第3話 クロマティックの回廊
国境の門をくぐった瞬間、三人は足を止めた。
Cメジャー王国の道は、規則正しく並んだ「ド・レ・ミ」の大きな白い石畳だった。踏み出す一歩一歩に、迷いはなかった。
だが、この先に続いていたのは――もっと細かく、ぬめりとした黒い石が、隙間なく敷き詰められた道だった。
「……なんだか、歩きにくい」
アマがふらつきながら呟く。
「一歩一歩が近すぎて、真っ直ぐ歩いている気がしないわ」
半音――クロマティック。一つの歩幅がわずか半音しかないその道は、いくら進んでも距離感が掴めず、景色が絶えずグニャリと横に滑っていくような眩暈を三人に与えた。
「ビマさん、地図が……!」
ディマが手にした地図――楽譜には、もう線の意味がなかった。
「線の『上』でも『間』でもない場所に、勝手に足が吸い込まれていくんです。王国の法律が、ここでは溶けているみたいだ……」
じっとりと湿った「半音の闇」が、足元から這い上がってくる。正解と不正解の隙間に潜む、名前のないエネルギーだった。
「……気を引き締めろ」
ビマが剣の柄を強く握る。
「ここから先は、国王も宰相も名付けられなかった『名もなき音』の領域だ。一歩踏み外せば、自分が何者かさえ忘れちまうぞ」
三人は、横滑りするように、一歩ずつ黒い石を踏みしめて進んだ。
どれくらい歩いただろうか。
不意に、視界が開けた。
王国の清潔な白とは正反対の、極彩色で退廃的な光景が、三人の前に広がっていた。
新大陸――「ジャジー海岸」。
その名を、まだ誰も知らなかった。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
「クロマティック(半音階)」は、すべての音を半音刻みで進む音階のこと。着地点となる音が定まらないため、聴いていると常に宙ぶらりんな浮遊感を覚えます。




