12話・軍と魔法使い、そして皇子
アドラーは淀みない喋りで前のリュシルのことを教えてくれた。
リュシルは十二歳の時、お父様に連れられて軍の訓練の見学にやってきたらしい。
訓練方法についてお父様に話しているところにアドラーが通りがかって、面白そうな話をしているとアドラーが私を掴まえてこの部屋に連れてきたところから交流が始まったらしい。
「……いやちょっと待って。アドラーって何歳?」
「俺? 俺は十九だけど」
「十九って、私と一歳しか違わないんだけど、十三歳の頃からここで働いてるってこと?」
私が目を見開いて身を乗り出すと、アドラーは苦笑して窓の外に視線を向けた。
「なんなら十三歳じゃなくて八歳の頃からここにいる。検査で魔力があることが見つかってしまったもんでね。ほら、俺天才だから」
「アドラーさんはこの国でも三本の指に入るくらい凄い魔法使いなんですよ!」
「ニク、いいからそういうのは」
ニク、と呼ばれた、最初に出てきたおどおどした態度の男の子はえへへとはにかむ。彼も私よりは歳下に見える。十四歳くらいだろうか。
「魔法使いに自由なんてものはない。それはこの国に限らないし、この国はまだ人権が確保されてるほうだと思うけどな。魔力があるってバレたらこの国から出られないし、街にだって簡単には出られない。年齢なんて関係なく幼少期から働かされるもんなんだよ」
話している内容は重い話なはずなのに、アドラーはとっくに納得しきったようにあっけらかんとして淡々と話す。
「それは……どうにもならないことなの?」
「ははっ、初めて会った時と同じことを言うんだな。やっぱお前はリュシルだよ」
お嬢様や優等生のイメージだけでリュシルの人物像を勝手に想像していたけど、実はリュシルは私とそう変わらない性格だったのかもしれない。
「国としては魔法使いを野放しにしておけない理由は色々あるから、俺としては「どうにもならないが、仕方ないこと」として納得してるんだけどな……魔法使いによっては不満を持ってる者がいないではない。自由がない代わりに魔法使いの待遇はこの国の中でも破格だから、他の国に比べたらうちの国はよくやってる方だよ」
「そうなんだ……」
座学では分からないことがあるなとアドラーと話していて実感する。そこで生きている人の気持ちを知らなければ、問題点にすら気づけない。
アドラーは軍所属の魔法使いだということは、魔法が軍事に絡んでいるということ。魔法はこの国にとって生活にちょっと便利なものではなくて、国防や戦争に関わる重要な産業なのだ。
そう考えると、倫理的な良し悪しはさておき、国が魔法使いを囲い込むのも事実として理解はできる。
授業では最近隣国との戦争が終わったらしいことも教わった。結果はこの国、ルーべルージュ皇国が勝ったものの、辛い戦争でうちの国の被害もそれなりに酷いと聞いた。何を目的にした戦争だったのかは教わってないけど、隣国の方から仕掛けてきた戦争だったらしい。普通に考えれば、土地や資源を目的にした国土侵略かなと思うけど、実際はどうだったんだろう。
「戦争は終わったんだよね? 戦時中はともかく、魔法使いは今何をしているの?」
「次の戦争の準備だな。新しい兵器の研究とか」
「それは……」
私はそれ以上言っていいか分からなくて口を噤む。
その仕事にやりがいを感じているならまだしも、幼い頃から国に囲い込まれて強制的に戦争の——人を殺す兵器の研究をさせられて一生を過ごすなんて、嫌になったり反抗したりする人が出てきてしまうのではないか。なにより、自分がその立場だったらと思うと、すごく胸が苦しくなる。
しかし実際にその立場で働いている人の前で言うのはあまりに無神経な気がして、私は視線を落とした。
何か私にできることはないんだろうか。私自身にできることはあまりに少ないかもしれないけど、前のリュシルも軍に関わっていたのなら、私にも何か……。
「名誉軍師リュシル・ナミュールの智慧をまた発揮してくれよ」
