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第05話 白紙の脅迫状

 ダイニングテーブルに、温かいスープの入った皿が置かれている。

 セレナは椅子に座り、スプーンを握る。手に力が入らない。


「……いただきます」

 彼女の声は、空気に溶ける。


 スプーンをすくう。澄んだコンソメが揺れる。

 口に運ぶ。舌に触れる。味がしない。


 飲み込む。喉がつかえる。

 胃が重い。食べ物を受け付けない。


 もう一すくい。手が震える。スープが皿にこぼれる。

 彼女はスプーンを置く。


 窓の外を見る。並木道が続いている。

 あの日、ギルバートと愛人が歩いていた道だ。


 胸の奥が疼く。心臓が肋骨を打つ。

 肌が粟立つ。寒気がまとわりつく。


 スプーンを再び握る。無理に口に運ぶ。

 一口。二口。喉を通らない。


「……だめだ」

 彼女の呟きが、皿の上に落ちる。


 手を伸ばす。水のグラスをつかむ。

 冷たい水を一口。胃が冷える。


 窓の外に鳥が飛ぶ。自由な軌跡。

 セレナは拳を握る。爪が掌に食い込む。


「証拠は揃った。あとは実行だけ」

 彼女の声は低く、固い。


 スープの皿をそっと押しやる。皿の底がテーブルを滑る。

 食欲はない。食べる必要もない。


 窓に映る自分の顔を見る。目に力がある。

 疲れているが、背筋は伸びている。


「……さあ」

 セレナは立ち上がる。椅子が軋む。

 スープはほとんど手つかずだった。ダイニングテーブルに、肉料理が盛られた皿がある。銀の蓋が外されている。


 セレナは椅子に深く沈み込んでいる。手にした銀のフォークが微かに震える。

 彼女はフォークを肉に刺した。切り口から肉汁が滲む。


 口に運ぶ。噛む。味がしない。

 喉が閉じる。飲み込めない。


 彼女は無理に飲み込んだ。胃が重く反発する。

 フォークを置く。音が冷たい。


 目を閉じる。深く息を吸う。肺が詰まる。

 鼓動が耳の中で響く。早い。


 もう一度フォークを握る。肉を二口、三口。

 噛まずに流し込む。喉が痛い。


 水のグラスを取る。冷たいガラスが指に触れる。

 一気に飲む。水が食道を冷たく流れる。


 彼女はグラスを置く。手のひらに冷たさが残る。

 皿の上の肉は、ほとんど手つかずだった。


 胸の奥で、何かがぎゅっと締めつける。

 彼女は立ち上がる。椅子が後ろに引かれる。机の上に、未開封の手紙が山になっている。封蝋の色が様々だ。

 セレナは椅子に腰かけた。指先が一枚を摘む。重い。


「ヴァンセイン子爵夫人へ」

 差出人は名高い公爵家だった。招待状だ。

 彼女の目が次の手紙に移る。商会からの案内。紋章が掲示板の記録と一致する。


 胸の鼓動が早くなる。手が震える。

 彼女は手紙を置いた。埃が舞う。


 魔力の鏡を取り出す。表面が冷たい。

 指で円を描く。「緊急連絡。危険な手紙を発見」


 返信を待つ。時間が長い。

 胃がしゃくのように疼く。背中に冷たい汗が走る。


 鏡が微かに震える。青光る文字が浮かぶ。

「詳細を」


 セレナは手紙を一枚持つ。封蝋を鏡にかざす。

「商会の紋章。掲示板の取引記録と一致」


 すぐに返信が来る。

「即座に分析を開始。あなたは安全確保を」


 続いて別の文字。

「全ての手紙を撮影。証拠として保存せよ」


 セレナは深く息を吸う。肺が詰まる。

 彼女は鏡を手紙の上にかざした。一枚ずつ。青光が紙面を撫でる。


 最後の一枚。差出人が不明だ。

 封を切る。中身は白紙だった。


 彼女の息が止まる。警告か。

 肌が粟立つ。寒気が背筋を走る。


 鏡に文字を刻む。「白紙の手紙あり。脅迫の可能性」

 返信は即座だ。

「危険。すぐに退避を」


 セレナは机に手をつく。膝が震える。

「……ここが、安全じゃない」


 彼女は手紙の山をまとめた。机の引き出しにしまう。

 鍵をかける。音が鈍い。


 鏡をもう一度見る。新しい指示が浮かんでいる。

「互助会の安全な部屋へ。今すぐに」


 セレナは小さく頷く。拳を握りしめる。

 爪が掌に食い込む。鋭い痛み。


「……行く」

 彼女の声は、震えていた。書斎の机の上に、社交界からの手紙が五通並んでいる。返信を書くための羽ペンが、インク壺の脇に置かれたままだった。


 セレナの目は机の引き出しに釘付けになる。普段は鍵がかかっている。今日は微かに開いている。


 胸の鼓動が早くなる。指先が冷たい。


 彼女は羽ペンを置く。手紙の返信など、今はどうでもいい。


 ゆっくりと引き出しに手を伸ばす。指がかすかに震える。


 引く。軋む音。


 中には書類の束が詰まっている。一番上は、高級料亭「月影亭」の請求書だった。


「G様」との記載。日付は先週。金額が大きい。


 セレナは息を止めた。胃がきりきりと疼く。


 請求書の下をめくる。薄い紙が数枚挟まっている。


「親愛なるG様」

「次は南側の離宮で」

「贈り物は商会経由で」


 言葉が視界に飛び込む。一つ一つがナイフのように胸を刺す。


 彼女の手が滑る。紙切れが床に落ちる。


 慌てて拾い上げる。指に埃がつく。


 これらの紙は、単なる不倫以上のものを示していた。商会の名前。取引の詳細。


 魔力の鏡を取り出す。表面が冷たく、掌に張り付く。


 指で円を描く。「緊急。重大な証拠を発見。不倫を超える陰謀」


 返信を待つ。鼓動が耳の中で鳴る。


 鏡が震える。青光る文字。

「撮影を。一枚も漏らすな」


 セレナは鏡を書類にかざした。青光が紙面を這う。一枚。また一枚。


 最後の一枚は、ギルバートの筆跡ではない。第三者のものだ。


「G殿。次回の会合は密かに」


 彼女の呼吸が浅くなる。背筋に冷たい汗が走る。


 全て撮影し終える。鏡が熱を持つ。


 次に、仮面のペンダントを握る。魔力を込める。

「証拠画像、送信完了。隠匿場所を確保」


 すぐに返信がくる。

「了解。王妃へ報告。あなたは証拠原本を安全な場所へ」


 セレナは書類の束をまとめる。机の上の手紙の下に滑り込ませる。


 一見、社交界の返事待ちの書類と変わらない。


 彼女は深く息を吸う。肺が冷たい空気で満たされる。


 羽ペンを再び手に取る。白紙の返信用紙に向かう。


 手が震える。インクが滲む。


「承知しました」

 彼女は社交界への返事を書き始めた。平静を装う筆跡。


 しかし、机の下の足は、微かに震え続けていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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