第三話 バトル開始
『バトルまで 00:00:30』
画面が切り替わった。
金網のリング。
広くもなく狭くもない八角形。
いくつものライトに照らされ、白いキャンバスが目に痛いほど眩しかった。
リングには、誰もいない。
リングの外にも、誰もいない。
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
画面が右にスライドする。
格子の中に、彼女がいた。
ピンクの下着姿のまま、包丁を右手に握り、前方を睨んでいる。
「これ……。マジなんじゃ?」
画面が左にスライドする。
格子の中に、ヤンキーがいた。
金髪に、暴走族が着るような紫の特攻服。
目は虚ろで、金属バットを握り、半笑いのまま涎を垂らしている。
一目で、異常だと分かった。
「あっ!? ……あれか! ドーピング!」
五分前、ドーピングの是非を問う選択があった。
弱、中、強、最強の四段階。
説明には、痛みと恐れを失い、狂戦士に変える、とあった。
俺は、このアプリを今日始めたばかりだ。
資金がないため、どれも選べなかった。
だが、それは正解だったのかもしれない。
ヤンキーの様子からして、どう見てもまともな強化ではない。
よく似た他人だろうと、彼女がそんな姿になるのは見たくない。
『バトル開始』
機械的な音声と共に、両者の格子が上がった。
「やらせろおおおおおっ!」
即座にヤンキーが動いた。
金属バットを大きく振りかぶる。
彼女の表情だけを捉えるウィンドウの中、彼女が目を見開く。
だが、ヤンキーの攻撃は直線的だった。
彼女は冷静にそれを見ていた。
「おおっ……。」
つい歓声が漏れた。
振り落とされたバットを、彼女はひらりと躱した。
ガシャーン、という音が響き、金網が凹む。
すごい臨場感だった。
ゲームとは思えない。
画面右側に表示された、彼女の名前の横のグッドマークの数字が、すごい勢いで増えていく。
俺も押したが、『資金が足りません』と表示が出た。
「……どういうこと?」
理解が追いつかない。
しかし、ゲームは続いている。
彼女がヤンキーの背中を包丁で突いた。
「ぎゃあああああっ!?」
絶叫が轟いた。
ヤンキーが血走った目で、唾を飛ばす。
特攻服の背中が赤く染まり、垂れ流された小便が床に広がった。
「えっ!? ……えっ!?」
リアル過ぎる。
最近の3Dゲームは、確かに実写さながらに迫っている。
だが、所詮は『さながら』だ。
画面の中は、もはや現実にしか見えなかった。
「……す、すげえ」
彼女が続けざまに、包丁をヤンキーの背中に何度も突き立てる。
「ぎゃ、ぎゃあっ!? ぎゃぎゃぎゃああっ!?」
紫だった特攻服の背中は、すでに赤黒く染まりきっていた。
口を開け放ったまま、ヤンキーの顔が歪む。
「ぐげっ……。」
そして、膝を折る。
次の瞬間、刃が首筋に突き込まれ、血が噴水のように噴き上がった。
返り血を浴びながらも、彼女は止まらなかった。
「ああっ……。」
身体が、ぶるりと震えた。
彼女は、うつ伏せに倒れたヤンキーに馬乗りになり、執拗に包丁を突き立てる。
血が顔から伝い落ち、胸元を赤く染めるその姿を、美しいと思ってしまった。
「……う、嘘だろ」
恐る恐るスウェットの下へ手を伸ばす。
下着を汚してなお、熱が引かず、滾ったままだった。
『死亡確認! 勝者、青!』
機械的な声に、はっと我に帰る。
凄惨というしかない光景。
ごくり、と喉が鳴った。
画面に、数字が表示される。
銅ランク勝利賞金、100万円。
オッズ配当報酬金、218万円。
グッドマーク報酬、172万円。
合計、490万円。
血溜まりの中、彼女が立ち上がり、頭を下げる。
「ありがとうございました」
真っ直ぐに、俺を見ていた。
『おめでとうございます。
あなたの闘士が勝利しました』
直感で理解してしまった。
これはゲームじゃない。
少なくとも、『見ているだけのゲーム』では、もうなかった。