きっとその呼び名は前のリュシルも嫌がっていたんじゃないかな、とあからさまに顔を顰めると、アドラーはけらけらと軽快に笑って前髪を掻き上げた。
指令室を後にして、軍の見学を邪魔にならないよう遠くからしていると、遣いの人がやってきて「アンリ皇子がお呼びです」と伝令に来た。
宮廷の奥の方にある、他の部屋よりも一際豪華で重厚な扉の前まで案内されて、私の心の準備を待たずに遣いの人が扉をノックしてしまう。
どうして呼ばれたかも、アンリ皇子がどんな立場のどんな人なのかも授業で少し聞きかじった程度にしか知らないのに、結構横暴じゃないか、と心の中で抗議する。
実際はそんなこと口に出せるはずもなく、息を押し殺して扉の向こうからの返事を遣いの人とともに待っていると、向こう側から扉が開かれた。
「やあ、久しぶり。否、今の君とは「初めまして」になるのかな」
部屋の中央に置かれたソファでくつろぐ金髪の男性は、見た感じ私やアレクシ様と同年代に見える。
授業で習ったカーテシーで礼をすると、アンリ皇子は「ふぅん」と意味ありげに頷いた。
「社会常識なんかもまるっきり記憶喪失だと聞いていたけど、所作は以前のナミュール嬢そのままだ。記憶喪失ってそういうものかい?」
そういうものかと聞かれても、私は以前を知らないのだから困る。そもそも私は記憶喪失でもないし。
「アレクシが君を隠したがっているからどんな状態なのかと思っていたが、意外に元気そうで安心した」
「え……と、お気遣い痛み入ります」
「ああ、立たせたままで悪かったね。座りなよ」
「失礼いたします」
促されるまま、向かいのソファに座ってしまったものの、もしかして座ってしまったら長話になるのではと今更気づいてしまった。
皇族だからなのかアンリ皇子自身の気質なのかは分からないけど、圧を感じてなんとも居心地が悪い。笑みは柔らかいし顔立ちも優し気なのに、どことなく有無を言わさない圧がある。為政者らしいと言えばらしいのかもしれない。
「ところで、私のことも覚えていないのかい?」
「申し訳ありません。授業では少し習ったので、知識程度には存じ上げているのですが……」
「ああ、いい。気にするな。それにアレクシのことは忘れているのに私のことだけ覚えているとなったら、アレクシに来世まで恨まれそうだからね」
「……アレクシと仲がよろしいのですね」
くすくすと笑う彼に当たり障りない相槌をうつと、アンリ皇子は片眉を上げた。
「すごい、まるで他人事だね。君も私たちの輪の中にいたんだよ。もっといえば、君は私に対して様々な国家施策の案を持ち掛けてきては頻繁に議論をした仲だ。例えば、魔力を魔法具にエネルギー貯蔵して生活に役立てる”家電”のアイデアを作ったのは君だし」
「リュシ——私、そんなことをしていたのですか……?」
リュシルは軍に関わって仕事をしていただけではなく、他の国家施策にまで口を出していたのか。しかも魔法に関しての発明もしていたなんて……。
ああでも、私ももしこの世界にお風呂や冷蔵庫なんかの家電や生活用具が整っていなかったら同じことを言っていたかもしれない。そう思うと、リュシルの思考回路は私と似ている気がする。
「記憶喪失になったのは残念だが、今の君にもそれなりに期待できそうだ。また私とこの国の未来について話そう」
重い、重すぎる。今のリュシルの中身は一介の文系大学四年生、しかも就活苦戦中の何の変哲もないどころか何の取柄もないちっぽけな学生だ。一国の未来とか責任持てない。
そもそもリュシルの身体を借りている状態で私があまり好き勝手していたら、リュシルが元に戻った時に迷惑をかけてしまうだろう。
「……また機会がありましたら」
とはいえ圧の強い皇子の誘いを真っ向から断れるはずもなく、返事を曖昧にして愛想笑いを貼り付けた。
アンリ皇子が肩を竦めたから、私の及び腰な心情など全てお見通しなのだろう。
お読み頂きありがとうございました。ブクマ、評価★5、いいね等、励みになります。
日にち開いてしまってすみません、次は明後日更新の予定です。




