第四話 現金化
昨夜は、浴びるように酒を飲んだ。
いつ寝たのか、覚えていない。
スマホは枕元に置かれていた。
「……夢?」
からからに乾いた喉と、だるい身体。
風呂場へ向かう。
服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
「えっ!?」
赤い。
一瞬、そう思った。
もちろん、気のせいだ。
シャワーヘッドから、ほどよい湯が出ている。
「あーーー……。」
大きく口を開ける。
潤いが、身体に滲みていく。
胸の奥が、ざわつく。
だが、考えるのをやめた。
******
「いってきますっと」
ドアに鍵をかけ、アパートのエントランスへ向かう。
集合ポストの広告チラシを捨てるのが、毎朝の日課だ。
自分のポストを開け、眉を寄せる。
「うん?」
茶色い封筒。
差出人の記載はない。
封は、されていない。
中を覗くと、幾枚もの紙が重なっていた。
逆さまにする。
「……へっ!?」
左の掌に、帯付きの一万円札が落ちてきた。
思わず固まる。
「……は?」
どこかの部屋のドアが開く音に、身体がびくりと震えた。
慌てて、部屋に駆け戻る。
******
「あの先生さ、厳しいよね」
「でも単位は取りやすいらしいよ」
「去年落としたやついるって」
大学の講義室。
いつも通りのざわめき。
何も変わらない風景。
「昼飯、どうする?」
「俺、金欠」
「なら、学食にすっかー」
だが、ジャケットの内ポケットには、札束の重み。
平静を装っても、鼓動は早い。
それが、周囲に気づかれないかが怖かった。
「あれ? この席、アンテナが立ってねえ」
「……本当だ」
「なに、この不思議スポット」
昨夜、得た賞金。
所詮は、ゲームの中だけのものだと思っていた。
しかし、あの試合の後、色々といじっているうちに見つけた。
現金化のボタン。
最小が百万円なら、単位も百万円。
試しに、百万円だけやってみた。
笑い飛ばしながら、何を買おうかと考えていた。
「課題あったよね、出した?」
「それ、いつ締切だっけ」
「……来週末?」
そして今、現実に百万円が胸にある。
部屋で何度も数えた。間違いない。
透かしも、ちゃんと入っていた。
本音を言えば、大学に来たくなかった。
だが、今日は外せない講義がある。
部屋に置いておくのも、不安だった。
「あれ? あいつ、今日いないの?」
「寝坊したって連絡きた」
「しゃーねーな。名前、書いといてやっか」
彼女はいなかった。
ほっとしたのか、落胆したのか、自分でも分からない。
席に座り、スマホを取り出す。
アプリを立ち上げると、春コーデ姿の彼女がいる。
昨夜、下着姿のままでは可哀想なので着せてあげた。
「前回どこまでやったっけ」
「ノート見せてくれる?」
「そこ、あとで写真撮らせて」
その彼女の上に、『待機中』の札がある。
そして、気づいた。
静止した彼女の両手首に、湿布らしきものが貼られている。
編成ボタンを押し、彼女のステータスを表示させる。
『捻挫(軽度)』のバッドステータス。
妙に納得してしまった。
彼女の腕は細い。あれだけ包丁を力いっぱいに振るえば、捻挫もするだろう。
「みんな、久しぶり~」
「ほんと、久しぶり。一週間もどこ行ってたの?」
「身内に不幸があってさ。それで……。」
「あーー……。四国だったっけ?」
「うん、そう」
彼女の声だ。
思わず視線を向け、目を見開く。
「じゃあ、その湿布は?」
「お恥ずかしながら、昨日転んだときにね」
「あやややや、痛そ~」
両手首に、湿布が貼られている。
画面の中の彼女と、現実の彼女を、何度も見比べる。
服も一緒の春コーデだ。
「それより、ノートの写真を取らせてくれない?」
「もちろんだよ。困ったときは、お互い様ってね」
目が合った。
しかし、彼女は何事もなかったように友達との会話に戻った。
確信した。
彼女は、こちらを知らない。
「でも、優等生のあんたにノートを見せる日が来るとはねー」
「ほんと、それ」
「今日のお昼で手を打とう」
だけど、俺は本当の彼女を知っている。
対戦予定表を見る。
次の戦いは、五日後になっている。
内容は選べるらしい。
通常戦。
武器、防具なし。
バトルロイヤル。
その下にあった『猛獣戦』を選んだ。
「Aランチでいい?」
「それ、一番安いやつじゃーん」
「じゃあ、カレーライス!」
「値段、ほぼ変わらないって」
「せめて、コロッケくらい乗せろ」
彼女のおかげで、資金はまだまだある。
今度は、ちゃんとショップで武器を買ってやろう。
だが、防具は買わない。
下着姿で戦うからこそ、彼女は美しい。
「ぐすん、急な帰省で、お金ないの」
「しゃーない。ジュースで我慢してやるか」
「ありがとう!」
赤く染まった彼女の姿を思い浮かべ、身体が熱を帯びる。
とても我慢できない。
もう講義なんて、どうでもいい。
俺は席を立ち、視線を避けるように講義室を出た。
身体の熱を抱えたまま、トイレへと向かった。




