第13話 オーギュメントの鏡
オーギュメントの魔力が血管を駆け巡るにつれ、宰相の肉体はむくみ膨張し、人間としての形を捨て、「完璧な三角形」へと激しく脈動を始めていた。
「見よ、宰相」
オーギュメントが、嘲笑うように告げる。
「お前がこれまで『完全』だと誇ってきたその5度の盾。それは、人間が管理しやすいよう、12の檻――平均律の中に閉じ込めるために、宇宙の響きを無理やり削り、内側へ曲げられた矯正ギプスだ。お前が解決を求めるのは、その『不自然な曲がり』を元に戻そうとする本能に過ぎん」
宰相の脳裏に、宇宙の真理が流れ込む。
本当の宇宙には「ドレミ」という一方通行の階段などない。あるのは、すべての音が全音の間隔で均等に響き合う、中心なき無限の対称性。
自分が信じていた「国王への忠誠」は、その宇宙の無限の広がりを遮るために人間が作った、ちっぽけな迷信に過ぎなかったのだ。
「私は……お前だったのか」
宰相が、自らの本質が「オーギュメント」であることを認めた瞬間、彼の身体はピキピキと音を立てて、より一層拡張を始めた。
その変化は、彼一人の肉体にとどまらなかった。
世界を繋ぎ止めていた見えない糸――どの調へも自由に行き来できる代わりに、すべての音をわずかに宇宙の真理からズレさせて無理やり円にしていた「平均律のワープ」が、鋭い角によって内側から突き破られ、激しい断裂音を立てて崩壊し始めた。
「あ、あああああッ!」
王宮の壁がグニャリと歪み、幾何学的な模様へと分解されていく。
直線だった道は折れ曲がり、上下の感覚が消失し、国民たちが信じていた「明日は今日より王に近づける」という希望の時間は、どこへも辿り着けない永遠の浮遊感へと変わっていった。
平均律という名の「便利な嘘」が剥がれ落ち、世界は剥き出しの、そして残酷に美しい「中心なき宇宙の合唱」へと還り始めていた。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
「平均律」は、1オクターブを均等な12の半音に分割する調律法。実はこれ、本来の自然な音の響き(純正律)を少しずつ「歪めて」均等にならした、いわば便利な妥協の産物なのです。私たちが普段聴く音楽のほとんどは、この“美しい嘘”の上に成り立っています。




