↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/15

第5話 セブンスの洗礼


「……ぐ、あああああッ!!」


 ビマ、ディマ、アマの三人は、同時に胸を掻きむしり、砂浜に崩れ落ちた。


 これまで三つの音で完璧に調和していた彼らの和音の骨格が、無理やりこじ開けられ、4番目の異物――セブンスの魂が流れ込んでくる。


 だが、その劇烈な苦痛こそが、覚醒の合図だった。


 ビマ――Bm♭5は、m7♭5へ。


 ただ不気味だったはずの響きに、新大陸の「7th」が重なる。それは、聴く者を陶酔させる、知的で洗練された「ハーフディミニッシュ」の哀愁へと昇華されていた。


 ディマ――Dmは、Dm7へ。


 真面目一辺倒だった三和音が、どこかアンニュイで都会的な陰りを帯びる。


 アマ――Amは、Am7へ。


 王宮での「切なさ」が、より深く、広大な夜空を仰ぐような「夜の歌」へと変質していた。


「……これが、4つ目の音の響きか……」


 膝をついたまま、ビマは自分の剣から放たれる、今までにない色気ある振動に震えていた。


 サブスティテュートはそれを見て、満足げに微笑む。


「いいじゃない。……少しは『大人の音』になったかしら?」



 覚醒の余韻に三人が浸っていると、どこからともなく、耳鳴りのような鋭く高い笑い声が響いた。


「ヒヒッ! やっと4つの音? おめでたいねぇ、白鍵育ちの坊やたちは!」


 見上げると、そこには夜の蝶のような禍々しい翅を持つ小妖精――オルタードが、宙に浮いていた。


 彼女は決まった形を持たず、周りの空気を鋭く(♯)研ぎ澄ませたり、切なく波打たせたり(♭)しながら、もともとの響きを跡形もなく書き換えてしまう、変幻自在の攪乱者だった。


「フン、たった4つの音を重ねただけで『心』が震えるのかい? 案外安い魂だね。……あたしはこの4音の骨格さえも、内側からグニャグニャに捻じ曲げる毒を持っているんだ。お前たちがその単調な響きに飽きた頃、森の奥で待ってるよ」


 耳をつんざく笑い声を残し、オルタードが霧の中に消える。


 その羽ばたきの軌跡から、キラキラと輝く紫の粉塵が、三人の頭上に静かに降り注いだ。


「……っ、なんだ、今の光は?」


 ビマが忌々しげに手で払う。だがその微細な光の粉は、まるでもともとそこにあった汚れのように三人の皮膚へ馴染み、深層の和音へと静かに浸透していった。


 それは、いずれ彼らの身体を内側から作り変える、♭9、♯9、♭13という名の、時限式の毒素だった。



**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**


 三和音トライアドは「ド・ミ・ソ」のように3つの音の重なり。そこに4つ目の音を足すと「セブンスコード(四和音)」になります。ビマたちが手に入れた「7th」は、ジャズなどでよく使われる、少し大人びた響きの音。安定した三和音に、複雑さと奥行きを与える音なのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。