第2話 影武者の脱走と、荒野での再会
王が消えた王宮で、もう一つの嘘が進行していた。
宰相ドミナント(G)は、国民の動揺を抑えるため、一人の女に王の代わりを演じさせようとしていた。
アマ(Am)。
もともとは王の親族筋にあたる、控えめな娘だった。
「アマ様。あなたが玉座に座るだけでいいのです。民は『解決』の音さえ聞こえれば安心する。……たとえそれが、偽りの終止であっても」
戴冠式の夜、豪華な衣装を纏わされたアマは、玉座の前でその言葉を思い返していた。
G から Am へ――本来なら Cへ向かうはずの流れを、無理やりねじ曲げて着地させる「偽終止」。それは、誰も本当には満たされない、上辺だけの解決だった。
「私は、王の代わりなんかじゃない……」
鏡に映る自分の顔を見つめ、アマは静かに呟いた。
「一人の音として、自由になりたい」
その夜、彼女は宝飾品をすべて部屋に残し、質素なマントだけを羽織って、王宮の裏窓から闇の中へ飛び降りた。
*
目指す先は、数日前に庶務官ディマが言い残していった言葉だった。
「僕は、ビマさんと一緒に旅に出ます」
国境の荒野。王国の外へ続く、最後の場所。
アマは、慣れない靴で石ころだらけの道を走った。何度も転び、泥にまみれながら、それでも足を止めなかった。
*
国境を越え、新大陸への一歩を踏み出そうとしていたビマとディマの背後で、荒い息遣いが近づいてきた。
「待って……! ビマ、ディマ……! 私も、連れて行って!」
驚いて振り返る二人。
そこに立っていたのは、王宮の華やかな装いをかなぐり捨て、泥だらけになった影武者――アマだった。
「アマ様!? どうしてここに……」
絶句するディマの隣で、ビマは少し呆れたように、それでもどこか嬉しそうに鼻を鳴らした。
「……フン。王宮の『身代わり』が逃げ出すとはな。これで、あの大仰な王政も、少しはマシになるだろうよ」
「ビマ……」
アマは、震える声で続けた。
「私はもう、『解決』という名の檻には戻らない。自分の響きを、この手で掴み取りたいの」
その言葉に、ビマは黙って頷き、ディマは力強く荷物を背負い直した。
最初から一緒だったビマとディマに、自由を求めたアマが加わる。
三人は、規則正しい白い石畳が途切れる場所――その先に広がる、見たこともない道へと足を踏み入れた。
新大陸「ジャジー海岸」へと続く旅の始まりだった。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
「偽終止」は、Ⅴ(属和音)からⅠ(主和音)へ着地するはずの進行が、代わりにⅥ(Am)のような別の和音へすり替わること。聴き手の期待を裏切る、少し切ない響きです。




