第5話 セブンスの洗礼
「……ぐ、あああああッ!!」
ビマ、ディマ、アマの三人は、同時に胸を掻きむしり、砂浜に崩れ落ちた。
これまで三つの音で完璧に調和していた彼らの和音の骨格が、無理やりこじ開けられ、4番目の異物――セブンスの魂が流れ込んでくる。
だが、その劇烈な苦痛こそが、覚醒の合図だった。
ビマ――Bm♭5は、m7♭5へ。
ただ不気味だったはずの響きに、新大陸の「7th」が重なる。それは、聴く者を陶酔させる、知的で洗練された「ハーフディミニッシュ」の哀愁へと昇華されていた。
ディマ――Dmは、Dm7へ。
真面目一辺倒だった三和音が、どこかアンニュイで都会的な陰りを帯びる。
アマ――Amは、Am7へ。
王宮での「切なさ」が、より深く、広大な夜空を仰ぐような「夜の歌」へと変質していた。
「……これが、4つ目の音の響きか……」
膝をついたまま、ビマは自分の剣から放たれる、今までにない色気ある振動に震えていた。
サブスティテュートはそれを見て、満足げに微笑む。
「いいじゃない。……少しは『大人の音』になったかしら?」
*
覚醒の余韻に三人が浸っていると、どこからともなく、耳鳴りのような鋭く高い笑い声が響いた。
「ヒヒッ! やっと4つの音? おめでたいねぇ、白鍵育ちの坊やたちは!」
見上げると、そこには夜の蝶のような禍々しい翅を持つ小妖精――オルタードが、宙に浮いていた。
彼女は決まった形を持たず、周りの空気を鋭く(♯)研ぎ澄ませたり、切なく波打たせたり(♭)しながら、もともとの響きを跡形もなく書き換えてしまう、変幻自在の攪乱者だった。
「フン、たった4つの音を重ねただけで『心』が震えるのかい? 案外安い魂だね。……あたしはこの4音の骨格さえも、内側からグニャグニャに捻じ曲げる毒を持っているんだ。お前たちがその単調な響きに飽きた頃、森の奥で待ってるよ」
耳をつんざく笑い声を残し、オルタードが霧の中に消える。
その羽ばたきの軌跡から、キラキラと輝く紫の粉塵が、三人の頭上に静かに降り注いだ。
「……っ、なんだ、今の光は?」
ビマが忌々しげに手で払う。だがその微細な光の粉は、まるでもともとそこにあった汚れのように三人の皮膚へ馴染み、深層の和音へと静かに浸透していった。
それは、いずれ彼らの身体を内側から作り変える、♭9、♯9、♭13という名の、時限式の毒素だった。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
三和音は「ド・ミ・ソ」のように3つの音の重なり。そこに4つ目の音を足すと「セブンスコード(四和音)」になります。ビマたちが手に入れた「7th」は、ジャズなどでよく使われる、少し大人びた響きの音。安定した三和音に、複雑さと奥行きを与える音なのです。




