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第03話 背中にまとわりつく視線

「気をつけてね」

 エレオノーラの言葉が背後で消えた。


 秘密作戦室の扉が閉まる。石の壁が軋む。通路は元の倉庫に戻る。


 セレナは外の空気を吸い込んだ。午前の街の喧噪が耳に入る。


 彼女は歩き出した。裏路地を抜け、大通りへ出る。足取りは早い。


 石畳の上で、自分の足音だけが響くと思った。


 影が動いた。路地の奥で。


 セレナの足が止まる。振り返る。そこには誰もいない。洗濯物が風に揺れているだけだった。


 彼女はため息をついた。胸に手を当てる。心臓が早鐘を打っている。


「気のせいだ」

 小声で呟く。そう言い聞かせた。


 再び歩き出す。大通りを横切り、騎士団長邸へ続く並木道に入る。


 また感じた。背中に視線がある。


 セレナはゆっくりと顔を向けた。並木の陰に人影が見えた。一瞬で消えた。


 風だろうか。木々のざわめきかもしれない。


「証拠のことを考えすぎている」

 彼女は首を振った。不安が感覚を歪ませる。そう自分に言い聞かせた。


 邸宅の門が見えてきた。衛兵が立っている。


 安堵が胸を撫でる。一息つく。


 もう一度、後ろを振り返る。並木道は静かだった。人影はない。


「大丈夫」

 セレナは門へと歩を進めた。握り締めた拳の爪が、掌に食い込んでいた。


 使用人たちが食器を片付け終えた頃、セレナは書斎の扉を開けた。

 ギルバートの机の上に、封を切られていない手紙があった。


「団長代理就任祝賀会のご案内」

 差出人は、彼女が知らない商会の名だった。

 セレナは紙面を指で撫でた。高級な羊皮紙の感触が冷たい。


 窓の外で鳥が鳴いた。彼女は手紙を机に置き直した。

 表向きは平静だった。しかし、心臓が肋骨を打つ音が耳に響く。


 書斎の扉を背に、一歩下がる。

 爪先が絨毯に沈む。深く息を吸い込む。


 手紙の存在が、彼女の胸に重くのしかかる。

 商会の名は、魔法掲示板で見た不正取引の報告と一致していた。手紙の表面に浮かぶ紋章が、魔法掲示板の記憶を呼び覚ます。

 セレナは息を止めた。目の前の紙片が、ギルバートの罪を裏付ける確かな証拠になった。


「隠さなければ」

 彼女の声は絨毯に吸い込まれた。指が震える。


 手紙をそっと持ち上げる。羊皮紙の角が、微かに窓の光を反射する。

 書斎の棚の影へ視線を走らせる。隠す場所を探す。


「偽の書類に混ぜるか……」

 彼女は、日常の請求書が収まる革のフォルダーを手に取った。


 しかし、手を止めた。あまりに平凡すぎる。すぐに見つかる。


 額に冷たい汗がにじむ。胸の鼓動が早くなる。


「鏡の裏は?」

 壁にかけた装飾鏡に近づく。裏側には薄い隙間がある。


 彼女は鏡を外そうと手を伸ばした。その瞬間、階下から足音が響いた。


 一気に血の気が引く。手紙をすぐにフォルダーへ押し込む。


 扉のノブが回る音。背筋が凍りつく。


「ご夫人、お昼のご用意ができました」

 執事の声が扉越しに聞こえる。


「……承知した」

 セレナは深く息を吸った。声の震えを押し殺す。


 執事の足音が遠ざかる。緊張が解け、膝がわずかにがくつく。


 彼女はフォルダーを抱きしめた。羊皮紙の存在が、掌を通じて熱く感じられる。

 この一枚が、全てを変える武器になる。「団長代理就任祝賀会のご案内」

 羊皮紙の紋章が、掲示板スレの取引記録と重なる。

 セレナの胃が空っぽになる。冷たさが指先から肘へ這う。


「……さっきの、ただの手紙じゃない」

 彼女の囁きが、書斎の埃を含んだ空気に消えた。

 フォルダーを机の上に置く。羊皮紙が滑り出そうとする。


 窓辺の机の影を見つめる。引き出しが微かに開いている。

 普段は整然とした夫の机ではない。何かが違う。


 セレナは引き出しに手をかけた。引っかかる。

 力を込める。軋む音。中から薄桃色の紙が顔を出す。


「親愛なるG様へ」

 優雅な筆跡が視界に飛び込む。心臓が肋骨を打つ。


 紙を開く。折り目が深い。熱い言葉が並ぶ。

 次回の密会の日時。場所は月影亭。請求書と一致する。


 最後の行。「発覚すれば双方に災い」。

 セレナの呼吸が浅くなる。相手が危険な立場にある。


 手紙の端を摘む。香水の甘い香りが鼻を刺す。

 証拠だ。確かな、動かせない。


「隠す場所……」

 彼女の視線が机の裏側を這う。隙間がある。


 手紙をそっと押し込む。埃が舞う。見えなくなる。

 胸の鼓動が耳に届く。寒気が背筋を走る。


「鏡」

 仮面のペンダントを握る。温かさが掌に伝わる。

 魔力の鏡を取り出す。表面が曇る。


 指で円を描く。「緊急連絡。証拠入手」

 文字が青光る。鏡が微かに震える。


 返信を待つ。時間が粘るように流れる。

 胃がしゃくのように疼く。


 鏡の曇りが動く。文字が浮かび上がる。

「了解。詳細は『掲示板』で」


 セレナは一息ついた。体が冷え切る。

 書斎の扉を背に、一歩下がる。爪先が絨毯に沈む。


「これでよし」

 彼女の声には震えが残っていた。しかし、拳は固く結ばれている。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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