第4話 裏の魔女サブスティテュート
クロマティックの回廊を抜けた先に広がっていたのは、不気味な青い光が差す海岸だった。
レコード盤のように黒く艶めく砂浜。深いスリットの入ったドレスを纏い、細い指先で紫の煙をくゆらせる女が、波打ち際に座っていた。
「あら……」
女は、値踏みするように三人を見た。
「Cメジャー王国の坊やたちが、こんな汚れた砂浜に何の用かしら?」
「お前は……」
ビマが剣の柄に手をかける。
「サブスティテュート。裏の魔女、とでも呼んでもらおうかしら」
その声は、聴く者の理性をとろけさせるような、甘く危険な不協和音を孕んでいた。王宮の堅苦しい階段を登らずとも、物事の核心へ「半音」で滑り込む禁断の歩法を知る、夜の代理人。
ビマが剣を構えた瞬間、サブスティテュートは赤い唇を釣り上げ、退屈そうに息を吐いた。
「……お前のその『♭5』なんて、ただの出来損ないの泥遊び。本当の『毒』がどんなものか、あたしが教えてあげるわ」
「なに……?」
「あんたたち、まだ3つの音――トライアドだけで戦ってるの? 時代遅れもいいところね」
彼女は、面白がるように三人を見回した。
「ほら、新大陸の魂――『7th』を、プレゼントしてあげる」
彼女が指先をパチンと鳴らす。
夜気が渦を巻き、見えない何かが、三人の胸元に鋭く突き刺さった。
「ぐ……!?」
ビマの膝が、初めて崩れた。
これまでどんな敵にも屈しなかった彼の体が、内側から作り変えられていく感覚に、抗う術はなかった。
「な、なに、これ……体が、熱い……!」
ディマが胸を掻きむしる。
「アマ様、逃げ……!」
しかしアマもまた、同じ痛みに膝をついていた。
三人が完璧に調和していたはずの「3つの音」の骨格が、無理やりこじ開けられていく。そこに、これまで誰も持っていなかった、4番目の異物が流れ込んでくる。
サブスティテュートは、その光景を満足げに見下ろしていた。
「さあ、目覚めなさい。あんたたちの、本当の音に」
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
「サブスティテュート」は、ジャズ理論の「裏コード(トライトーン・サブスティテュート)」に由来する名前。本来の和音と半音違いの音へこっそりすり替える、禁断の進行技法です。




