第10話 絶望の「生中継」
本国の王宮で、一人。
崩壊しかけた秩序を支え続けていた宰相ドミナントは、手のひらほどの水晶を見つめていた。
それは、かつて魔術師オーギュメントの地下牢から没収した「魔法の水晶」だった。
完璧に調律された者が覗き込んでも、ただ曇った石にしか見えない。だが、どこか歪んだ響きを持つ者――たとえば、生まれつき「♭5」という不完全な性質を宿した者が触れると、この水晶は遠く離れた場所の光景を映し出す力を持つのだという。
「……美しく調和した者には、決して見えない景色がある、か」
旅立ちの朝、ドミナントはそう呟きながら、ビマにこの水晶を握らせた。
「お前のその歪みが、これを使いこなす鍵になる。忌み名を持つ者にしか見えない道が、きっとあるはずだ」
ビマは何も言わず、ただ黙って水晶を懐にしまい、荒野へと旅立っていった。
*
「ビマよ、早く王を見つけ出せ」
水晶に向かって、ドミナントは祈るように呟いていた。
「そしてこの国を、『解決』させてくれ……」
だが、水晶に映し出されたのは、彼が望んでいた光景ではなかった。
五度圏の真裏――そこには、自分を捨てて新しい愛人サブスティテュートと戯れる国王の姿と、「古臭い宰相には飽きた」という残酷な声が、克明に記録されていた。
「陛下……あなたは……」
水晶を持つ手が、震える。
宰相は今すぐにでも新大陸へ駆けつけたかった。だが、自分がこの場所を離れた瞬間、崩れかけた王宮そのものが完全に崩壊してしまう。彼は、この重力を支える最後の楔だった。
「私は……あなたが遊び呆けている間も、この場所を離れられず、一人で重力を支えていたというのに……!!」
行きたくても、行けない。
そのもどかしさが、後に彼を、地下牢の魔術師オーギュメントのもとへと向かわせる、決定的な引き金になる。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
♭5(フラットファイブ)は、綺麗に響き合うはずの音程が半音ズレた、不安定な音。だからこそ、他の音では拾えない「歪んだ響き」を敏感に察知できる――そんな性質を持つとも言われます。欠けているからこそ見える景色、というのは音楽でもよくある話なのです。




