第12話 宰相の憤怒
本国の王宮で、一人「解決の重力」を支え続けていた宰相ドミナントは、怒りに震えていた。
「王が『正しい道』を捨て、あんな『裏の道』に溺れるというのなら――私はもう、王を守る盾である必要はない……!」
怒りに狂った宰相は、かつて自分が「オカルトの異端」として蔑み、地下牢に閉じ込めていた魔術師オーギュメントのもとへ駆け込んだ。
牢の奥、オーギュメントは壁に向かって、欠片のようなもので同じ図形を何度も刻みつけていた。
正三角形。
寸分違わぬ角度で、飽きることなく、壁一面に。
「……なぜお前は、そうやって正三角形を描き続けているのだ?」
ドミナントは、思わず尋ねていた。その整いすぎた形が、彼には聞き慣れた「美しいトライアド」の象徴のように見えたからだ。
オーギュメントは、手を止めることなく、薄く笑っただけだった。
「……いや、まぁいい」
ドミナントは、かぶりを振った。
「今はそれどころではない。オーギュメントよ。王を、そしてあの裏の女を消し去る力をくれ。代わりに、私の『解決する力』など、すべてくれてやる!」
王宮の地下深く、淀んだ空気の中で、魔術師オーギュメントは歪んだ杯を差し出した。
「これを飲み干せば、お前はもう二度と、あの不実な国王に膝を屈することはない。だが同時に、お前の人生から『解決』という安らぎは永遠に失われる。すべての方向が等しくなり、帰るべき場所を失うのだ。……それでもいいか?」
「……構わん」
宰相ドミナントは、迷うことなくその毒を飲み干した。
「解決など、王が私を縛り付けるための甘い麻薬に過ぎなかったのだ」
その瞬間、彼の背骨を貫いていた――ソからドへと強く引き合う重力の鎖が、目に見える火花を散らしてパキンと弾け飛んだ。
数千年の間、音楽の歴史を支えてきたドミナント・モーションが、一人の男の憤怒によって、返上された瞬間だった。
「……なんだ、これは」
宰相は、己の手を見つめて戦慄した。
何かが、決定的に変わり始めていた。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
宰相ドミナントが手放した「ドミナント・モーション」は、G から C へと強く引き寄せられる、音楽で最も基本的な“着地への引力”。この力を失うことは、音楽的には「帰る場所を失うこと」と同じ意味を持ちます。




