋭いから、つい語気が強まってしまった。
「……オホン。余計な詮索はしないで。水晶石をいただいたら、すぐに出ていきますので」
「ぇえ? もう行っちまうのか。せめて、日が昇るまでゆっくりして行きゃあいいのに」
「ゆっくりしてどうするのですか……? ここには何もないでしょう」
「うっ、何も言い返せん」
確かにそうだなぁと唸りながら、何やら考え込んでいるリョーマ。ハッと、何か閃いたような顔を見せると、
「一個、自信作があんだ! それだけ見てってくれよ」
「私が目にする価値のあるものですか?」
「ああ、きっとある! ほら、こっちだ」
リョーマは勢いよく立ち上がって、玄関の取っ手に手をかけた。食事中にはしたないことだと、料理を横目に見てみれば……既に皿は空だった。早食いらしい。水晶石はまだ半分ほど残っている。




